SSA ――天空の覇者たち
@yukke_ton
第1話 天空の覇者たち
1
「 平 陛慈
第五十一代軍部アカデミアを首席で卒業。狙撃を大の得意とし、去年卒業してからというもののぐんぐんと普遍軍で戦績を伸ばし、一戦最多で百六を射殺。また最高比率記録を持つ狙撃戦においては敵側の狙撃者を三十一名中二十五名を片付け、わが軍を圧倒的戦勝に持ち込んでくれたこともある。精鋭中の精鋭、千年に一度しか見ない賜物といっても過言ではない。 」
「・・・で、私に会い来たということは」
「は!大体ご察しの通りであります」
胸を高く上げ、まるで木製の兵隊人形のように直立している彼の姿はまさに自信の塊という言葉がふさわしい。いくら目を細めても決して見つけることのできない迷いのかけらはもしかすると彼にはないのかもしれない。
まあ、この個人報告レポートを見ればそうであるのも一目瞭然である。このような怪物的成績が叩き出せた以上、自信を持てない者など私はこの数十年間軍部に所属して一度も見たことがない。だが、それでも彼は異常だった。あのうっすらと誇らしげに飾る笑顔、それはまさしく自分は失敗しないのだと言っている。
そんな彼のことだ。わざわざ私の時間を割いてまで申したい彼の要件は馬鹿でも予想できる。
――それは普遍軍から精鋭軍への昇格だ。
「私に直々にそんなことを申すのもお前が初めてだぞ」
私はこのまますんなり通すのもどこか違和感を感じ、少し彼をつついてみることにした。圧迫面接を行うまでに行かずとも、そのようなことをすれば彼の自信がいとも簡単に崩れるのではないかと見計らった。
だが・・・
「は!御覧の通り、私は去年アカデミアを卒業して以来、報告書で総督様がご覧になった通りの成績を出しました。ですので、このような能力をぜひ、あなた様に認めてもらった上で、戦争において多大なる貢献をしなさっている精鋭軍のほうへと自己推薦を申したわけでございます!」
だが、そう考えた私がばかだった。
はきはきと自分をぶつけてくる彼に私も正直どこか驚いた部分があった。私はその驚きを表情として表さずとも、心の中でのある種大きな打撃を隠すことができなかった。こいつは本当に自分に対する信頼が厚い。
戦争において、並外れた戦闘力、そして自分への信頼は精鋭としてなら欠かせないものである。だが、彼はどうだ。並外れた戦闘力は言うまでもなく素晴らしい。だが、自分への信頼があるかと言うと、私から見れば、それは違う。
確かに彼は自分の能力を信じている。だがそれが行き過ぎている。自己への信頼は行き過ぎてしまうと傲慢になり、それはむしろ戦争の場に赴いたとき協調性、倫理性、そして論理性を衰退させる最悪な要因となる。
「・・・よろしい」
私は報告書にもう一通り目を通して、彼の眼を見た。まっすぐと私の眼球を貫くように、彼もまた私の眼を見て放さなかった。
「なら君を精鋭軍へ昇格してやろう」
「感謝いたします!わたくし平陛慈、軍部、いやアランティナ連合王国のために多大なる貢献ができることをここで約束いたします!」
光栄的にふるまっている彼の裏にははっきりとした計画的な笑みが隠れていた。だから、私も彼に向って心の中であざけ笑い返した。
「ただし、お前が行くところは精鋭軍属のSSAということろだ」
「SSA・・・?」
「せいぜい頑張るんだな」
心の中で彼がどう生まれ変わるのかを見守ろうと、私は報告書にはんこを押した。
2
トントン
陛慈は慎ましく装ってドアを静かにノックした。
「入れ」
透き通った清涼さを感じる男性の声が中から伝わってきて、陛慈はドアをゆっくりと開けて、営業スマイルのようなものを顔に飾って一礼する。そして部屋の中央に置かれたたった一つの椅子まで移動して、彼はそこに座った。
