第10話 梅ガム
大仏男は胸のポケットから梅ガムを取り出して口の中へ放り込んだ。
そして、1枚男の前に置いた。
「・・・本当に、すべての結果はすべて自分の責任なのか?」
男はガムに手を伸ばした。
「あのな、すべての結果はすべて自分の責任というのを受け入れたほうが都合がいいんだよ。だって、自分の人生のプレイヤーは自分だ、ってことだからな。確かにどうしようもない不運と思えることが起きることもあるかもしれないけど、それもなんかのフラグが立ったぐらいに思って、悲観する必要なんか無いってことよ。今は不運に思えることだって、後から考えれば幸運の始まりだったってことになるかもしれないしな。今のお前と俺の関係みたいに。もしお前が自殺を考えなければ俺と出会わなかったし、自分の苦しみの本質を理解することも無かったろ?」
「・・・・・」
「まあな、とにかくまとめると、過去なんてどうでも良いって話よ。執着なんかするな。すべては些細な事。人生死ぬまでの暇つぶし~っぐらいの気持ちで生きていけってことよ。一万円札の人も似たような名言を残してるんだし、肩の力を抜いて気軽に生きればいいんだよ。人生に大層な意義なんてものは持つ必要はない。ただの人生ゲームだ。だから重要なのは、高得点を叩きだすか、そのゲームを楽しむかだけ。お前も俺もあそこにいる奴らもあのかわいいウエイトレスもアイドルも大統領もお釈迦様も、みんないずれは朽ち果てるただの有機物。何も変わらない。みな同じ。心配スンナ。お前が感じる苦しみも悲しみも恐怖も、ほかのみんなが同じように感じている。お前との違いは、自分の頭の中にしかない過去の記憶に異様に執着しているかどうかの違い。本当に、ただそれだけなんだよ。」
「執着心か・・・・・」男は深くため息をついた。息を吐くと、何かが体の中から消えていく感触があった。
「でな、ある意味お前は少し他の人より遅れているところがある。」
「遅れているところ?」
「んだ。普通の人は周りの人を見て参考にし、同じようにただ行動しているだけ。同じように遊んで、同じように就職して、同じように結婚して、同じように生活を営んでいる。でもお前は違う。あえて人とは違う道を選んだ。」
「・・・・」
「遊んでいる奴らを見て実はうらやましいのに見下したりしてるだろ?今の自分はつらいけど、いつかおまえらより楽しく遊んでやるってな感じで」
「・・・・・・・」
「結婚する奴らを見ても、今の自分には関係ないと思っていただろ?今の自分はひとりもんだけど、いつかお前らの不細工な嫁よりももっといい女と結婚して見せるとな。いつか、いつか・・・。いつも決まっていつか未来の自分か、誰かが何とかしてくれると考え続けた。」
「・・・・・・・・・・」
「遊びも就職も結婚もすべてが今の自分ではなく、まるで小学生が大人の生活を覗いているような感覚で周りを見て生きてきた。他人事のように。いつかいつかと思っても、いつまでも届かない、始まらない人生で焦燥感だけが募っていく日々。やがて、こんなはずではなかった、いつになったら皆と同じような人生がスタートするんだ?と不安に思っても、一向に始まらない人生。だからといっても、どうしていいかわからない、答えが出ない日々。息苦しくて、不安で、一人ぼっちの感覚。やがて、未来はこのまま暗いままで、決して明るくなる事は無いと悟った。まさにお前の胸を苦しくしている原因はこれなんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「お前の体を重くして、何も行動が起こせなくなるすべての根源がまさにこれ。
未来は暗いだろうと確信したお前の心だ。」
「・・・・その通りだと思う。。。。」
「・・・お?」大仏男は驚いた。
「なんだ?何を驚いている?」
「いや、やっとお前の脳みそがまともに動き出したようだな。そのポケットの薬が抜けてきたみたいだな!どうせ死ぬからと言って、馬鹿みたいにその薬飲んだんだろ?」
「・・・ああ。」
「えがったえがった。」
「・・・なあ、教えてくれ。さっき俺は遅れているって言ったよな?その遅れは取り戻せるもんなのか?」
「ああ、楽勝。俺はチートキャラみたいなもんだから、その俺と出会ったお前は超ラッキーだぞ。」
「なんだそれ。」
「まあともかく、お前は男として生まれてきて、重要な能力というか、ステータスは何だと思う?これがあれば人生うまくいく!っていう能力は。」
「・・・顔か・・・金か・・・環境か?」
「・・・これだから素人はこまる。」
「なんだよ素人って」
「いいか?死ぬまで忘れるなよ?男として生まれて一番重要な能力は度胸だ!」
「度胸?」
「そうだ!昔から言うだろ?男は度胸、女は愛嬌って。これはまさに真実だぞ。」
「・・・・・」
「もしよ、今やくざやチンピラがお前に絡んできたらどうする?」
「どうするって言われても・・・。」
