第6話
中学の入学式は事なきを得た。新入生はその後、教室に集められて、連絡事項を担任の先生より聞き、解散となった。亨は帰宅ラッシュを避けるために、校舎を散策することにした。目的もなくぶらぶらと歩いていると、目に留まるものがあった。
――図書室。
ドアは閉まっていて、小さな窓枠から中を眺めた。木製の長机が規則的にならんでいて、室内を囲むように並べられた本棚にはぎっしりと本が詰まっている。一瞥しただけで、小学校の図書室より蔵書数が多いことがわかって、亨は目を輝かせていた。
「あれ、今朝の」
急に背後から聞こえた声に「うぉっ」と身をピクリと振るわせ振り返ると、そこには、今日の入学式で在校生代表として、歓迎の挨拶をしていた生徒会長が立っていた。
「今朝はちゃんと間に合ったのかい?」
「え、あの、いや……」
生徒会長はいぶかる視線を亨に向ける。亨は今朝のことを思い出そうとしたけれど、何も思い出せない。そうして、すぐに自分がわがままボタンを使ったのだと結論が出て、何とか話を合わせる。
「入学式ですから、いつもより早起きして、間に合いました」
生徒会長は納得のいっていない表情を変わらず浮かべていたけれど、それ以上問い詰めることはなく、亨はほっとした。
「図書室に入りたいのかい?」
「でも、閉まってるからまた今度にします」
「君はタイミングがいい。僕もちょうどここに用があってね、鍵、持ってるんだ」
生徒会長はじゃらじゃらと音を鳴らしながら、鍵を見せびらかす。
「今朝と言い、今と言い、僕と君の間には何かあるかもね」
「ほんと、そうですね」
生徒会長は鍵を開け、中に入っていく。
「ほら、君も来な」
図書室に入ると、独特な匂いが鼻腔をついた。古くなったインクの匂い、何千冊という本が集まって初めて認識できる、図書室が図書室たり得る静謐な匂い。亨がうっとりしていると、カウンターでごそごそしていた生徒会長が、ほほえみを浮かべて亨を見遣った。
「君、本が好きなんだね」
「はい、本は、心の拠り所なんです」
「拠り所?」
「現実は、嫌なことだらけだけど、本は僕を現実じゃないところに連れて行ってくれるんです。好きというよりは、依存してるのかもしれません」
亨は長く喋っていたことに気が付いて、はっとする。
「あ、すいません」
「なんで謝るのさ。いいと思うよ、僕は。それだけ何かに熱中できるってことは、きっと素敵なことだよ。そういう気持ちは、大事にしないと」
どこか遠くを見つめるような生徒会長の双眸は、哀愁を帯びている。まるで自分には熱中できるものが何もないと、物語っているように――。
「生徒会長は何か――」
「そろそろいこうか、あんまり長居してもいけないからね。放課後は大体ここにいるから、いつでも来なよ」
「あ、はい、わかりました」
食い気味になった生徒会長の言葉に従い、亨はそれ以上は何も言わず図書室を後にした。図書室の前で生徒会長に別れを告げ、自分のクラスへと戻った。教室には誰もおらず、カバンを取って帰路に着いた。
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