部屋は壁から天井までが真っ白な四角い空間であり、唯一そこに色彩を与えているのは壁に飾られたアランティナ連合王国の国旗である。陛慈が座るすぐ前には長方形の黒色をした机が置いてあり、そこに三人の上官らしき人物が座っている。
右の二人はほぼ無表情、それに加えて見ているだけで身も心も震えてくる彼らのクールさが何とも言えぬ精鋭軍の厳しさを物語っている。と陛慈は思って今度は一番左の男を見るのだが、彼は予想に反してどこかチャラけているところがあった。黄色い髪の毛がぼさぼさと四方八方を向いていて、陛慈を見ながら興奮している彼の姿はまるであたらしいおもちゃを見つけた無垢な子供のようであった。
「さあ、はじめよう。私がSSAの最高責任者だ」
真ん中に座っていた女性が書類を持ち始め、目を一通り通す。それを目の当たりにした陛慈はてっきり彼女が見て驚くのではないかと予想していたが、がっかりすることに彼女は動揺することは一切なかった。まあ、精鋭軍一部所の最高責任者なのだから、多分これくらいで動揺を見せては面子が持たないのだろう。そう陛慈は思って心の中でひそかに笑った。
「名を申せ」
その女が淡々とそう言うと、陛慈は勢いよく立ち上がり、代理総督の前で見せたような鉛筆よりもまっすぐな姿勢を維持させた。そして一礼をし、口を開けた。
「は!第五十一代軍部アカデミー卒業、そして普遍軍を一年間務めさせてもらった者でございます。名は平 陛慈。基本全戦闘術を持ち合わせていますが、スナイパー職を大の強みとして、普遍軍の最前線で活躍をしていた次第です!」
「よろしい。私は唐 才華だ。さっきも言った通りSSAの最高責任者。そして君から見て私の右に座っているのが島梨 士狼、そして左がアレン・クレミレッシャー。二人とも今回の面接補佐官である」
陛慈は二人の男に順に頭を下げた。
「では質問に入ろう」
才華はそう言って報告書をテーブルに叩きつけた。陛慈もこれには少し驚き、思わず目線を才華から外して報告書のほうに注いだ。
「お前の人生における信念を申せ」
――は?
陛慈はそう命令された瞬間意味が分からなかった。
彼は面接に際してすべての可能性について一つ一つ対策してベストの回答ができるようつぶしてきた。だがまさかこんなアバウトでぶっ飛んだことを聞かれるとはさすがに焦ってしまったようだ。彼は必死に自分の脳内の血を巡らせた。
「・・・それは、国のため、わが母なる国家アランティナ連合王国のために身をささげる。どんなこともすべてわが国家に帰属するということです!財産、家庭、そして自分をも犠牲にし、国家のために自分のできることを尽くすのみ!それが私の信念、そして義務であります!」
なんとなくそれっぽいことを言って、陛慈は内心ひやひやした。だが途切れることなく言えたのが不幸中の幸いだったと彼は思って、まだ面接官を直視する勇気を保たせた。というのも、面接官が一番左のアレンを除いて二人とも極度にクールすぎるのだ。まるで陛慈を睨みつけているような目線が本当に彼の身にぶっ刺さっているかのようにまっすぐ伝 わって、彼は何か間違えでもすればすぐに打ち首になりそうな予感がした。
「・・・気に食わないな」
少し間を開けて、才華は口を開けて言った。ものすごくゆっくりと、そして何の感情も込めずに。陛慈はへましてしまったのかと自分の過失を責め立てた。背筋がひんやりと冷え、今にでもこの面接室から走り去りたい欲望に駆られた。
だが彼は焦らなかった。むしろ、心の中では余裕が大半を占めていた。なぜなら、いくら目の前にいるのがSSAの最高責任者であれ、陛慈がここに移されたのは代表総督の命令によるものであったからである。よって、彼が何かよほど重大な過失をしない限り、ここには絶対に入部できるのだ。たかが一部隊の最高責任者が代表総督の命令に背くはずがない。
「まあ、いい」
