【Episode2−1】3つの選択
「あなたは、どの扉を選びますか?」
無気味な男が語りかけてきたのは、とある薄汚れた
目が闇に慣れてくると、すぐそこに1人の男が腕を組み仁王立ちになって、1人の女を見下ろしているのが分かる。
男の顔は真っ黒で表情が
この時点では、男はハロウィンの仮装でもしてるのかしら?と女は特に不審に思わなかったのだが、男からは一向に話す気配もない。
しばらく無言を貫いていた男に、無音の空間に耐えきれず、女の方から話しかけた。
「え…わたし…どうなってるの?」
「あなたは、死んだんですよ」
思ってもみないほど低い声音が、女の
女は驚きのあまり、勢いよく立ち上がる。小さな身体が、ぐらぐらと激しく揺れる。床は
「いっ………たぁ。びっくりさせないでよ。冗談きっつ。ああもう、
尻を激しく打った女は、腰を浮かし患部を
「状況がまったく飲み込めていないようですね。周りをゆっくりご覧なさい」
ここに来て、ようやく女は周囲を見回す。広さ16畳ほどの、元はオフィスだったのだろうか。不自然に真っ黒になったオフィス用の机と椅子、それに型の古い大型のPCがそこここに転がっている。壁はあたかも火事の焼け跡のように
「は?なに言って…」
女はそこはかとない居心地の悪さを覚え、目の前の男に呼びかけたが、返事はない。それどころか男は、女が眼前にいることもすっかり忘れ、存在を無視して独り言を言っているようだ。
「死んだ?いや、違うな。これでは正確ではない。もっとこう、自発的な他動詞がふさわしいはずだ。そうだそうだ」
男は1人で納得したのか、うんうんと何度も
「あなたが、殺したんですよ」
“殺した?”なんて恐ろしい言葉なんだろう。女は首を傾げる。女は虫も殺さないと自他共に認める穏やかな性格だし、実際に意識的に虫であっても退治することもなかった。それは、女にとって最も縁遠いと思っていた言葉であった。
「あなた、私とは初対面よね?いきなりなんなの。殺したとか意味不明だし、ちょっと失礼すぎやしない?」
女は多少口が悪いとはいえ、怒りを
再び立ち上がり、不安定な床でバランスをとりつつ、ゆっくりと男へと近づいていく。失礼なことを言ってくる男の顔を拝んでやろうと思ったからだ。しかし、男に近づくにつれ、男の身長が自分よりも頭2つ分も大きいことに気づき、
不意に、不気味な男は手を女に向けてかざす。すると、前進していた女の足が止まる。見えない壁に
「えっ…なんで!?ちょ…どういうこと!?」
「お前みたいな、げせ(
“あなた”と呼んでいた礼儀正しさはどこへやら、男は“お前”と
「そんなことより、どの扉を選ぶか、早く決めないか」
と
薄ぼんやりと3つの扉は光り、左から蛍光塗料のようにあざやかなピンク、澄み渡った空のような水色、藤の花のように
「選ぶって?このどれかから、どこかに行けってこと?てか、あんた誰よ」
「質問の多い女だ。お前にとって、私が誰かなんてどうでもいいこと。どっちにしろ忘れるんだから。無駄話はやめておけ」
男はかざしていた手を表にひっくり返す。不可思議な力に動かされ、女の身体はみるみるうちに扉へと引きずられていき、ピンクの扉の前まで引っ張られていく。ピンクの扉の周りから光が放射状に伸び、扉が開くと眩い世界が広がっていた。
「ちょっ!なにこれ!やめて…ああ!」
女の叫びだけを残し、女の姿は扉の向こうへと飲み込まれていた。
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