にい
珍しくユウコが私を引き留めた次の日に事件は起こった。
「きゃああああああ!」
ひとつの悲鳴が響く。クラスメイトの一人が急に叫んだのだ。なんだなんだと見てみれば、その叫んだ子の両の手がない。手首から先はきれいに切断されており、両腕をあげているせいかその切断面がよく見えた。
周りには、人の手を切り落とせるようなものはどこにもなかったのに。人じゃないものなら可能かもしれないが。そう思った瞬間、見覚えのある茶髪が視界の端をかすめた気がした。
両の手がなくなったクラスメイトを見て、泣き叫ぶ子がいた。吐いて、吐瀉物を辺りに散らすやつもいた。臭いが充満して、教室は騒然とした。
騒ぎを聞きつけた教師が来ても、収まらず。辺りに血だまりと吐瀉物が広がっている。その日はまともに授業を行うことはできず、早々に下校ということになったのだった。
手を切断された女の子は、救急車で病院に運ばれていった。その後どうなったかはまだ知る由もない。
◇◇◇
「ねえ、今日は早いんだね?」
「…………」
ちらりと横目でユウコを見る。特段変わった様子はない。教室で起きた事件を話すべきなのか、あれはユウコだったのか。確証もないのに疑うのはよくないし、決めつけだってよくない。今日起きた出来事は頭の奥底へと追いやる。
「まだ話せないんだね」
ユウコの様子がいつもと違う気がするような。気のせいか?と思いながらも、いつもの場所へと足を進める。静かに後ろからついてきた。コツコツ、と二人分のローファーの音が響く。
着くまでユウコは黙ったままだった。
「…………」
着いてからもユウコは黙ったままで、静かだ。何かを言いたいような微妙な表情で、手遊びをしながら、少し下を向いて石段に座っている。
手遊びをじっと眺めていると、観念したのかぽつりぽつりとしゃべり出した。
「あのさあ」
「うん」
「今日、学校で何か事件とかって……」
最後の方は尻すぼみになってだんだん聞こえなくなったが、確かにユウコは学校で事件と言った。やっぱりあれは見間違いじゃなかったのか。ユウコがやったのか、という言葉をなんとか飲み込んで、次の言葉を待つ。
ややあって、「それ、私の仕業で……」と言った。言って、初めてぐるぐると指を回す手遊びをやめて、上を向く。
「私、あの子きらい。だから」
「嫌いだからやったっていうの?」
「………………うん」
「信じられない!」
ユウコでなければいい、疑いたくなんてなかったというのに。結局は妖怪のせいだった。
きっと、あの手は戻らないし、しばらくは誰も忘れることなく痛烈に頭に心にあの惨状が焼き付くのだろう。それを考えると。胸の辺りが苦しくなった。
もしかして。私が引き連れてしまったかと思うと、今度は胃の辺りが重くなった。取り返しのつかないことを引き起こした原因は私なのではないかと。
ぎゅうっとカーディガンの裾を握りしめる。
「君なんかしらない!どこへだって行けばいい!もう私につきまとわないで!」
力の限り叫んだ。叫んだ瞬間、人じゃないものたちが一瞬止まってわらわらと集まってきた。
無我夢中で、鳥居をくぐって全速力で走り抜けた。
「ごめんね」
ユウコの泣きそうな声が聞こえた気がした。
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