【5】水色の扉

(都合により、漢字に変換しております)




僕の名前は悠人ゆうと飯塚いいづか 悠人。もうすぐ5歳の4歳。

ママの名前は飯塚 遥香。僕とママの名前は“おそろい”。

“血の繋がり”があると、“おそろい”になれるんだよ、ってママは僕に教えてくれた。


僕の1番最初の思い出は、やっと目が開いた頃。

目を開けて1番最初に見た顔が、ママの“笑顔”。

とってもきらきらした笑顔で、目をお月さまみたいにすると、「生まれてきてくれてありがとう」って言ってくれたんだ。

ママの笑顔は世界一“きれい”なんだぁ。


僕はあんまり体が強くなくって、いつもママを心配させちゃう。

心配したママは、あんまり笑ってくれない。

だから僕は息が苦しくなっても、ママに気づかれないように我慢するんだ。

でも、結局ママには分かっちゃって、「なんでもっと早く言わないの」って、よけい心配させちゃう。

“ぜんそく”っていう病気なんだって、大きくなるまでの我慢だよ、ってママはよく言ってたっけ。

僕は早く大きくなって、ママに心配かけないようにしなくっちゃって、毎日いっぱい牛乳飲んだよ。

牛乳はあんまり好きじゃないけど、我慢して飲んだんだ。


ママは毎日“かけいぼ”っていうのとにらめっこしてる。

このときのママの顔は、あんまり好きじゃない。

だって、とってもつらそうだから。

でもね、“しおり”を見てるママは、とっても“しあわせ”そうな顔してる。

僕の1番好きな“笑顔”を見せてくれる。

“しおり”はね、僕の義理のおばあちゃんの名前が“しおり”っていうらしくって、いつも電話でママが“しおりさん”っていうから覚えたよ。

“しおり”はママにとって“たからもの”っていうものなんだって。

大好きな人にもらった大切なものだから、どんなにボロボロになっても捨てないって言ってた。

義理のおじいちゃんもとっても優しくって、よくおもちゃを僕にくれるんだ。

だから僕はおじいちゃんが大好き。

ママも大好きな人に会いたいのかなぁ?


僕が2歳になったばっかりのとき。

ママが初めて行く場所に、僕を連れてってくれたんだ。

そこに行く途中、ママはとっても嬉しそうだった。

僕の大好きな“笑顔”をずっと見せててくれて、きっと大好きな人に会いに行くんだろうなぁって、僕も嬉しかった。

「悠人は明日から名前が変わるかも」って。

“いじゅういん”って人に会いに行くから、その人と“おそろい”になれるんだよって。

僕は名前が変わるってよく分かんなかったけど、変身できるのかな?ママが嬉しそうにしてるし、僕はヒーローに変身するのが大好きだから、早く“おそろい”になりたいなって思ってた。

知らないお家に着いたとき、中から知らないお兄さんが出てきた。

ママとお兄さんは難しい話してたから、僕はずっと怖くってママのうしろに隠れてた。

なんだか、お兄さんの声が低くって、とっても優しそうな人だって思ってたら、僕の顔を見てとってもびっくりして、ママをにらみつけたんだ。

ママは泣きそうな顔してるし、お兄さんは怖い顔してるし、僕も悲しくって泣きたくなったけど、泣いたらママが悲しい顔するから、泣くのを我慢したんだ。

「悠人、変身できなくなっちゃった」

「おそろいにしてあげられなくって、ごめんね」ってママが泣くの。

僕はママを泣かせるやつが大嫌いだ。

だから、“いじゅういん”って人とは、2度と会わなくっていいや。


この日から、ママはあんまり笑わなくなっちゃった。

それに、僕は保育園ってところに行くことになったんだ。

保育園に行ったら、おともだちがいっぱいできたよ。

みんなちっちゃくって、赤ちゃんっていうちっちゃい子もいっぱいいた。

僕はみんなよりちょっとおっきかったから、先生っていう大人のお姉さんに「悠人くんはしっかりしてるから、みんなの面倒みてね」っていつも言われてた。

先生は優しくって、お歌も上手だし、ママよりもおいしいご飯作ってくれたんだ。

あ、これ、ママには“ないしょ”ね。

でもね、ママのご飯が世界で一番大好き。


僕の誕生日に、ママが手作りのケーキ作ってくれた。

ケーキ屋さんに売ってるケーキよりちょっと不格好だったし、やたら甘かったけど、ママが一生懸命顔にクリームつけながら作ってくれるのを見てたから、「おいしい」って言ったら、ママがひさしぶりに笑ってくれたんだぁ。

だから、僕はお誕生日が大好き。

みんなにもお誕生日があるっていうんだけど、ママのお誕生日はいつなんだろう。

ママのお誕生日には、僕がケーキ作ってあげたいな。

保育園のお友達は、「誕生日には“プレゼント”みんなもらうんだよ。悠人の家はもらえないなんて変なの」っていうけど、ママの笑顔が一番のプレゼントだもん。

だから、大好きなプレゼントもらえるお誕生日が大好き。


近所のおばちゃんの家でよくお泊りしてたんだけど、おばちゃんはおいしいお菓子くれるし、よく“プレゼント”くれるし、遅くまで起きてても怒んなかった。

おばちゃんが「ママには“ないしょ”ね」っていうからないしょにしてたけど、ほんとに良かったのかなぁ?


