第147話「都を駆ける神仏(漆)」
ちなみに、今日の同行者は
「こういう仕事に加わるのは初めてですが、どうでしょう。変なところないでしょうか」
などと自分の恰好を何度も見返しては、重茂や
今もかなりガチガチに緊張している様子が窺える。
師秀の初々しい様を見ていると、重教などは随分と態度がでかかったのだと改めて思わされる。
「今から会いに行くのは同じ武士だし、そこまで硬くなる必要はないぞ」
「いえ、私はまだまだ若輩者なので。そういうわけにはいきません!」
ガチガチでなければならないということだろうか。
もしかすると、緊張のあまり自分が何を言ってるかよく分かってないのかもしれない。
「ほら、着いたぞ」
辿り着いたのは、
元々
今回の件で話を聞く価値は十分あると見て、足を運ぶことにしたのだった。
「高貞殿といえば出雲守護職だけでなく、
「あまり本人の前でその話を持ち出すなよ。結構際どい話なんだからな、そこ」
隠岐守護は元々別の佐々木氏支流が継いでいたのが、
そのとき巧妙な立ち回りでその権益を獲得したのが高貞なのである。
別に悪いことをしたわけではないが、純然たる武功で勝ち取った恩賞とも言い難いところがあるので、迂闊に触れるのは危うい。
「よくぞ参られた。何もない邸宅だが、どうぞ入ってくれ」
出てきた高貞はというと、同族の道誉みたいな派手さを感じさせない、大人しそうな印象の男だった。
佐々木氏宗家の
歩きながら邸宅の中を見ていると、湯屋と思しきものが見えた。
京においても時折目にするが、やや贅沢な印象を受ける。
「湯屋があるのですな」
「妻のために用意させたのです。綺麗好きなものでして」
「鎌倉にいる同僚にも湯屋が好きなものがいました。俺も嫌いではありません。さっぱりしますな」
重茂邸には今のところないが、静子辺りが新たに建てさせようとしている節はあった。
特別欲しいとまでは思わないが、邪魔にならなければあっても良い。
「道誉殿のことについて話を聞かせてもらいたいのだ」
「先日の一件ですな。といっても、私は後から話を聞いただけで何も関与はしていませんよ」
「それは承知している。話を聞くと言っても、普段の道誉殿や
自分に容疑を向けられているのではないかという懸念が晴れたからか、高貞の表情がかすかに柔らかくなった。
「そうですな。鎌倉の頃から、鋭い者や疑り深い者には警戒され、鈍い者や純粋な者には面白い男と見られていたように思います」
「ああいう御仁だからな……」
やることがとにかく派手だが、それだけでなく人とのコネクションを形成するのが上手い。
美味しいポジションをちゃっかり獲得するような立ち回りをしているので、人によっては警戒の対象になるのだろう。
「ただ実際はそこまで深く考えず、その場その場で面白そうだからと動くところもありますな」
「今回の一件も、そういう衝動的な行動だと思われるかな?」
「どうでしょう。そもそも事の発端は秀綱殿なのですよね」
事件そのものの発端は秀綱である。
しかし、重茂は道誉について一つの疑問を抱いていた。
「そうですな。しかし俺は不思議なのですよ。厄介なことになると分かっていながら、なぜ道誉殿は秀綱殿に加勢したのでしょう」
本件について、佐々木道誉は部外者でいるという選択肢を取ることもできた。
しかし、事実として途中から主犯格になって妙法院焼き討ちを決行している。
これは、秀綱の一件と別に考えなければならない問題である。
衝動的な武力行使なのか。
あるいは、他に理由があるのか。
「道誉殿本人に聞いてみないと分かりませんよ、そこは」
「あの御仁に直接問い質したところで、煙に巻かれて終わりでしょう。一応倅に聞き取りをさせてはいますが」
今回重教が同行していない理由は、彼を道誉邸に向かわせているからだった。
当事者からの聞き込みはしないわけにもいかないが、正直道誉を相手にしても振り回されて終わりそうな気がしている。
