第12話

 肩をゆすられて、目を覚ました。目を開けると、視界はまだぼかしがかかっている。


「着いたぞ、起きろ起きろ」


 視界は徐々に良好になり、ぼかしが取れてくると、その言葉を発していたのが源だとわかった。



「な、なんですか?」

「もう着いたぞ、降りないと」



 慌てて飛び起きると、バスの中は慌ただしく、皆荷物を持って降りていた。隣の席に置いた荷物を手に取り、源くんと春原さんと共に降車する。外では、トランクルームに入れていた荷物が無造作に地面に置かれていて、自分のキャリーケースを引き取る。



「それじゃあまずは、広場に集まるから、忘れ物ないようにしなよ!」



 今畠が元気よくそう言って、僕たちは荷物を抱えたまま広場へと向かう。辺りを見渡すと、緑一面に囲まれていて、空気もおいしく感じる。山の上という事もあって、少し肌寒い。エントランスは簡易的な受付と、施設案内の看板や休憩用の長椅子が置いてあるだけで、あまり活気は感じられない。エントランスを抜けると石畳の広場があり、国旗掲揚台も見受けられる。国旗掲揚台を今朝の朝礼台に見立てて、各クラス整列し始める。掲揚台の前に立つ強面の体育教師に、各班点呼の結果を伝えに行く。



「それじゃあ今いるのは、俺と、春原と、蓮見の三人だな」



 千堂とはここで合流すると言っていたけど、いつになったらやってくるのだろう。そんなことを考えていると、背後から聞きなれた声が聞こえてきた。



「私もいーるよ」

「ううおっ」



 声と同時に背中を強く叩かれて、思わず変な声が出てしまう。よろめきながら振り向くと、そこには千堂が僕たちと同じように、キャリーケースを引いて立っていた。



「どもども、千堂千鶴といいます。幻の四人目です!」

「じゃあもう一回自己紹介でもしておくか! 俺は源雄大、一応この班のリーダー任されてるから、班に関することで聞きたいこととかあったら何でも聞いてくれよ」

「あれ……確か……」



 視線が春原に集まる。源くんの次に言葉を発したのが春原だったから、てっきり自己紹介を始めるのかと思ったけど、彼女は千堂の顔を見て、なにか言いたげだ。



「女子同士はもう知り合いだった感じ?」



 学校にいる間、千堂が僕以外の人と話しているのを見たことがなかった。春原と仲良く話しているところも当然見たことがない。入学式のときにでも仲良くなっていたのだろうか。千堂なら、ありえそうだ。



「ちょーーーっと待ってね」



 春原の表情を見て、千堂が珍しく慌ただしくなる。千堂は春原の肩に腕を回し、少し離れた所に強引に連れて行った。状況を理解できない僕たち男子二人は、そのようすを佇んでみているしかなかった。その後二人は離れた場所で、なにやら耳打ちをしている。当然その内容が聞こえるわけもない。話し終えたのか、春原がこくりと頷くと、千堂は満足そうに笑みを浮かべ、二人とも戻ってきた。



「いきなり秘め事とか、なんか怪しいねえ。蓮見もそう思うだろ?」

「人それぞれです」

「何だよつれねえなー」

「私たち女の子には秘密の1つや二つは付き物だよ。源くんデリカシーないなあ。それに比べて亨くんはご立派!」

「蓮見、下の名前で呼ばれてんの? お前いつ抜け駆けを……」

「別にそういうのじゃないですよ」

「冗談だよ冗談。そんなまじになるなんて、蓮見はいじりがいがありそうだな」



 そんなのごめんだ。僕は高校三年間、誰とも関わることなく穏便に卒業したいと思っているというのに、いじりキャラを定着されてしまえば、穏便とはかけ離れた学生生活を送ること請け合いだ。千堂と関わっていることさえ、予定外だというのに、いずれクラスの中心になりそうな源にいじられるのは、避けておきたい。



「僕はそういうのは――」

「おい! 二組の三班だけ点呼報告がまだだぞ! 何してる!」


 腹の底から出されたどすの利いた声に、僕の声はあっけなくかき消された。


「やべ、忘れてた。全員揃ってるな」


 そう言って源は掲揚台の元に駆け寄り、先生に点呼報告を済ませ、戻ってきた。


「それじゃあ今から、城山市立青少年自然の家の代表の、高槻さんからの挨拶があります。静かに聞くように」



 掲揚台の横に並ぶ教師の中に混ざっていた高槻という男の老人がのそのそと歩き、僕たちの前に立った。七十代半ばくらいだろうか、押せば倒れてしまいそうなほどの細身で、若草色の作業着に身を包んでいる。総白髪に白ひげを蓄えて、常に笑って見える程のおっとりとした表情は、さながら孫を甘やかすおじいちゃんのようだ。

辺りを見渡すと、高槻と同じ服装の人がちらほら見受けられた。どうやら、外で作業を行うスタッフは作業着を義務付けられているらしい。

高槻は一礼した後、この施設の歴史や、注意事項について、柔和な声で話し始めた。

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