第15話

 亨は生徒会長に言われた通り、自宅に帰り次第自分の部屋の探索を始めた。引き出しの中やソファーの下、部屋の隅々まで探したけれど、結局何も見つからなかった。探索に夢中になって汚れ切った床を見渡して、した。まだ綺麗さを保っていたソファーに倒れ込み、目を閉じた。まだ探してないところがないか、思考を巡らせる。すると、一か所まだ漁ってないことに気が付いて、立ち上がった。亨の部屋に入ってすぐ左手にある押し入れだ。押入れを開けると、上段には布団の類が重ねてあったけれど、下段には小学校の時に使った教科書類のごみ置き場になっていた。五教科の教科書に加え、道徳の教科書やプリントもあった。亨は一つ一つを取り出して、昔のことを思い出していた。思い出しながらふと気が付いた。小学校低学年以前の出来事が、何も思い出せなかった。 



 そして、不意に取った道徳の教科書から、何かが零れ落ちた。それは、メモ帳だった。

メモ帳を開けてみると、表紙には『記憶帳』と書かれていた。ページをめくってみると、一枚目には『終の住処のその先を、お願いします』 と、やけに拙い字で書いてあった。そのメモ帳にはその言葉以外、何も書かれていなかった。これはきっと何かの手がかりに違いないと思い、亨はそのメモ帳を明日生徒会長に見せることにした。




 一日経ち、夕刻になると亨はすぐに図書室に向かった。図書室のカギはすでに開いていて、入室すると、カウンターには生徒会長が鎮座していた。



「やあ、何か見つかった? 探索してこいとは言ったものの、まあそんな簡単にはみつからないよな~」

「ありました! 手掛かりになるかどうかは分かりませんが、それらしいのは」

「え、ええ⁉ 何年と解き明かされなかった謎の手がかかりが経った一日で見つかるんだ……」



 先輩の驚愕した顔を見て、亨は嬉しくなった。生徒会長に全てを吐露してからというもの、亨は生徒会長に対して安心感を抱いていた。秘密を共有するという事は、中学生にとってそれほどの効力に値するという事だ。初めて気の置けない知り合いが出来たことは亨が覚えている限りでは初めてのことで、それはとても心地の良いものだった。

 亨はすぐさま部屋で見つけたメモ帳を取り出して、生徒会長に手渡した。



「ほうほう……記憶帳か。まさしくな手掛かりだね」

「でもそれ、表紙の文字と、その次しか書かれてないんです」


 生徒会長はゆっくりとメモ帳のページをめくり、書いてある文字を眺めた。


「終の住処のその先を、お願いします。か……」



 生徒会長は徐に席を立ち、室内を歩き始めた。生徒会長の後をついていくと、辞書が並べられてある場所で足を止めた。生徒会長は広辞苑を手に取り、終の住処の意味を調べ始めた。



「ついのすみか……ついのすみか……あった。終生すんでいるべきところ。また、最後に住む所。死後に落ち着く所。つまり……どういうこと?」

「僕にもさっぱりです」

「ほかに手掛かりは?」

「これ以外は何もないですね」


 生徒会長は分かりやすく肩を落とした。


「これだけかー。正解への道はまだまだ果てしないってことだなあ」



 生徒会長はわがままボタンのことについてやたらと知りたがっているが、当の本人からしてみれば、それほど大事なこととは思っていなかった。亨は現在まで、わがままボタンで重大なことに使ったことがなかったし、今後使う事もないと思っていた。しかし、亨と生徒会長を結び付けた架け橋として、わがままボタンは亨の中で大事なものになった。



「まあわからなくても僕は別に大丈夫ですよ」

「だめだめ! わがままボタンはいわば君のルーツなんだよ、知らなくてならないのだよ!」



 亨はわがままボタンの調査のことを他人事のように捉えていた。亨にとっては生徒会長と過ごすことが、何よりの楽しみになっていた。



「先輩が調査したいなら、気が済むまで付き合います」

「僕としてはもっと自分のことに興味を持ってほしい所だけどね。でも今はそれでもいいや。この調査を通してもっと自分のことが知りたくなるかもしれないし。いや、蓮見くんは必ず自分のことが知りたくなる!」


 またもや舞台俳優さながらの張りのある声を図書室に無遠慮に響かせる。



「先輩、人がいないとはいえここは図書室ですよ」

「ちっちゃいことはきにしなーい」


 生徒会長は広辞苑をもとの場所へなおすと、カウンターに戻って行った。


「これからはこの文章だけが頼りになるね。じっくり考察を深めていかなきゃ」


 そういって椅子にもたれかかり、天井をぼんやりと眺め始めた。


「終の住処のその先、か……」

「先輩、その、邪魔じゃなければ僕もここにいてもいいですか?」


 すると生徒会長は唖然として亨を見た。


「何言ってるんだい、いてもいいに決まってるよ。僕と君は学年の垣根を超えた友達なんだから」


 亨は心底、生徒会長と出会えたことに感謝した。そして熟考する生徒会長を横目に、小説を読み始めた。

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