だが、どうやら才華はあまりこのことを気にしていないようだった。彼女は両手を頭の後ろに置き、背もたれに身を沈めて天井を見始めた。
「面接は終了、合格だ」
「え?」
二度目となる驚きを陛慈は食らった。まさかたったの一問、しかも才華は「気に入らない」と評価したのに、こんな簡単に面接に合格してしまうとは、彼は夢にも思わなかった。ほかの男二人も各々のことをやっていて、面接の合否にまるで興味がなかったように思われる。
いや、というより、そもそも僕に興味がないのではないのか、と陛慈は疑った。さっきまであんなに楽しそうに陛慈を見ていたアレンも今やまるで使い古したおもちゃを忘れ去るかのように一目すらやらなかった。
「アレン、陛慈を個室へ案内しろ。ちょうどそれから私たちも実践を始めているところだ。個室を案内したら速やかに陛慈を連れて実践場で見学させるように」
「ええ!じゃあ俺今回実践なしってことっすか?勘弁してくだせぇよ頭!俺だって今日新しいアクロバティック考えたのに!」
「まあ、今回の実践は射撃をメインにしているから、狙撃技術が幼稚園児並みのお前が出る場面もないだろう」
アレンは必死に抵抗した末、才華にことごとく拒まれて結局は頭を下げて落ち込むことになった。よほど実践が楽しい者なのだろう。陛慈は彼らと一緒に行動がしたくて仕方がなかった。
「なんか申し訳ございません・・・」
他二人の面接官が部屋を出た後、陛慈は淵のどん底へでも叩き落されたかのように立ち上がれないアレンに向かって謝罪をした。
「いや、君は悪くないよ!」
てっきり元気を取り戻すのにめちゃくちゃ時間がかかるのかと思いきや、陛慈はアレンの立ち直りの速さにびっくりした。まるで人が変わったように顔が光り輝いていたのである。彼は笑顔満面に陛慈のほうを見て、陛慈の肩をがしっとつかんだ。
「今年は人が入ってこないかと思ったから、本当にうれしい!うん!まさか半年過ぎて突然二人も新人が入ってくれるとは思わなかったから!」
――え?二人?
陛慈はアレンの言葉を聞いて即座に反応した。
「失礼しますが、僕ともう一人は誰でしょうか?」
「うん?知らんの?」
アレンは目を少し大きく開かせて僕を見た。
「そっか、君は首席だったから、二位以降の奴には興味ねぇんだな」
少し間を開けてからアレンは笑いながら陛慈の肩を軽く叩いた。まるで悪い者を見るかのようにふざけてわざとらしく怒りに駆られた表情を作った。
「と、言いますと?」
「君と同じ代で二位で卒業した子が君と同じように新たに入ってくれたのさ!いやあ一位二位って続いて今回は豊作やなぁ」
アレンの言葉を聞いて陛慈は一驚した。
ちょうどその時であった。
「失礼します!」
小気味よいリズムでドアがノックされ、陛慈と見た感じ同年代の男が入ってきた。陛慈はその男を見て、やっぱりと思い、それでいながら再び驚かされて口を思わず大きく開けた。
「東人!」
「よっ」
名を呼ばれた男子は陛慈を見るなり手を挙げて軽く声を出した。それを見てアレンは二人の間に入ってさらに笑顔になる。
「おおなんだ、二人は知り合いなんだね」
「はい、陛慈は私の親友です」
東人はそう言って陛慈を見た。彼に目線を送り、そうであるという同意を陛慈に求めた。陛慈も素直に頭を縦に振り、東人に向かって微笑み返す。だがしかし、まさか東人が自分と同じ部に入ることになるとは思いもしなかった。第一、自分は変化球のように飛び入り入部したのに、なぜ東人が何気ない感じで自分を追うように入ってきたのか不思議でしょうがないと陛慈は思った。
「なら話は早い。ちょうど実践が始まる時間だ。俺についてこい」
アレンはそう言って、ドアを開けた。二人を置いてけぼりにするような速さで歩き、まったく後ろを向かない。二人とも追いついていくのに必死であったが、東人はこれがチャ ンスだと思って横を歩く陛慈に近づいて小さい声で話しかけた。
