ぜろ

「楽しい?」

「うん」

「じゃあもうこっちでいいんじゃない?」

「ん?」


 終わった花火から目を離して、ユウコを見る。ユウコは笑っていない。いつものように笑っていない、この数年で一回だって見たことのない表情をしたユウコがそこにいる。

 一気に温度が下がった気がした。肌が粟立っているような気がする。

 ユウコは笑わない。


「ねえいやなの」


 問いではなかった。

 ユウコは静かに一歩前に出て、私との距離を詰める。詰めて、じっとこちらの目を見つめてくるので。逸らせずに私もユウコの澄んだ青い瞳を見つめる。

 黙ったまま、ゆっくりと私の手を取り、ユウコの口元へと運ばれる。薄く開かれた口から、ちろりと赤い赤い舌が見えた。ああかわいいな、なんて思う間もなく。


 ―――がぶり。


 瞬間、私の両の手はかわいい口の中へ。ぐちゃりぐちゃりとユウコが咀嚼しているのは、私の手。手首から先はもう存在していない。


「あああああああああ!?」


 今まで感じたことのないような痛みが私を襲う。

 ユウコは泣きながら、咀嚼を続けている、やめて。私の手がないの。


「ごめんね」


 ユウコは今度は右の腕を掴んで、ばくりと肘から手首までを口の中へと収める。今度は左も。ぐちゅりぐちゃり、と不快な音がする。それと同時にいたい、いたい、いたい、いたい。食べるのをやめてくれない。泣いても、叫んでも、やめてくれないの。ユウコは咀嚼する。私を食べていく。どうして。


「ごめんね」


 肩から先はもうなくて、今度は足を捕まれる。あ。いたいいたいいたいいたいいたい!いたいの!


「食べないで!」

「ごめんね」


 さっきと変わらない温度でユウコが言う。あっという間に両足がユウコの中に取り込まれた。もう頭と胴体しか残っていない。もう食べないでほしい、そんな願いも聞き入れてはもらえない。いたいの。

 ばりぼり、ぐちゃりぐちゃり、ごくん。ばりぼり、ぐちゃりぐちゃり、ぐちゃりぐちゃり、ごくん。そんな音が聞こえてくる。ちょっとずつ減っていく身体。

 気づけば、心臓も、胴体も食べられてしまった。もう頭しかない。

 あんなに痛かったはずなのに、もう何も感じない。ユウコはぼろぼろと涙をこぼしながら謝ってる。それでも食べるのをやめない。

 目を抉り抜かれて、あめ玉のように口の中へ放り込まれていく。もうそれ以降は暗くてよく見えなかった。当たり前だ、もう視覚なんてないんだもの。

 ただ不快な音だけがいやにクリアに聞こえた。ぐちゃりぐちゃり、ばりぼり、ぐちゃりぐちゃり、と。


「最後だよ」


 ユウコがそう言って、私はどんどん落ちていくような気がした。

 不思議と怖くはなかった。

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