第13話

 高槻が挨拶を終えると、各クラス男女で別れ、それぞれが寝泊まりする宿舎へと案内された。僕の通された部屋には二段ベッドが四つ設けられていて、各々のベッドの上にはシーツとシーツカバー、枕と枕カバー、布団と布団カバーが積み重なっている。寝床の組み立ても、すべて自分で行うのがここの通例だそうだ。適当なところを陣取り、荷物を置く。他の男子たちは二段目で誰が寝るか、じゃんけんして盛り上がっている。その輪の中に源の姿もあり、まるで旧友だったかのように、馴染んでいる。居心地の悪さを覚えた僕は、学校指定のジャージに着替えて部屋を後にした。周りには見上げる程高い木々が、宿舎を囲むようにして生い茂っている。木漏れ日が微かに降り注ぎ、肌寒さの中にほのかな陽和を感じる。大きく深呼吸をしてみると、体内に溜まっていた空気が刷新したような気がして、落ち着く。



 ポケットに入れていたスマホを取り出して時間を確認すると、十二時五分と表示されていた。十二時十五分から食堂で昼食の時間だという事を思い出すと、後ろから肩を叩かれた。


「蓮見、なにぼーっとしてんだよ。飯、行こうぜ」


 声の主は源だった。先程一緒に騒いでいたルームメイトはおらず、一人だった。



「さっきの人たちは、いいんですか?」

「気にしなくいていいよ。あとさ、スマホこういうところで出さない方がいいぞ。真面目なやつらにチクられるかもよ」



 お前が気にしなくても、僕が気にしているんだ。しかしそんなこと面と向かって言えるはずもなく、手に持っていたスマホをポケットにしまった。



「そうですよね、ありがとう」

「全然いいよ。てか、まさか蓮見が校則を破るなんて、人は見かけによらないもんだな」

「これには事情があって――」


 源に祖父の手術のことを話す気にはなれず、とっさに嘘をつく。


「スマホがないと落ち着かないんです」

「現代っ子って感じだな。まあ、俺も持ってきてるけど」



 そこからは他愛もない会話をして、二人で食堂へ行った。この施設には食堂が三つあるらしく、一組と二組はエントランスから一番近い第一食堂で集合という事になっていた。食堂の入り口では既に、僕と同じジャージを身に纏う生徒で長蛇の列が出来ている。どうやらバイキング形式らしく、オボンを持って、腹をすかせた生徒達が目を輝かせながら、今か今かと中を覗いている。やがて僕たちの順番が回ってきた。好みの食材を取り終えて、空いた席を見つける。僕のオボンには、オクラと梅干の和え物にもやしサラダ。ご飯とみそ汁。から揚げ二つとソーセージ二本。我ながらバランスの取れたメニューだと思う。一方源のオボンに目を遣ると、そこに野菜と言われるものの姿はない。から揚げやソーセージや焼きハムが盛りに盛られていて、日本昔話で出てくるような、山盛りになった白飯と、揚げパン二つが置かれていた。



「すごいボリューミーですね」

「高校男児ならこのくらいはあったりまえよ。蓮見こそ、そんなんで足りんのか?」

「僕はこれで十分です」

「それじゃあ午後からのオリエンテーリング乗り切れねえぞ」


 源は箸を取り、がつがつとご飯を食べだした。皿の上に乗ったおかずを放り込み、すかさず白飯もかきこむ。目の前の光景に半ば呆れながら、僕も昼食を摂る。



「本当にさっきの人たちと一緒じゃなくていいんですか?」

「ああ、あいつらはあいつらで食べるみたいだから別にいいよ」

「僕は全然一人でいいから、行ってもいいんですよ」



 源は、とても気配りが行き届いた奴だ。きっと、僕が食堂で一人になることを見越して、疎外感を覚えないように僕に着いてきた。それが何よりも鬱陶しがっていることを、こいつは知る由もない。

 すると源は、休むことなく動かし続けていた箸を置き、口の中のものをしっかりと咀嚼して流し込んだ。



「気にすんなって。俺は蓮見と飯が食いたいからいいんだよ。あいつら連れてくることも考えたけど、蓮見大人数はあんまり好きじゃないだろ? だからこうしてサシ飲みならぬ、サシ食いしてるわけだ。これで一気に距離も縮まるわネッ」



 オネエ口調で締めくくると、僕の返答を待たずして再び箸を手に取り、昼食を頬張り始めた。

 源が言ったことを反芻して、改めて気配りができる奴だと思った。気を使っているんじゃないかと思っている僕の心中を察して、傷付かないように理由付けをした。見た目は、スーツのコマーシャルに出てきそうなさわやかな風貌だが、喋っているところやご飯を食べているときの落ち着きのなさは、無邪気な子どものようだ。それでいて、周りのことがよく見え、僕みたいな日陰者にも嫌な顔一つせずに接することが出来る。しかし、こいつは気付いていない。こいつはただ、気配りしている自分が好きなだけだ。