「なんでSSAなんかに入った?」
「え?」
陛慈は東人の質問の意味が分からなかった。彼に顔を向けて陛慈は怪訝そうな顔をする。
「なんでって、出世したいからに決まってるだろ。精鋭軍だぞ精鋭軍、お前も喜べ」
「おまえ、SSAがどんな場所かわかってるのか?」
そんなのんきそうにしている陛慈をみて、東人はボリュームを小さく保ちながらもさらに激しい口調で彼に話しかけた。
「知らね」
「知らねぇじゃねぇよ!SSAってのはアランティナ連合軍部の中で最も年間死亡率が高いとされている部だぞ!俺最初お前がここに入ってくるって聞いたときびっくりしたよ!」
「じゃあおまえはなんでここに来た?」
陛慈はブーメランを投げ返すかのように瞬時に訊いた。なんせ、陛慈にとって死亡率なんて関係のないものだった。敵に殺される前に敵を殺せばいい、これが彼の戦時中のモットーのようなもの。彼は自分が死ぬなどさらさら考えたことがない。
だが、首席なだけでかつて周囲からは異質な目線を注がれていた彼にとって、東人は唯一手を差し伸べてくれた親友だった。だから、彼は自分の心配より、東人がいつかしれっと骨になって帰ってくるのではないかと少しは本気で心配しているようである。
「そりゃお前が心配だからに決まっているだろ?」
東人は語尾を強めに答え返した。
「余計なお世話だよ。お前こそ勝手に死なれたら俺はその後だれを頼ればいいんだ」
陛慈は心をひやひやさせながらそう言った。ちょっと恥ずかしかったのだ。
「お互い様だぁ」
そういって東人は何も言わなくなった。陛慈も譲らず話しかけなかった。
二人はアレンに連れられてこれから自分たちの住みかとなる寮を回り、そしてすぐにまた違うところへと連れていかれた。二人はアレンについていくのに必死になり、大げさと言わず三歩歩いてやっとアレンの一歩にかなうところであった。
少ししたら、三人は実戦場が見える防弾ガラス張りの部屋に入った。目の前にはだだっ広い平地が広がっていた。中央を何体かの兵士に似せられた人形が立っており、それらは上から下へと貫かれている一本の棒によって直立している。陛慈はこれが射撃練習用の人形であることがすぐに分かった。これらは立っているだけでなく、電源を入れれば移動可能式になるのである。さらにすごいことに、銃弾が当たれば棒の途中から折り曲げられて横に倒れ、当たったことをわかりやすく示すこともできる。陛慈は毎回毎回これを使って狙撃を練習していた。
今のところ、練習の際に間隔距離を二十キロにまで調整して狙撃をしている者は彼一人だけである。それが彼の何よりもの誇りなのだ。最高記録は19967メートルである。
もちろん、普通の狙撃銃じゃあそこまで撃てるわけがない。陛慈だって、普通の狙撃銃を使うときはせいぜい最高で3600メートルくらいが適当だ。それ以上はいかない。さらに平均だと2800メートルくらいである。
キロメートル単位での数が十代にまでいくのは、陛慈が特殊な狙撃銃を使っていた時のみのことである。
それは狙撃銃Sh4のことだ。射程距離の最高記録が26034メートルまで達し、その上に着けられる「危険型Sh4専用スコープ」も推定最高25000メートル先まで見えることが可能となっている。だが陛慈が実戦でSh4を持たせられたことは彼の記憶では一回もないのだ。それを彼は長年不満に思っていたのだが、上が決めたことでもあるので、彼は口を尖らせてそれに従うしかなかった。
「アレンさん、実践はまだ始まっていないのですか?」
どこを見渡しても、数十体の練習用人形とさっきからの三人しかいなく、東人はずっと流れ続ける静寂に耐えられずアレンに訊いた。
しかし、アレンは振り向いて、東人を不思議そうに眺めながら、
