第7話
今日からようやく新しいクラスで勉学に励むことになる。すこし早めに家を出て、教室へ入った。人はまだまばらで、皆一様に一人で椅子に座っている。僕も例に漏れず、黒板に書いてある席順を眺めて所定の席に着いた。小学校や中学校と違い、席は隣と密接する形ではなく、前後左右どことも等しく間隔が空いていて、一つの席として独立している。人と関わることが得意じゃない僕にとっては、最善の席配置と言える。中学の時は、常に隣から圧迫感を感じて、中々集中して授業を聞くことが出来なかったけど、高校ではそれに悩まされることはなさそうだ。
朝のSショートHホームRルームまでまだ時間の余裕がある。僕は耳栓を装着し、鞄の中から文庫本を取り出して読むことにした。一頁ぺーじ、一頁と捲るたびに視界の隅に学生服が増えていく。どうやら席順は五十音順ではなく、元居た中学順で固められているようで、同じ中学であっただろう生徒同士でグループが出来上がって、にぎやかに談笑している。教室内には男女ともにいくつかのグループが出来上がっていて、零れた面々は変わらず物静かに座っている。
読書に集中することが出来なくなって文庫本を鞄に戻した。他の方法で手持無沙汰を解消しようとしたけれど、特に何かがあるわけでもなく、窓から見える景色をぼんやりと眺めていた。
すると、急に肩をとん、と軽く叩かれた。
「亨くん、まさか同じクラスだったなんてね、これから三年間よろしくね!」
そこには、ブレザーに身を包む千堂が立っていた。千堂はそう言うと、僕の隣の席に腰を下ろした。
「隣だなんて、なんか運命めいたものを感じちゃうねー!」
「あはは、そうですね」
あまりに突然の出来事に苦笑いを浮かべたけれど、気にせず千堂さんは話し続ける。
「亨くん、頭よさそうだからてっきり理数科だと思ってたよ」
城山高校は、一クラス四十人の計六クラスからなっている。理数科目を重点的に学ぶ理数科一クラス。文系科目を重点的に学ぶ文学科一クラス。普通科四クラスの編成になっている。理数科は他の学科よりも偏差値が高く、倍率も四倍近くあったほどのエリートクラスだ。
「僕の頭じゃ理数科は無理だよ」
普通科の倍率は二倍近く、そして僕が合格したこの文学科は一倍。どの学科よりも比較的入りやすいというわけだ。そしてもう一つの特徴として、理数科と文学科はクラス替えがなく、三年間同じメンツで過ごさなければいけないということだ。
談笑しいていた人たちも時計を見るなり席に着き始め、SHRの時刻となった。チャイムが鳴り響き、同時に教室前方のスライドドアから五十代くらいのおばちゃんが勢いよく入ってきた。
「グッドモーニングエブリワン! 今日からこのクラスの担任を務めさせてもらいます」
そう言うと僕たちに背を向けてチョークを手に取り、黒板に力強く文字を書き記した。
「今いま畠はた喜美子きみこと言います。担当教科は英語です、よろしく!」
年齢の割には声に張りがあって溌剌な印象を受けた。生徒一同、今畠先生の声に圧倒されたみたいで、一拍遅れて拍手が沸き起こった。
「それじゃ、これからのことについて説明するよ!」
今畠は陽気に声を張り上げて、コミカルな動きで教室の笑いをさらっていく。年齢にそぐわない軽快な動きは、さながらピエロのようだ。不安定だった空気は一瞬にして霧散して、快活な空気に生まれ変わった。流石ベテランの教師というべきか、こなれている。
「まず、わかっとる人も多いと思うけど、目先で一番大きな行事は三日後の【共助を学ぶ城山高校歓迎宿泊会】じゃ!」
まるでアーティストが観客を煽るような、私についてこいと言わんばかりのテンションで言い放った。華奢な体からは思いもよらない声量が発せられ、またひとつ笑いをさらっていく。
僕は聞きなれない行事だったけれど、クラスの反応はさほど大きいものではなく、みんな知っていたようだ。噂では、城山高校は伝統をやたらと大事にする高校と聞いていたから、時代遅れな旧弊な行事だったらどうしようかと一抹の不安が過った。けれど、次の今畠先生の一言によって それは打ち消された。
「簡単に言うと、新入生同士の親睦を深めることを目的とした、一泊二日のお泊り会みたいなもんやから、精いっぱい楽しみな!」
知らない人たちと衣食住を共にすることは少し気が引けたけど、さっそく泊まりで勉強三昧、なんてことにならなかっただけまだマシに思えた。勉強は好きじゃない。
「宿泊会の時は基本班行動をしてもらいますからね。班はもうこちらで決めさせてもらってるから、それ含めての詳細が書かれたプリント前から回すよー」
前から流れてきたプリントを見ると、時候の挨拶や日程、持ってくるもの、班決めが記載されている。僕は……。
「とことん一緒になるねー 私と亨くんの間には何かあるかもねー」
千堂がそういった意味はすぐに理解できた。僕達は同じ班だった。
「ここまでくると、千堂さんが裏で根回ししてるんじゃないかと思いますよ」
「案外そうかもよ」
前を向いたまま、やけに神妙な面持ちでそういった後にすぐ、いたずらに笑った。僕は何も答えずプリントを畳んで、胸ポケットにしまった。
「朝のホームルームはこれで終わり。一時間目の準備して待っといてー」
今畠先生は足早に教室を去って行った。生徒たちは立ち上がり再びグループを作ってプリントを片手に「お前とは別の班か!」とか、「私の班誰も知ってる人いないし最悪じゃん」と会話に花を咲かせている。僕にはもちろん花を咲かせる友人などいるわけもなく、一時間目の授業の準備を粛々と済ませる。
「友達とか作らないの?」
僕の方を向いて、千堂は無神経に言う。
「僕はそういの得意じゃないですから。千堂さんこそ、いいんですか?」
「なにが?」
「友達作りです」
千堂は腕を組んで、うーん、と悩む素振りを見せてすぐに口を開いた。
「私は意図して作ろうとは思わないかな。私が出来ることなんてせいぜいきっかけ作ることくらいだから、基本は空気の流れに任せるよ」
以外にもそれらしい回答が得られて内心たじろいでしまう。
でも、そうか、きっと千堂は、自分から行動を起こさなくても周りから人が寄ってくるタイプの人だ。陰気で、教室の隅で本を読み耽るような僕とは違う、対極にいる人。きっかけを作ることさえしようとしない僕は、孤立すること請け合いだ。
「まあ、とりあえず私が亨くんの友達第一号で、二号探し手伝ってあげるからそんな心配しなさんなって!」
親戚のおばちゃんのような厚かましさを発揮させ、僕は思わず苦笑いを浮かべる。
……友達第一号
「あ、ありがとう……」
「なんか言いたげな顔してる」
「い、いや、そんなことないですよ。それよりほら、もう授業始まりますよ」
僕は記憶帳を取り出して、二ページ目を捲る。そこにはとても濃い黒で書かれた文字が鎮座していた。
『人に深入りするな 深入りさせるな』
記憶帳の中で唯一命令調で書かれたこの言葉は、過去の自分から送られた戒めとして、心に深く刻んでいる。何があってこの言葉を書くことになったのか、今となっては何も思い出せないけど。
僕は戒めにならい、千堂が言った友達という言葉を頭の片隅に追いやった。
教室前方の扉が開かれ、初めて見る先生が教卓に立って、高校初めての授業が始まった。
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