 僕たちは食事を終え、広場にあるベンチで小休憩していた。するとチャイムのようなものが鳴り響き、アナウンスが流れだした。



「城山高校の皆さん、一時より、午後からのオリエンテーリングの説明を行いますので、遅れないように

集合してください」


広場に隅に聳え立つ時計を見ると、針は十二時五十分を指していた。



「そろそろ俺らも整列するか」

「そうですね」


 第二、第三食堂に行っていた他クラスも広場に集まってきていた。千堂と春原も合流して、今度はちゃんと点呼を取って、報告に行った。


「全員揃ったみたいだな。それでは、今から行うオリエンテーリングについて、担当の方から説明があるから、しっかりと聞くように」


 そう言って強面の体育教師が捌けると、作業服を着た、若い女性が出てきた。一礼して、そそくさと説明を始める。



「本来、オリエンテーリングというものは、自然の中を、コンパスと地図を持って目的地までのタイムを

競うものですが、今から行うものは少し違います。ではまず、こちらを」



 合図があって、周りにいた作業着を着たスタッフが寄ってきて、各班に一枚ずつÅ2サイズのカラー用紙を配り始めた。僕たちの班にもそれは順当に配られた。先頭に座る、源の手に渡る。それになにが書かれているのかは、後ろの僕に見ることは出来ない。



「全ての班に行き届きましたね。見てわかる通り、今配った紙にはここ、城山市立青少年自然の家の敷地の地図と、解答欄が記載されています。地図の各所にはチェックポイントと、それを表す絵と名称が記載されています。例えば、ここから一番近い所で言うと、浅生あさお池。池の絵の下に『①浅生池』と書いています。チェックポイントには一つの看板を設けています。そこになぞなぞが載っています。そのなぞなぞの答えを皆さんに考えていただいて、横の解答欄にその答えを記入していただきます」



 周りがざわつき始める。オリエンテーリングと聞いて、てっきり山の中を駆け巡り、身体に負担をかけることをこれからする、と思い込んでいたのだろう。思いの外楽しそうなこと

だと気付いて、生徒達から笑みが零れる。



「まだ説明は終わっとらんぞ! 静かにしろ!」



 大声が飛び、広場はしんと静まり返る。担当の女性は、切り替えるように咳払いをする。


「問題は優しいものから難しいものまであります。当然、問題によって配点は異なります。優しいものはポイントが少なく、難しいものは高得点となっております。そして、問題の正解数以外に、問題を解き終え、帰ってきた順番に応じて点数を差し上げます。もうお気づきの方もいらっしゃるんじゃないでしょうか、今日の制限時間内にこの地図に載っているチェックポイントをすべて回るのは不可能です。制限時間ギリギリまでチェックポイントを渡り歩くか、それとも少しだけ問題を解いて早くここに帰ってくるか、それは各班に任せます。制限時間は今から三時間後の十六時半までとなります。怪我にはくれぐれもお気をつけて、楽しんでください」



 説明し終えた女性が掲揚台から捌けると、一気に周りが騒々しくなった。その騒音に引けを取らない声量で体育教師が、「それじゃ、行ってこい!」と声を上げる。それを機にいくつかのグループが全速力で山の奥の方へと向かってダッシュして、あっという間に姿が見えなくなった。僕たちのグループといえば、まずは四人で輪を作る様にして広場の隅に集まった。



「さっきの説明の人が全部回るのは無理って言ってたじゃん。だから何とか全問解きたいんだけど、どう?」



 集まるや否や、源が地面に地図を置いて開口一番馬鹿なことを言い出す。



「すみません、私、その、身体があんまり強く無くて、走ったりするのお医者さんからダメって言われてて……ほんとごめんなさい……」

「そっか、別にそんな謝んなくてもいいよ。皆が楽しめる作戦で行こうぜ」

「そうだねー、とりあえず適当にのんびり歩いてさ、景色でも眺めながらゆっくりといていこうよー。まだ皆のことあんまり知らないからお喋りしながらとか!」

「でもそれじゃぜってー一位取れないぜ? 俺はやっぱやるからには一位目指したい」

「わ、私も走ったりは出来ないけど、一位取ってみたい、かも……」

「えーじゃあどうしよう」



 結局何も纏まらないまま、三人のため息が出るばかり。こんなことをしているうちにも、広場に残っていた班もまばらになってきた。僕としては、別に順位に関するこだわりは持っていないし、談笑したいとも思っていなかったけれど、このまま自分の意見を言わずに黙っているのは卑怯な気がして、不承不承口を開く。



「高配点の問題だけ解いて、帰ってくるっていうのはどうですか」


 地面に広がる地図を指差し、ルートをなぞる。


「まずここから男子棟の横を抜けてしばらく上ると、グラウンド跡地があります。まずここで一つ目。そしてまたしばらく上ると山頂付近に行くと花畑があります。ここが二つ目。そして下りの道に入ってこの広場に戻ってくる道をまっすぐ進むと吊り橋とキャンプ場、これが三つ目と四つ目。問題は少ないけど、この四つだけは配点が他のと比べ物にならないくらい高いし、少し急げば一番に帰ってこれるかもしれません」



 僕の言葉を聞き終わると、先程まで悩んでいた三人の眉間の皺は消え失せた。その表情から察するに、どうやら僕は福音をもたらしたようだ。



「さすが亨くん、頭いい~」

「私も、それでいいと思います!」

「俺もそれ大賛成。そうと決まったら、さっそく出発しようぜ!」



 源がそう言うと、三人は勢いよく立ち上がり、僕も立ち上がった。少し考えれば誰でもわかりそうだけど、という言葉は飲み下した。

 ほかの班に後れを取っていた僕たちは立ち上がってすぐ、男子棟の方へと歩を進めた。

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