「何言ってんだ?もう始まっているじゃないか」
「え?」
陛慈と東人は思わず目を大きくして声をそろえた。なぜなら、さっきも言った通り、そこには彼ら三人以外の誰もいなかったからだ。といっても、陛慈たちはちゃんと防弾ガラスで隔離されたスペースにいるのだが。
陛慈は必死になっていろいろなところを探してみたが、どこにも人の影はなかった。まさかインビンシブル的ななにかとか使っているのかと発想を飛躍させてみる。軍部や国家のお偉いさんたちはどんな技術を持っているか知ったもんじゃないからそれもなくはないと彼は思った。だが、あまりにもの現場の静けさにそれすら陛慈は自分で否定した。
その次の瞬間であった。
――ヒュッ!
一瞬だがものすごく高い音が鳴った
と同時に突然一つの人形が横に倒れた!
そしてそれが合図となって数体の人形がまたまばらに倒れていく。
アレンを除くその場にいた二人は目玉が飛び出るほどにびっくりした。
「これは・・・Sh4!」
陛慈はそう言って双眼鏡を持った。
そして周りを注意深く観察する。だがしかし、どこを見ても微妙に光るスコープの反射光を見ることはできなかった。確かに20キロ以上も離れていれば見つかるはずもないのだが、陛慈は知っている、危険型Sh4専用スコープは素材の関係上どうしても太陽の反射により周りよりも目立ってキラキラと光ってしまうのだと。それがSh4の弱点の一つなのだ。
「NoNo!陛慈君。君は本当に察しがいいがそれでは見つからんぞ」
アレンは陛慈が目に当てている望遠鏡をいったん取り下げて、人差し指を揺らしながらそう言った。
薄く笑っている彼の顔は明らかに何かサプライズをするつもりであると二人は感づいた。
「もうそろそろかな。あと数秒で彼らは姿を現す」
「しかし、半径一キロメートルを見回しても誰もいないじゃないですか!」
興奮して止まらない東人は大声で望遠鏡をぎゅっと持ちながら言った。
「ふたり、俺たちSSAは軍部で何と呼ばれているかわかる?」
アレンは笑みを絶やさずに軽く口を開く。
二人ともそろって顎を引いた。
「―― 天空の覇者だよ!」
天空の覇者・・・?
まさか!
陛慈は望遠鏡をもって即座に上を向いた。
そして、寸でのところで驚きのあまりに放心しそうだった。
――キラキラと太陽がまぶしい空の方向を向いた望遠鏡の中に、狙撃銃を持った多数の人たちが浮いていた。
3
「うわ本当だ!」
東人は陛慈よりもさらにオーバーな反応をして望遠鏡をのぞき続けた。
望遠鏡の中でゴマ粒のように小さかった人たちがやがてどんどんとこちら側へ近づいてきた。
その間も人形は続々と倒れていく。
数分もしないうちに、彼らは地表から数百メートルの高さまでに達した。
「おかしい!」
東人は叫んだ。
「もうパラシュートを開かないと全員死ぬぞ!」
そういわれてみればと陛慈もまた望遠鏡をのぞく。パラシュートはもう開いていいはずなのに、彼らは一人としてパラシュートを開こうとしない。
そして彼は地面を見る。
よく見たらそこにはいつの間にかエア城のようなものができていた。だがそれで大丈夫なのかと彼は心臓を激しく躍らせた。
百、九十、八十、七十・・・
数十名の「スカイダイバー」はあっという間にに地上との間隔を縮めた。
五十、四十、三十、二十・・・
陛慈は瞬間的に覚悟した。
次のフレームが彼の脳に映えるとき、それはきっとものすごく血なまぐさいものであるということを。
「ああ!」
――ギュッ! ウゥゥゥゥゥゥゥゥ
だが結果は陛慈が今までに聞いたことのない奇妙な機械音とともに彼の予想を裏切った。陛慈と東人は何度目かわからないほどにまた驚かされた。
ダイバーたちが身体に着けていた何か円盤状のものがものすごいまぶしい光を一瞬放ち、今まで彼らにかかっていたすべての重力の負荷をなんと一瞬で消し飛ばした!
