【5】 決断のとき

「さあ、好きな扉を選ぶがよい」


 怪しい男は、幾分優しくなった表情で、地面にしゃがみ込む俺を見下ろしている。


「その前に、あなたが誰で、ここはどこかを教えていただけませんか?」


 男はフッと口の端を上げると、どこか満足げに穏やかな声色で言う。


「もう、言わなくても分かっているだろう」


と。ゆっくり目を閉じると、心の中にあったバラバラな記憶と感情が、一気に螺旋らせん状となり、絡み合いながら1つの真実へと導く。


「あなたは天使で、ここは生と死の狭間はざま…ですね?」


「惜しい。けど、天使なんて柄じゃない。死神と表現するのが1番ふさわしい」


「死神さん。あなたの言っていた『自分の行いに責任を持つ』意味が分かりました。俺が愚かで無神経でした…」


「本当にお前の言動は、実に愚かだった。人間らしかった、とも言える」


「すみません………」


 返す言葉もない。けれど、ずっと心の中を占めていた黒いもやはすっかり晴れ、後悔や申し訳なさ以上に、明るい希望が満ち満ちていた。


 そんな俺の心を読んだのか、死神は人差し指を1本立てると、粛々しゅくしゅくと告げてくる。


「喜んでいるところ悪いが、そう簡単じゃない。どの扉を選ぶも自由。だが、ひとたび扉を選べば、ここでの記憶も扉の中での記憶も一切なくなる」


「2度、やり直しはきかない。ということですね」


「そういうこと」


 つまり、赤い扉を選んでも、結局は同じ結末を辿たどるかもしれない。それでも————


「かまいません」


 俺の決意は揺るぎなかった。ある1つの扉の前に立つと、大きく息を吸い目を閉じる。


「もう、心は決まっているようだな」


 そう言えば———


「なんで、俺を助けてくれたんですか?」


「………単なる死神のきまぐれさ」


 死神はそれまで見せたことのないほど優しい表情で俺を見つめ、片目を瞬いた。そして、決まり台詞のように厳かに敬礼をすると、ゆっくりと最後の言葉を告げる。


「再び、巡り合うことがなきよう、切に願う」


 俺は声もなくうなずくと、迷うことなく、を開け、まばゆい光のなかへと向かっていった。

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