「何言ってんの。お前は今から数時間前に自分自身を殺そうとした人間だぞ?普通の人間は自分を痛めつけたり、殺そうとなんかしないぞ。でもお前は最後の一線を自分の意志で越えた。まあ、失敗はしたけどな。でも、他人を巻き込まず一人で死のうとした気持ちは立派だ。だから俺はお前を助けてやろうとしている。」
「・・・・」
「例えばよ、普通の人に質問したとする。警察とやくざと自殺を実行できる人間、一番怒らせたら怖いのは誰?と。」
「・・・・」
「いいか?死んでもかまわないという人間が暴れた場合、それを止める方法は一つしかない。それは、自分も死ぬ気でかかっていくしかないということ。なぜならば、死んでもかまわないと覚悟を決めた人間は、ムショに入ることも銃で撃たれることも恐れないから。やくざや警察が特に理由もなく自分の命を懸けてまで戦うと思うか?」
「・・・・」
「ん~すごい。お前は普通の人間ができることができないくせして、普通の人間ができないことをやってのけた。まさに極端。0か1のデジタル人間だな。」
「デジタル人間?」
「そう、生きたい!いや、死ぬ!まさに両極端。そういう思考をしちゃう人だな。」
「・・・・」
「だがな、人生はアナログなんだよ。 ~ これ。」
「~?」
「そう、1と0の間をゆらゆら揺らめくのが正しい人生なんだよ。選択肢は1か0の二択じゃない。選択肢は無限に存在しているとまずは理解することだ。」
「無限の選択肢?」
「そうだ。選択肢はいくらでもあるのに、わざわざ1や0を選ぶ必要なんてないんだよ。自分が選びたい選択肢を適当にチョイスしてけばいいんだよ。それでうまくいったらラッキーで、うまくいかなかったらまた別の選択肢を選べばいい。まあともかく、極端な思考はろくな結果にならないということは肝に銘じとけ。」
「・・・・」
「でな、さっき男には度胸が必要といったな?」
「ああ。」
「男にとって度胸を持っているということは、大金を持っていることと同じ意味がある。んで、大金を持っていれば時間が手に入る。つまり、影も形もない度胸というものを持てば、ありとあらゆるものが手に入るってわけ。」
「・・・なんでよ?」
「いいか?お前は何かを決断するのにどれくらい時間をかける?例えば就職や結婚だ。」
「・・・・知ってて聞くなよ・・・・」
「お前は何十年たっても決断ができない人間だよな?でな、普通の人間も決断は遅いもんだけど、周りの友達に合わせて応援されながら何とか決断を下していく。でもな、世の中には普通の人が1年かける決断を1日で下せる人間もいる。中には1秒で決断する奴もいる。なぜそんなことができるか?これがまさに度胸がなせる業なんだよ。」
「・・・・」
「ということは、普通の人間が10年かけて築き上げたものを、その気になればたった数日で手に入れることも不可能では無いってわけだ。」
「・・・いくら何でもそれは・・・」
「それは何だ?不可能なのか?やってもみないで?」
「本当にできるならば、証明してくれよ!」
「え~めんどくさい。。。」
「!なんだよめんどくさいって!」
「つか、お前もう充分元気になったろ?この辺でお開きとしないか?」大仏男は大きくあくびをした。
「!!! ちょっと待てよ。中途半端すぎるだろ!」
「・・・ってどうしてほしいのよ?」
「度胸があれば10年の遅れも数日で取り返せるってさっき言ったよな?それが本当ならば、俺の遅れを取り返す協力をしてくれよ!」
「・・・んなこと言ったって、俺もそんな暇ないぞ。第一お前お金ないだろ?何をするにも金がかかるから、金が貯まるのを待ってたらいつになるかわからんべよ。」
「度胸があれば何でもできるっていたべ!」
「ああ、確かに言った。じゃあ、その度胸で銀行やコンビニ襲って金を作るのか?リターンに見合わない行動を起こすのは本物のあほだぞ」
「・・・・いくらあればいいんだ?」
「ん~とな。。。俺は2日しか暇はない。教師代として1日10万ぐらいで20万。あと、お前のための準備として30万、計50万ぐらいか?」大仏男はまたあくびをした。
「100万だす!」
「100万?」
「ああ、100万だ。」
「・・・お前そんなこきたないかっこして金持ってたの?」
「わるいか!」
「いや、なんで死ぬ前にパーっと使わなかった?」
「・・・いいだろそんなこと。」
「・・・・ん~。。。」大仏男は考え込んだ。
「たのむから」男は手を合わせた。
「なんでそこまで俺を信用する?もしかすると100万持ってとんずらするかもしれんぞ。」
「なんでって、出会いは運命的なもんだろ?運命なんていつどう動くか予測なんてできないから信じるしかないだろ?道路に急に飛び出す猫のように。」
「!」大仏男は目を丸くした。
「ん?どうした?」
「・・・くそ。フラグが立ったままかよ・・・まったくめんどくさいな~」
「・・・フラグ?」
「あ~わかったよ。2日だけな。」
「ありがとう!」
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