彼らはそのまま下降していたはずが一瞬だけ上へ浮き、ゆっくりと地上に足を着かせた。
死傷者はゼロ名。
異次元の実践に陛慈と東人は驚きを通り越して何も考えることができなくなった。状況が理解できなかったのである。彼らは今まで陛慈たちの理解してきた現象、いや、高いところから落ちたら死ぬなどという世界の真理ともいうべきものをいとも簡単に逆らったのだ。実践後に浮かべる彼らの仲間同士でふざけあうその軽い笑顔がそのはかなさをありありと表現している。
人はいつから落下しても死ななくなったのだ?
陛慈はそのことばかりを脳内に巡らせた。
そもそも、実践メンバー全員がSh4を使っている時点で陛慈にとっては甚だしく意外なものだった。自分のような凄腕なスナイパーでさえ、Sh4を使わせてくれるのは一か月にたったの数回しか行われない「長距離狙撃実践」の時だけなのに。
あれこれ考えているうちに、陛慈の困惑は徐々に嫉妬へと変わっていった。
目から火を放つような勢いでぞろぞろと実践を終わらせて建物内に入る者たちを見つめ、彼らにどれだけの才能があるかを見極めようと陛慈はした。
彼らには、Sh4を扱う資格があるのか。
また、もしそうだとして、それはつまりその場のほとんどの人が自分よりも才能に恵まれているということになるが、果たしてそんなことがあってよいのだろうか?
陛慈はくやしさをかみしめて黙り込んだ。
彼は自信に満ちているが、それは決して荒唐無稽なものではなかった。彼は自分に才能があることは知っていた。だがそれだけではとどまらなかった。親を亡くし、孤児院で過ごした彼は誰よりも幸せになろうと努力をした。そして軍部アカデミアに入り、そこで能力を高め、完ぺきにこなしてきた。それだけでは足らないと卒業し、実戦的兵力としても破壊兵器ごとくに敵を撃ち殺しまくった。そして功績を短い間で過去に類を見ないほどに上げていった。
ここまでの根拠があるのだ。
ここまでの、努力があったのだ。
なのに、これはなんだ?
陛慈はさみしく横たわる実践場の人形たちに憎らしいまなざしを向けた。
上空からの狙撃?
しかもSh4で?
しかも実践に参加した人みんなが?
陛慈の立場はどこへ行ってしまったのか・・・
この一瞬で、彼は自分のすべてをぶつけたくなった。一方的にその才能を見せつけられた彼はいてもたってもいられなくなった。狙撃銃を握りしめたくなった両手は痒くなり、今にでも自分の言うことを聞かなくなりそうである。
―――絶対に、この部内でトップの成績を上げ、部長の座を奪ってみせる――
陛慈は感情に任せて脳内の余計な考えをすべて押し殺した。ただただ、今は嫉妬という名の内に宿す化け物に暴れさせ、情緒のコントロールをあきらめた。
上を目指すのは、最初から決まっていたことだ。
だが今、それがもっと確固たる信念によって固められた。
そうするのではなく、そうしなければならないのだ。
そう彼は感じた。
SSA ――天空の覇者たち @yukke_ton
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