4歳になった僕の誕生日のすぐあとに、ママが「いつもより遠回りして行こう」って、保育園の近くの“川”に連れてってくれた。

そこにはいっぱい木があって、ママが「ママのパパの大好きなお花さんが咲くんだよ」って教えてくれた。

“さくら”っていうんだって。

春には“さくら”っていう“世界一きれいなお花さん”が咲くから、「来年はいっしょに見ようね」ってママが言ってた。

それにね、ママがぽっけに入ってる“しおり”をとりだして、とっても嬉しそうな顔してた。

ママが「悠人のパパが“プレゼント”してくれたものなんだよ。“ないしょ”ね」って言ってたけど、どういう意味だったのかなぁ?

“しおり”はぼろぼろだったし、僕が新しいの“プレゼント”してあげたいなって思ったんだぁ。

だって、世界一きれいな“笑顔”が見たかったから。

それに、僕がママの一番好きなもの“プレゼント”してあげたいもん。

僕がママの世界一になるんだぁ。


僕が大好きなお遊戯会の準備してるとき、とっても息が苦しくなっちゃって、我慢してたんだけど、見えてたものが反対になっちゃって、僕は転んじゃった。

起きたら、ママが泣いてて、とっても悲しそうにしてた。

僕も悲しくなって「ママ、ごめんね」って言ったの。

そしたら、ママが「笑うな」ってすごい剣幕で怒った。

いつも優しいママが、初めて怖いって思った。

僕が“笑う”とママが悲しい顔するから、僕はあんまり笑わないようにしようって思ったんだ。

だって、ママの“笑顔”が一番好きだから。

ママが笑わないなら、僕ももう笑わなくっていいや。


ママはこの頃から、毎日朝早くから夜遅くまで働きにいっちゃって、あんまり一緒にすごすことができなくなっちゃった。

保育園のお迎えも、近所のおばちゃんがよく来てた。

おばちゃんは優しいけど、やっぱりママと一緒にいたい。

たまに怖い顔したり、悲しい顔したり、笑わないママだけど、ママが一番好き。


テレビでね、“さくら”が咲きましたっていうの。

ピンクのきれいなお花さん。

ママのパパが大好きだっていうお花さん。

僕も見たくって、ママに一緒にみようって言おうと思ったけど、言葉が出てこなくって、ママのおそでつかんだら「また今度ね」って言われちゃった。

ママは“お約束”ねっていうけど、ママの「また今度ね」は、いつなんだろ。

いつもよくいうけど、ママは“お約束”あんまり守ってくれない。

だから、僕は1人で“さくら”見に行こうって決めたんだ。

保育園の途中で先生に見つからないように、“川”に行くことにしたんだ。

ママが「川はあぶないから1人で行っちゃだめよ。“お約束”よ」って言ってた気がするけど、ママだって“お約束”守んないもん。

それに、ママの“笑顔”見たかったし、世界一の“プレゼント”は、僕があげたかったから。

でね、“川”に行ったの。

そしたら、夏には緑色してた木が、ピンク色になってた。

不思議だなぁって思って、近づいたらいいにおいがしたんだぁ。

ママのパパが好きって言ってたのは、いいにおいだったからなのかなぁ?

僕はもっと近くで見たくって、ママにも“プレゼント”してあげたくって、橋の上に乗っかってみた。

橋の上はぐらぐらして怖かったけど、“さくら”がすぐ近くに見えた。

近くで見たら、ほんとにとっても“きれい”だなって思った。

あ!あの“さくら”なら、手が届きそう!

僕は思いっきり手を伸ばして、“さくら”のお花さんに触ろうとしたよ。

あとちょっと。あとちょっと。

橋の上はもっとぐらぐらして怖くなって、でもあとちょっとだからって、僕がんばった。

“さくら”手が届いたよ!

やったぁ!って思って嬉しくなったんだぁ。

これでママに世界一の“プレゼント”あげられる。

ひさしぶりの“笑顔”が見られるかもって。

でもね、そしたら落っこちちゃった。

“川”は冷たくって、お風呂よりおっきくって、苦しくなって………

そこからは、忘れちゃった。



ママ、僕がいなくなったら泣いちゃうかな。

悲しくなって、笑わなくなっちゃうかな。

ちょっとだけ悲しくなったけど、もう苦しくなくなったよ。

ママ………ごめんね。

“プレゼント”あげられなくて、ごめんね。

ママの世界一になれなくて、ごめんなさい。



ほんとはね、ママが「産まなきゃよかった」って、夜中にこっそり言ってたの、僕聞こえてたんだ。

とっても怖くって寝たふりしてたけど…。

でもね、僕はママの子供に生まれてほんとによかった。

産んでくれて、ありがとう、ママ。

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