第14話
山道に入ってから十五分ほどが経った頃だろうか。僕以外の三人はずっと他愛ない会話に花を咲かせている。自分から会話に割って入ろうとしないからか、ときたま僕にも話を振ってくる。
「そういえば、皆どこの中学だった? 俺第一だったんだけど」
「私は、第三でした」
「私はね……」
流れで僕も言わなければならないとい身構えていたが、千堂が何やら口籠っていた。
「ここら辺の中学じゃないから言ってもわかんないよ。亨くんはどこなの?」
「僕は、第二でしたけど」
「俺結構遠くの中学とも連中試合してたからわかるよ。千堂のとこはなんて名前?」
源に聞かれ、それでもなお口籠っている様子だったが、突如欣快のような表情を浮かべた。
「着いたよ! グラウンド跡地!」
千堂の向いていた方へ僕たちの視線が集まる。矢先、千堂と源がグラウンド跡地へと走って行く。僕はすでに乳酸の溜まった足で追いかけようと思ったとき、広場での春原の言葉を思い出し、どうせならと足並みを合わせることにした。やがて道を抜けると、広大なグラウンドが目の前に姿を現した。長らく整備されていないのか、白で描かれた楕円のトラックのところどころが砂と同化している。四隅の一つにはくたびれた防球ネットが転がり、役目を終えたポールが恥ずかしそうに刺さっている。先程まで歩いてきた道は、鬱蒼とした木々の枝葉が日陰を作ってくれていたおかげで比較的涼しかったが、ここにはそれが何もない。ポケットからスマホを取り出して時刻を確認すると、十四時を回ろうとしていた。陽光も力を強め、思わず袖をまくる。
「蓮見―、春原―、こっちこっち」
声の聞こえる方を向くと、千堂と源が看板の前に立っていた。以前は倉庫として使われていたであろう小屋の隣に、ぽつんと木製の看板が立っている。近づいてみると、それは僕のへそくらいまでの長さで、ペラペラの紙をセロハンテープで張り付けている、なんとも雑なものだった。そこにはこう書かれていた。
――配点、120点 サッカーの試合に乗じて競技場の内外で相手チームのファンを襲ったり器物を壊す暴徒のことを何という?
いくら点数が高いとはいえ、これはあんまりだ。これではなぞなぞではなく、ただの雑学だ。
「これじゃただの知識問題じゃーん」
僕と同じ考えを思っていた千堂がそう言うと、横にいた春原も肩を落としているようだった。
「これじゃあ、いくら考えても答え出てこないですよね……」
せっかくここまで、体力を著しく消耗しながら歩いてきたというに、僕の作戦は水泡に帰してしまった。三人がネガティヴな思考を巡らせているというのに、源だけはやけに得意げな顔をしていた。
「源くん、もしかして答えがわかるの?」
「サッカーのことなら任せろってことよ! とりあえずは一問ゲットだな。答えはフーリガンだよ」
源のそのセリフを聞くと、千堂と春原の表情が明るくなっていく様が目に見えてわかった。源は持っていた地図を開き、解答欄に答えを記入する。
「よし、じゃあ次いってみよう」
「おー!」
さっきの落ち込み具合はまでなかったことのように、千堂は声を張り上げる。まったく調子のいい奴だ。
源と千堂が先陣を切って、さらに上を目指していく。皆が楽しい作戦で行こうなんて言っていたくせに、夢中になると周りのことなんてお構いなしだ。既に疲労が溜まってる僕や春原のことになんか気付いていない。僕は内心辟易しながら重い足取りで二人の後を追う。すると先に行っていた千堂が踵を返して、僕の傍へと歩み寄り、微笑みかけてきた。
「亨くん、楽しんでる?」
まるで僕の内心を見透かすような言葉に、一瞬で拍動が跳ね上がった。僕はこれ以上覚られないように慌てて笑顔を取り繕う。
「楽しいですよ、すごく」
狼狽していた自分にしてはよくできた違和感ない笑顔だ。しかし、千堂は「ふーん」と言いながら疑いの目を僕に向けている。そして僕の耳元に息が吹きかかるほどまで近づき、小さい声で言った。
「嘘つき」
決して棘のある感じではなく、すべてを見透かしたうえで僕のことを泳がせているような、そんな言い方だった。人間に飼いならされた金魚のような惨めな気持ちを味わい、腹の底からふつふつと苛立ちがこみ上げてくる。本心を表に出してはいけない。僕は頬の内側を強く噛み締めて、感情を押し殺す。千堂は僕の耳元から顔を離すと、また微笑み、身を翻した。
「ど、どうしたんですか?」
隣で一部始終を見ていた春原が、不安そうな面持ちで僕を眺めている。
「大丈夫、何でもないですよ。それより、先を急ぎましょう」
努めて冷静を装いながら、春原に気を配る。いちいち周りに気を使わなければいけないこの状況にも、イライラして仕方がなかった。
「春原さんは先に行っててください。僕も遅れていきますから」
わがままボタンを使うために、春原に先に行くようにと促すと、尚も不安そうな眼差しで僕を見つめる。それすらイラついて、まとわりつく蚊をあしらうように手を振って、さっさと行けと無言で伝える。すると流石に何かを察したのか、春原は二人の後についていった。
僕は目を閉じて、わがままボタンを思い浮かべた。このサッカー場に着いてから今までの記憶を閉じ込め、躊躇なくボタンを押した。
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