いち

 朝、重たい気持ちで目が覚めた。

 のろのろと準備をして、学校へと向かう。どんよりとしたこの気持ちと裏腹によく晴れた空が広がっていた。

 鬱々とした気持ちで、門をくぐり、教室へと入る。


「!?」


 私は言葉を失った。

 昨日両の手を失って泣き叫んだ子がけろりとした顔で登校していたからだ。何かの冗談かと思った。頭の中がハテナで埋め尽くされる。

 昨日阿鼻叫喚と化していたのに、今日は打って変わってよくも悪くもいつも通りだ。昨日あんなことがあったのに、何事もなかったかのように、きれいさっぱり忘れてしまったかのように。切断された形跡はもうないし、周りも普通だしで、頭は混乱しっぱなしなのに、日常は普通に進んでいくもんだから。めちゃくちゃこんがらがりながら、午前と午後を過ごした。

 放課後を告げるチャイムと共に私は走り出した。

 学校の外に出たらいつもいるユウコはもういない。いつもだったら鬱陶しく同じ門限を繰り返しながら、つきまとうのに、いないのだ。昨日言ったことを忠実に守っているからか。私が昨日あんなことを言ったから。


「謝らなきゃ」


 悲しいことをしたのは事実だけど、それぐらいで嫌いになるくらい付き合いが短いわけでもなかった。私にあんな言葉を吐く権利なんてなかったのだ。

 ああ早くユウコに会いたい。

 普段運動をしないせいかすぐに息を切らしてしまうのだけど、頑張っていつもの古びた神社まで走り抜けた。ヤバイものを見るような目をしている視線はなかったことにして、無視をして、走った。

 ちょっと心が削れる。




 ◇◇◇




「ユウコ!」

「…………」

「ごめん!」

「なんで君が謝るのさー……」


 ユウコは泣きじゃくりながら、私が悪かったのにと言う。泣いて泣いてびしゃびしゃになった顔は、お世辞にもかわいいとは言えない。お互いひどい顔になって、謝りあった。

 落ち着く頃には、もう薄暗くて、門限の時間になろうとしているところだった。

 ず、と鼻をすすり、時計を見る。


「やだ。帰っちゃやだ」


 ユウコは私と同じく鼻をすすりながら、そう言う。どうしようか。

 このひどい顔で家に帰るのは私だって嫌だから。今日ぐらいはいいか。腕時計をカバンの奥底へとしまう。これで時間を気にすることはない。補導されないように気をつければいいだけ。

 ユウコは花が咲いたように笑った。

 それから、ユウコと一緒に近くのおもちゃ屋さんへと向かって、いろいろと買い込んだ。季節ハズレだからかめちゃくちゃ安くなった花火に、チープな味がたまらない駄菓子に、いつの時代って感じの懐かしいメンコとかを買ったりしてみたり。おばあちゃんからしたら一人ではしゃぎながら選んでいるやばい女子高生に見えたことだろう。おばあちゃんの不審者を見る目つきに耐えかねて、早々にそこを後にする。

 また神社に戻って、購入した物を広げる。


「とりあえず花火でもする?」

「うん!」


 そこら辺にあった桶に水を入れて、ろうそくに火を灯す。手持ち花火に点火!

 火が中々つかなくて、苦戦したが、火がつくとすぐに火花が散る。暗くなった神社は花火の間だけめちゃくちゃ明るくなる。ユウコは両手に二本ずつ持って、火をつけて、走り回った。きらきらと軌跡がひかれていく。楽しい。

 私も真似して、二人して花火を手に持ってぐるぐると走り回った。


「楽しいね」


 ぽつりと本音がこぼれ落ちる。それと同じように、花火の光も消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る