だから、重茂自身は向かわずに重教を代理で行かせた。重教にも、違和感があることは深掘りしなくて良いと伝えている。
その点は高貞も同意見のようだった。ううむ、と複雑そうな表情で頷いてみせる。
「だからこそ、他の人間から見た佐々木道誉像というものを掴んでおきたいのです」
「……そういう意味でいうと、道誉殿は存外情に弱いところがあります。もしかすると、秀綱殿の立場を鑑みて自らを泥を被ろうとしたのかもしれませんな」
意外な評価が出てきた。
道誉は対人関係において、どちらかというとクレバーなのではないかと思っていたのである。
「
そういう罪悪感を抱いているとは思ってもみなかった。
しかし、考えてみれば同じような立ち回りを見せた
他人からはなかなか見えにくい、当人や近しい人間にしか理解されない苦悩なのだろう。
「しかし、だとしてもあまりに危ういですな。道誉殿も秀綱殿も揃って処罰されるとなれば、道誉殿の家はほぼ潰れたも同然。それが分からぬ道誉殿でもないと思いますが」
「そうですね。衝動が理性を上回ったのか、あるいは何かしらの見込みがあって行動に移ったのか。それは道誉殿にしか分からないでしょうし、素直に語る人ではないでしょう」
理性と衝動はいつ立場が逆転するか分からない。
それは武士に限ったことではない。人である以上、その均衡が崩れる可能性は常に存在している。
「私に分かるのは私の心情のみ。道誉殿の心情が分かるのは道誉殿の心情のみです」
「そうですな。とは言え、改めてそう口に出されるといささか物寂しいような気もしますが」
誰も他人の心情の真に理解することはできない、ということである。
その通りではあるが、その通りだと割り切るのに若干の抵抗はあった。
「
「それについてはサッパリですね。あったとしても私には言わないでしょう。私は延暦寺と協調関係を築いていますゆえ」
「なるほど。近江に拠点のある道誉殿と出雲の塩冶殿では、その辺りの事情が大分異なるのですな」
高貞の回答からは、常に距離を測っているような気配があった。
どちらかに肩入れするというのを避けたいのだろう。
「そうなると、此度の騒動などは胃が痛いものでしょう」
重茂の言葉に、高貞は深々と頷いてみせた。
「まったく。なにしてやがるんだこの野郎――以外の言葉が出てきませんね」
高貞邸から重茂邸に戻ると、師秀が大きく息を吐きだしていた。
どうやら相当緊張していたらしい。思えば、高貞と話をしていたのはずっと重茂だった。
「さすがに守護職を務めるくらいの方を前にすると緊張します」
「それを言うなら、俺も一応前の
「叔父上は叔父上なので」
分かるような気もするが、なんとなく納得しがたいところもある。
「おや。義父上に師秀。もう戻られてたんですね」
ちょうど道誉邸から重教も戻ってきたので、三人で部屋に集まって情報交換をすることになった。
「さすが道誉殿。事件のことをどれだけ聞かれてものらりくらり。正直、調査の役に立つ情報は全然引き出せませんでしたよ」
「ほう。どんな話をしたのだ」
「近江での流行について。最近は
「今自分が置かれている状況は当然理解しているはずだが……なんとも剛胆だな」
殊勝な態度で反省しているなどとは思っていなかったが、重教の話を聞いていると、あまりにも普段通りのように思える。
「けど、それじゃ重教殿は無駄足を運んだってことになるのか」
「師秀。お前、俺に対しては結構ズバズバとモノを言うよな……」
それだけ仲が良いということなのかもしれないが、本当に遠慮も何もない物言いなので、少し重教が気の毒になる。
師秀には微塵も悪気がなさそうなので、注意もしにくい。
「まあ、道誉殿から実のある話が聞けるとは思っていなかった。これは想定通りだ」
重茂はそこで話を区切ると、少し居住まいを正す。
「それで――秀綱殿からは何が聞けた?」
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