第9話 ショートケーキ

ショートケーキがテーブルに運ばれてきた。

「くわーうめーなこれ」

大仏男は嬉しそうに一気に平らげてスプーンを口にくわえてぶらぶらさせている。

「で、続きだけどな、よく言われる言葉があるだろ。過去は変えられないけど、未来は変えられる。って」


「・・・聞いたことはある。」

「この言葉どう思う?」大仏男はまたブラブラさせている。

「・・・」男は何か言いたそうだが言葉を飲み込んだ。

「実はな、その言葉は全くの嘘なんだよ。通常、未来に向かって頑張りましょう!みたいな感じで言われているが実際は全くの嘘!」

「うそ?!」

「そう、まったくの嘘八百!」

「なんで?」

「これは科学的事実。未来は変えられない。というか、確定していないから変えようがない。」

「・・・・?」男はきょとんとしている。


「大体の人間は、今の延長に未来がつながっていると想像しているが、実際、未来なんて存在もしていないし、確定もしていない。わかりやすく言えば、未来なんて何でもありの世界なんだよ。そして、未来を正確に読める人間はいない。物理的に、正確な未来を予測することが不可能である以上、金持ちも貧乏人も皆平等に不確実な未来が待っているって事だ。」

「・・・つまり?」

「つまり、明日の今頃、お前は寒い森の中でくたばっているかもしれないし、美女と一緒にあったかい布団で眠っているかもしれない。未来は完全に不確定。誰一人未来が分からないならば、未来は暗いと思おうが、未来は明るいと思おうが、自分の勝手だって事。じゃあどうせなら、自分の心を苦しくする暗い未来よりも、ハッピーな未来を思い描いていたほうがいいだろ。物事には因果という、原因と結果の関係性があるから、お前が自分の未来はハッピーって思えば、いずれハッピーな結果が表れる。逆に、お前は今まで暗い未来をずっと思い浮かべてたから、その結果として森の中に入り込んだんだろ?」

「確かに・・・。でも、俺が明日女の人と一緒に寝る?まさかそんなことがあり得るのか?・・・・」

「十分あり得る。俺の言葉を理解しようと努力さえすればな」

「そんなまさか・・・。」


「人間の脳みそは、未来を思い描くとそっちの方へ向かって行くように作られてる。お前は数日前、森の中に行くことを思い浮かんだんだろ?ほれ、現実になったろ?じゃあ、幸せな未来を思い浮かべろ。そうすればお前、というか、この世の中は、お前が幸せになれるように動き出す。」

「・・・信じられない。」

「信じようが信じまいが、この世の中はそういう風に作られてるんだからしょうがない。昔からよく言われている、諺や格言、名言があるだろ?聖書ならば、求めろ!そうすれば与えられるだろう。門を叩け、そうすれば門は開くだろう。これに似た諺や名言はいくらでもある。もし、これらの言葉が全くの嘘だったら、何百、何千年も大切に伝承されねえだろ?」

「・・・・」

「まあ、信じようが信じまいがお前の人生だから好きにしな。」

「・・・・でも、なんで過去は自由に変えられて未来は変えられないんだ?やっぱりよくわからない。」

「簡単な話。この世には世界共通というか、この世のすべての人が認める事実や過去なんて存在していないということ。1億人いれば、1億通りの過去がある。例えばな、あのウエイトレスのさっきの笑顔かわいいな!と俺がいったとする。お前も顔は見ただろ?」

「ああ」

「こんな単純な今さっきの過去さえ、お前目線の過去つまり事実と、俺目線の過去は全く違うものなんだよ。」

「なんで?」

「だって、お前はどういう気持ちでかわいいと思った?つか、俺がどんな気持ちでかわいいと思ったかお前はわかるのか?」

「・・・・」

「同じ女を見て同じようにかわいいと思った。でも実際に二人とも同じようにかわいいと思っても、実際の認識、過去は全然共有されていないんだよ。お前から見れば手の届かないかわいいウエイトレスがいた、という過去・事実がある。その過去がこの世の絶対的事実な出来事、過去の記憶、客観的な歴史とお前は思い込んでいるだけなんだよ。でもな、俺から見れば、あ~めんこいウエイトレスだね、まあ、どうでもいいけど、っていう過去の記憶・事実。で、当のウエイトレスは、変なおっさんが二人いるわ~って感じた過去の記憶。みんな好き勝手に過去を自分で作っているだけ。たった数十分前の過去の出来事でさえ、三人ともそれぞれ違う過去の記憶を持っているんだよ。」

「・・・」

「で、お前は勝手にお前目線の過去がこの世の歴史的事実と思い込み、勝手に思い出して、勝手に苦しんでいるだけ。つまり、自分を苦しめる記憶をお前が勝手に妄想して苦しんでいるだけ。SM好きなおっさんが鞭で打たれて楽しんだり、坊主が滝に打たれて楽しんでいるのとまったく変わらないんだよ。だから今まで誰もお前のことを変えられなかった。学校の先生も親も医者も、そして自分自身も。わかるか?お前は嫌な過去をいやいや思い出したわけじゃなく、自分から進んで思い出していただけ。なぜか?それが自分にとって都合がいいから。その状態の居心地が一番いいから。ただそれだけ。そんなお前が、俺は苦しんでいるんだーって言ったって、SM嬢に鞭うたれているおっさんが、痛くて苦しんだーと言ってるのと大差ないんだよ。そのおっさんにお前のポケットの中に入っている薬を飲ませれば、何か解決すると本気で思うか?」

