第16話
グラウンド跡地までの道のりは、コンクリートで舗装された道だから歩きやすかったけれど、花畑まで向かう道中は獣道のようになっていて、足場も非常に悪い。周りも一層木々に囲まれ、イノシシでも出てきそうな雰囲気だ。ズボンには何度も雑草が絡みつき、残り少ない体力を容赦なく奪っていく。口数も徐々に減ってきて、ほとんど会話はなくなった。
「ねー源くん、ほんとにこっちで合ってるの?」
「地図見ながらちゃんと進んでるから迷ってないとはおもうんだけどなあ」
「ちょっと、きついですね」
「地図通りならあともう少しで――ほら!」
重力に負けてうつむきがちになっていた全員の頭が、ぱっと上がった。木々の間隙から光が漏れ出ている。疲労の溜まった重い体に精いっぱい力を込めて、縋るように光の方へと歩を進める。もはや地面は獣道とも呼べないほど、空に向かって伸びる雑草で生い茂っていた。光に吸い込まれるように、僕たちはその場に倒れ込んだ。先程のグラウンド跡地と同じように、陽光を遮るものは何もなく、一瞬めまいがする。地面にへたりこんだまま視線を上げると、そこには色鮮やかな種々の花が咲き誇っていた。先程のグラウンドの半分くらいの広さだろうか。花は太陽光を全身で浴びて燦々と輝きを放っている。五色の花々がそれぞれ列を揃えて、弧を描くように咲いている。さながら地上に咲き誇る虹といったところだ。目の前に広がる情感あふれる絶景に、僕たちはしばらく言葉を失い、見惚れていた。
「綺麗……」
僕たちの間に落ちた静寂を最初に破ったのは春原だった。
「いやー、圧巻だな。ここまで登ったかいがあったよ」
源は達成感に満ち溢れ、眼前の光景をじっくり噛み締めている。目の前の景色に見惚れるのは結構だが、休憩できることの方が僕は嬉しくて、足に溜まっているであろう乳酸をもみほぐしていた。そしてふと、千堂が花屋で働くことが夢だと言っていたことを思い出して、ちらりと千堂を見遣った。
刹那、千堂の瞳から、光が反射した水滴がはらり、頬を垂れていた。やがてそれは顎に到達すると、地面に向かって落ちていった。いつもの能天気さとはかけ離れた空気に思わず息を呑んだ。
「千堂さん?」
気付いたら僕は声を掛けていた。なぜだか、声をかけずにはいられなかった。
「……え? な、なに?」
僕の視線に気付くと、隠すように涙を拭った。
「すごい綺麗だよねー、こんなにたくさんの花が咲いてるの実際に見たの初めてかも!」
涙をぬぐい終わると、いつもの千堂に戻っていた。僕はなにか見てはいけないものを見たような気になって、見てしまったことを少しだけ後悔した。
「じゃあ俺看板探してくるから、お前らそこで休憩してな」
まだこいつは体力を持て余しているのかと、呆れを通り越して尊敬の域に達してきた。僕はお言葉に甘え休憩を続けていたが、千堂は徐に花畑の方へと歩み始めた。。花の傍まで寄ると中腰になって、優しく花弁に触れている。割れ物でも扱うようにとても優しい手つきだ。僕も千堂の元まで行って同じ目線に立って花を眺めてみた。
「そんなに花っていいですか?」
「そりゃあいいよ、とても。蕾を開くために土とか大気から栄養を吸収して、一生懸命に生きようとしてるから。花を見るとね、私も頑張らなきゃなって思う」
花畑に着いてからというもの、千堂は感傷に浸っているようだった。
「ここにある花はそうだね、奥からアネモネ、ガーベラ、ツルニチニチソウ、サクラソウ。そしてこれが――」
僕たちの手前にあった薄青い花を見ると、千堂は黙り込んでしまった。
「亨くん、この花のこと、もう覚えてないの」
「覚えてないのって、どういう――」
「おーい、問題あったぞー」
「行こっか」
千堂はそれ以上、この花のことについては何も教えてはくれなかった。僕も腰を上げ、源の所へ行こうとした時、千堂が僕の方を向いた。
「これ、あげる。この花は私が二番目に好きな花」
それは先程僕たちの目の前で咲いていた薄青い花だった。
「一番好きな花は?」
「教えなーい」
そういってそそくさと花畑を走り抜けていった。春原の方を見遣ると、ちょうど立ち上がっているところだった。
「蓮見くんと千鶴ちゃんって、仲いいんですね」
「別にそんなんじゃないですよ。向こうが絡んでくるだけです。それより、源くんの所に行きましょう」
「……うん」
春原と歩調を合わせ、源の元へと行く。看板は花畑を抜けてすぐの場所にある木の傍に建てられてあった。、問題の書かれた紙を雑にテープでくっつけている。
「それがよー、やっぱりこれもさっきと同じで知識問題なんだよなー」
問題はこう書かれていた。
――ここの花畑に咲いてある薄青い花の名前は何でしょう?
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