第146話「都を駆ける神仏(陸)」
焼き討ち事件の調査を命じられた
当たり前の話だが、
そして、これも至極当たり前のことではあるが、重茂たちを出迎えた僧兵たちの表情には怒りが見え隠れしている。
「よくもまあ来たものだ。話は聞いているから通って良いが、妙な真似はするんじゃないぞ」
彼らからすれば、重茂たちも道誉と同じ穴の狢に見えているのだろう。
言葉こそ丁寧だが、態度から敵意が滲み出ていた。明らかに歓迎されていない。
「
「さすがにここで迂闊なことは言いませんよ」
かなり派手に暴れ回ったらしい。
元々は丁寧に手入れされていたであろう庭は荒らされており、建物にもあちこち傷が入っている。
派手な喧嘩があって、その後に火が放たれた――という一連の流れについては間違いなさそうだった。
「矢の類は落ちてないようだな。つけられた傷もすべて刀によるものだ」
「中でいざこざが始まってそのまま喧嘩になった、ということなんでしょうね」
「誰かに話を聞いてみるか」
適当な人物がいないか辺りを見てみたが、威嚇してくる者か視線を逸らす者しかいない。
何人かに声をかけようと近づいてみても、皆そそくさといなくなってしまう。
「困ったな。これでは聞き込みができん」
「諦めたら良いんじゃないですか。皆が非協力的で調査できませんでした、というのも報告になりますよ。多分」
重教の言葉を戯言とみなして聞き流しつつ、あちこちをうろうろしていると、思わぬ人物の姿が見つかった。
向こうも同時に重茂たちの姿を認めたらしい。微妙な顔でこちらに向かって歩いてきた。
「こんなところで遭遇するとはな。どうやら目的は同じと見える」
「
元々は四条家を通して、幕府と朝廷のパイプ役を担っていた。現在、その任は上杉宗家を継いだ
「四条家からの依頼だ。武家側がこの一件をどのように捉えているかは知らぬが、こちらはこちらで調査させてもらうぞ」
今の重能は、幕府における仕事がない。
そんな彼が動く理由は、公家としての主筋にあたる四条家からの指示以外にないだろう。こちらと利害が一致するとは限らない。
足利家に仕える同僚ではあるが、今回の件については立場を異にすることになる。
「そちらは既に聞き込みなども終えたのか?」
「貴様に教える義理はない」
「むう。つれないことを言うではないか。一応同僚と言える仲だろう」
「同僚というだけだ。そこまで気安い仲になった覚えもない」
それはそうである。
しかし、そうと言って引き下がるわけにもいかない。このままでは仕事にならないのだ。
どうやって話を聞き出そうかと重茂が考えていると、二人の若者が重能のところに駆け寄ってきた。
重能の子である
「父上。なんと、住持殿がお会いになられるとのことです」
「事件についていろいろと話したいとのことで、自らお時間を取って会ってくださるそうで」
二人の話を聞いた重能は僅かに喜色を浮かべたが、すぐにハッとして重茂の方に向き直った。
そこには、重茂のややにやついた顔がある。
「これは丁度良い。重能殿、是非俺も同席させていただきたいのだが」
「……」
「そう嫌そうな顔をするな。俺はただ話を聞くだけ。そなたとは偶然居合わせただけ。帰れと言われれば帰る。それでどうだ」
そこまで畳みかけられると、断る理由も出てこないのだろう。
重能は嫌そうな顔をしながらも、ゆっくりと頷くのだった。
意外にも、住持から「帰れ」という言葉は出てこなかった。
物凄い形相で睨まれたものの、それだけである。
「良かろう。武家側にも此度の一件は話しておかねばなるまい。大人しく聞くのであれば、この場にいても良い」
今回の一件が相当腹立たしいのか、会ったときから既に頬が紅潮していた。
もっとも、そんな状態にあってなお理性的に話を進めようという姿勢も見られる。
「それでは、まず住持殿から見たこの事件の流れをお教えいただけますでしょうか」
一同を代表して重能が問う。