「・・・・」


「いいか?今のお前の状態を作ったのは、とにかく間違いなくお前自身なんだよ。よく環境が悪いとか親が悪いとかいうやつらがいるけど、それは違う。すべて自分自身のせい。今の自分の状態が一番良いと心の底で思っている。」

「・・・・」

「ただ物事の始まりを忘れてしまって、なんで今この状況なのかを忘れちまっているだけ。なぜ自分がSM嬢に鞭で打たれて苦しいのか?簡単な話だ。自分がそこに居続けるから。ただそれだけ。服を着て扉を開けて外へ出ればすべては終わる。すごく簡単な話。」

「・・・・・。じゃあ、俺が自殺を考えたのはすべて俺の責任だというのか?」

「100パーその通り。完全完璧にお前の決断。」

「・・・・・。違う。俺はそんなことほんの少しも望んでいなかった。それでも俺のせいなのか?」

「何を言っているんだお前は?お前の中に小学3年生ぐらいのプレイヤーでも入ってて、そいつの指示で行動しているのか?そいつの意に反して自由に動けないのか?」

「どういう意味だ?・・・そんなわけないだろ。」

「だったら、お前自身が考え行動した結果だろ?」

「・・・・いや、苦しい過去がなければ俺はもっと違う決断をし、もっと良い未来があったはず。すべては嫌な過去、悪い環境が影響していたはずだ。」

「だから、お前は何を言っているんだ?もう一度聞くが、お前の嫌な過去や嫌と感じたお前は、いったい何歳のお前の心なんだ?」

「・・・・どういういみだ?」

「簡単な話。嫌な過去や環境だったんだろ?そのイヤダと感じている心は、何歳の頃のお前なんだ?」

「今の俺だ」

「うそこけ。よーーく心の中を見てみろ。嫌だ嫌だ言っているのは今のおっさんになったお前ではない。」

「今の俺じゃない?」

「そう、よく記憶の中を覗いてみろ。頭を抱えて心を閉ざしているのは何歳のお前だ?」

「・・・・・」男は目を閉じると暗闇が広がった。その暗闇が広がる奥底に誰かが佇んでいた。それは12~13歳頃の自分だった。


「・・・・子供の頃の俺なのか・・・?」男は目を見開き大仏男の目を見た。

「そう、アラサーのおっさんを苦しめているのは、ガキだったころのお前の記憶。アラサーのおっさんがガキだったころの自分に鞭で打たれて苦しい苦しいと言っているのが今のお前なんだよ。はたから見たらなんて滑稽なんだ!と思うだろ?」

「・・・・・・・・・」男はうつむいた。

「答えがわかったろ?なぜ苦しみが無限にわいてくるか。なぜいくつになっても他の人のようになれないと感じたか。そう、子供の頃のお前がずーっと今のお前を縛り続けてきたからなんだよ。苦しんでいるのは、お化けや幽霊を怖がる臆病な子供のころの自分であって、今のお前じゃないとまずは理解しろ。」

「・・・・・。」

「自分を苦しめる元凶は過去の自分、つまり、過去の記憶。記憶なんて100人いたら100通りの過去がある。だから、過去は変えられる。簡単だ。お前の記憶の中ですべてにおびえているガキにこう言え。消えろ!クソガキ。」

「・・・消えろクソガキ?」

「そう、消えろクソガキ。俺はもう暗闇やお化けを怖がる子供じゃない。もう大人なんだよ!ってな」

「・・・・そんなんのでいいのか?」

「いいんだよそれで。今のお前が何もかもにおびえ何もできなかったのは、臆病なクソガキのせいだったんだから。」

「・・・・・。本当にそれで変われるのか?」

「あのな、お前の中に、臆病な子供の頃の自分と、大人になって自殺を実行する大人なお前が同居している。お前は13歳の頃本気で自殺を考え実行する勇気があったか?ねえだろ?てか、あったら今頃存在しないだろ?お前はすでに十分成長していたんだよ。自分を殺せる度胸があるお前が、臆病だった子供の頃の自分にいじめられているだけ。」

「・・・・」

「つか、殺しちまえ。記憶の中にいる過去の自分自身を」

「・・・・可哀そうな過去の自分を殺すのか?」

「いやか?じゃあ、許してやれ」

「許す?」

「そう、今より若かったお前は、この世の仕組みをよくわかっていなかっただけ。今のお前は過去のお前よりは幾分世の中を知り賢くなっているだろ?だったら、今よりも無知だった自分を笑って許してやれ。ガキだったんだからしょうがなかったなって感じに。そしてお前をいじめてたやつも許してやれ。しょうがねえなクソガキどもが、って感じに。」

「・・・・・・やってみる」

「でな、言葉とは自分の思考だ。形なき言葉が自分の体とつながっているってことは頭に入れておけ。いずれわかる日が来る。始めに言葉あり、だ。」

「・・・・・始めに言葉あり、か・・・・。」

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