第11話

 生徒会長にわがままボタンのことを話し終えた亨は、大きく息を吐いた。後半は息も忘れる程饒舌になっていた。今までため込んできた全てを、全力で生徒会長へとぶつけてしまった。生徒会長の真剣な表情に気付いたとき、亨は我に返った。



「す、すいません、すごい喋ってしまいました……」


 亨が申し訳なさそうにしているのを見て、生徒会長はくしゃっと相好を崩した。



「ごめんごめん。別に怒ったりはしてないよ。考えてたんだ。君がわがままボタンと呼ぶそれの正体」



 思いつめたような声色を零す生徒会長は、目を見開いたまま、思考を巡らせる。まるで自分のことのように悩む生徒会長に、亨は何とも言えない気持ちになった。自分のことをこんなにも考えてくれて嬉しいという気持ち。だけど自分のことなんかで、受験期の生徒会長の時間を使わせてしまう申し訳なさ。相反する感情に板挟みになって、どう言葉を選んでいいのかわからなくなって、口籠ることしかできない。



「いつからわがままボタンを飼っているのか、覚えているかい?」

「すいません、覚えてないんです。気付いたころにはもうすでにあった感じでして」

「そうかー、それがわかれば、何か近づけるような気がするんだけどなあ。あまりにヒントが少なすぎる」


 亨には、何が問題で何が答えなのか、さっぱりわからなかった。


「すいません……」

「ああ、ごめん。別に君を責めてるわけじゃないんだ。ただ、そんなファンタジーなもの、気になって当たり前だろう! 僕たちは中学生なんだよ⁉」



 終わりに近づくにつれて、声量は大きさを増して、身振り手振りやっている姿はさながら舞台俳優だ。

亨はいまいち、生徒会長のキャラがつかめないでいた。入学式で在校生代表として挨拶をしていた時は、流暢な喋りと、華奢な体躯からは想像もつかないよく通る声もあって、アニメでよく見る、正義感の強い真面目な人という印象を受けた。かと思えば先程、図書室の前で出くわした時は、物腰柔らかい雰囲気で、教室の隅でいつも本を読み耽っていそうな、物静かな印象。今は、無邪気に騒ぐただの中学生。亨はひそかに、生徒会長は多重人格者なのではないかと、疑いを抱いていた。



「なーんか、君と僕との熱量に大きな差を感じるなあ。これは君の問題なんだからね!」

「は、はあ……」

「とりあえず、今できることと言えば……探索!」

「探索?」

「君が始めてわがままボタンを使ったときの記憶はもうない。だけど、存在するものにはすべて始まりがある。だから、その始まりのきっかけがないか、探索するんだよ」

「具体的にはどうやって?」

「君の家を徹底探索! 手掛かりになりそうなもの見つけてきてよ」

「それを具体的とは言わないような……」

「ちっちゃいことは気にしない! どこかの芸人さんも言ってたでしょ」

「確かにそんなこと言ってる人もいましたけど……」


 言い終えたところで、校内にチャイムが鳴り響いた。チャイムを契機に、生徒会長の顔が青ざめていく。


「あ、先生から言い渡された仕事のこと、すっかり忘れてた」


 生徒会長はあわてて戸締りの準備を済ませて、あっという間に図書室の外に出た。亨も連れ出され、慌てふためく様子を、横で眺めていた。



「あーもう、すっかり夢中になっちゃったよ。これは怒られるだろうなあ」


 鍵を回し、閉まったことを確認すると、生徒会長は別れも告げず一人階段をせかせかと降りていった。

生徒会長が視界から消えてすぐ、亨は窓から差し込む光に吸い込まれるように引き寄せられ、外を見た。外は夕焼け色に染まっていて、グラウンドでは野球部とテニス部が練習をしている。

 今日はもう帰ろう。そう思った瞬間だった。



「言い忘れてた、また明日の放課後ここにきてさ、探索の結果、聞かせてよ。それにまだ、聞きたいことがたくさんあるからね!」



 階段をおりて職員室に向かったはずの生徒会長が、踊り場からひょっこりと頭だけを出して、一方的にそれだけ告げ、再び階段を下りて行った。怒られるだろうなあ、と言っていた生徒会長は、やけに楽しそうだった。亨は、もしかすると生徒会長の中にはドMの人格もいるのかと思い、少しだけ身震いした。



 亨は階段を降りながら、今日の出来事を振り返った。生きてきて初めて、誰にも話したことのない秘密を、他人と共有した。なんだかがそれがとても嬉しくて、まるで憑き物が落ちたように足取りは軽やかだった。亨はすぐに教室に帰り着き、机の上に置いてある正カバンを肩にかけ、教室を後にした。

 図書室に向かうときより、帰ってくるときの方が、やけに早く感じた。

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