住持はこめかみをひくつかせながら、当時のことをゆっくりと振り返った。
「あのとき、私は何人かの客人と同席して歌会を開いていた。そう大きい規模のものではない。幾人かの知己を集めたささやかな集まりだ。穏やかに秋を感じられる、良き一時であった」
しかし、それを乱すような騒がしい声が近づいてきたのだという。
それが、
「何がきっかけかは知らぬが、あの者らは突如庭にあった紅葉の枝を折って奪ったのだ」
「いきなり庭に上がり込んできたのですか?」
「いや、塀の外まで伸びていた枝だ。ここにも警護のための僧兵はいる。突然中に入り込むような真似はさせん」
秀綱たちも、さすがにいきなり寺院に乱入するという無法は侵さなかったらしい。
もっとも、塀の外まで伸びているものとは言え、門跡寺院のものを勝手に持ち出すのはよろしくない。
「突然のことに私も面食らったが、客人の手前放置しておくわけにもいかず、僧兵に狼藉を止めるよう命じた。ただ、そこから騒ぎが大きくなっていったようでな。不穏なものを感じて、私は客人を先に帰すことにした」
「少し席を外されたのですね」
「そうだ。ゆえに、どのように揉めたのかハッキリとしたことは分からぬ。ただ、私が戻る頃には喧噪も鎮まっていた。しばらく待っていると、弟子から『先ほどの件は解決した』と伝えられたのだ」
しかし、それで解決したわけではないことは、この場にいる全員が知っている。
「その後、私は修行のため持仏堂にいた。ただ、日中のこともあって少し気分は落ち着かなかった。だからだろうか。ふと、なにか嫌な気配を感じたのだ。気になって弟子の一人に外の様子を確認させた」
そこで、夜中に松明を掲げて向かってくる武士団の姿を認めたのだという。
「先ほどの一件と関係しているに違いない。そう考えた私は、すぐに金堂へと駆け込んで皆に逃げるよう指示を出した。しかし、僅かに向こうの方が早かった。皆が逃げ出すより早く火が放たれ、あちこちで斬った斬られたの騒ぎが起きた。私は金堂から逃げよ逃げよと皆に叫ぶことしかできなかった」
金堂というのは寺院における本丸のようなもので、もっとも重要視されるお堂である。
一番神聖視されているだけによほどの不心得者でなければ手を出したりはしないが、境内の内側に位置するため、火の回り方によっては逃げ場がなくなるというリスクもあった。
外に逃げず金堂から皆に指示を出し続けたという点に、重茂はこの住持の気概を感じた。
院の実弟という立場上、人一倍立ち振る舞いに気をつけているのかもしれない。
「やがて火が収まり、奴らが引き上げた。金堂から出た私が見たのは、あちこちが焼けた見るも無残な妙法院の姿であったよ。僧兵も我が弟子も、皆大怪我を負っていた。助からなかった者も少なくない」
そこまで語り終えると、再び住持の瞳に憎悪の炎が灯された。
「私はこのような無法を侵した者を許さぬ。佐々木道誉・秀綱父子を赦さぬ。朝廷にも武家にも厳格な処罰を求める。これは決定事項であり、覆らぬものと心得よ」
住持の圧に、重茂や重能は頭を深く下げた。
その怒りはもっともだし、要求についても至極当然のものである。
「無論、それだけでこちらの要求がすんなりと通るとは思っていない。このようなことをしでかすほど驕っているのだ。佐々木父子には、これだけのことをしてもなんとかなるという考えがあるのだろう」
嫌な予感がする。
厳格な処罰を求めるため、この住持は何をするのか。
分かりきっている。この妙法院は叡山に連なる地。ならば、彼らにはとっておきの最後の一手がある。
「ゆえに――強訴だ。既に本山では支度を進めている。ことを穏便に済ませたくば、早急に佐々木父子への処罰を決定することだ」
妙法院側には、一切妥協する気がない。
道誉・秀綱を潰すため、持てる力のすべてを出すつもりのようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます