第3話

 中学校の入学式当日、亨は道に迷っていた。寝坊したために、普段は使うことのない裏道に入ったことが裏目に出た。土地勘はある方だと自負していたことを今更になって後悔する。大通りに出ることが出来れば、まだ何とかなるかもしれない、微かな希望を抱きながら、路地を進む。

 進めど進めど一向に大通りに出る気配はなく、どうしていいか分からずに項垂れていると、後ろからとん、と肩を軽く叩かれた。



「どうしたんだいこんなところで。新入生? もうそろそろ入学式が始まるけど、なにかあった?」



 そこには、亨と同じ制服を見纏った、細身の男子が立っていた。校章が亨とは色違いなことから、二、三年生であることがわかった。普段人とあまり話すことのない亨も、状況が状況なだけに、藁にも縋る思いで男に助けを求めた。



「あ、あの! 道に迷ってしまって、もしよければ大通りまででもいいので、案内してもらえませんか……」



 すると男は、数瞬ぽかんと口を開き、からからと笑った。



「なんだ、そういうことか。それなら僕に任せなよ」



 亨は思わず歓喜の涙を流しそうになって、必死に堪えた。「ありがとうございます」と消え入りそうな声で言うと、また、男はからからと笑う。



「そんな涙声になることないのに。ほら、ついてきて」



 亨は男に先導されて、ただついていく。あっという間に大通りに出て、入学式開始のぎりぎり前に到着することが出来た。校門を跨ぐと、男は振り返った。



「じゃあ、僕はここでお別れだから、君はすぐ体育館に行きな」

「本当にありがとうございました」



 男は颯爽と去っていった。入学式の日は二、三年生は休みだと姉に聞いていた亨は、なぜここに上級生がいるのかと不思議に思ったけれど、いまはそれどころではない。せかせかと体育館に入り、所定のパイプ椅子に腰かけてほっと一息吐いて、目を閉じた。

 スタートダッシュでくじけてしまってはいけない。心機一転するために、亨はわがままボタンを思い浮かべる。寝坊したところから、今までの記憶を切り取って、躊躇うことなくわがままボタンを押した――。

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