第2話 墓守と絵描きの少女
「つまり、私は3日前に死んだのですね」
エステル・ビビッドと名乗った
「しかし、私が患ったのがあの白雪病だったとは…………道理で、髪も肌も瞳の色も変わっていると思いました」
「ごめん、もうちょっと大きな声で喋ってくれない?」
「さっき、鏡に映った姿が自分だとは気付きませんでした」
「だから!もうちょっと!大きな声で!」
シャワーの音とガラス越しの会話のせいでくぐもった声が聞き取りづらい。狭い我が家に招待してお茶を出したのは、エステルがそれを望んだからだ。ただ、シャワーを貸したのは僕の厚意からだ。いくら
「人生とは奇妙なものですね」
「もう何言ってんのか全然分かんない……」
一向に音量を上げてくれないエステルには気遣いとか優しさってものはないのだろうか。仕方ないので磨りガラスに耳をくっ付けて声を拾おうと努力する。ちょっと変態くさい気もするが、この際目を瞑ろう。
「ルナ、貴方もそう思いませんか?」
エステルが先ほど教えたばかりの僕の名を呼ぶ。それだけでフワフワした気持ちになるから不思議だ。話の大半は聞こえてなかったので、何をどう思うかの脈絡は全く分からなかったけれど。
「ねぇエステル、もっかい言ってくれない?」
「まさか、再び目覚めるとは思ってなかったと言ったのです」
「ああ、うん、それは確かに…………どうして生き返ったのかな?」
ずっと立ちっぱなしでいるのも疲れてきたので、壁にもたれ掛かる形で座り込む。もちろん耳は澄ませたままで。
「思うに、落雷が生物電気の役割を果たしたのではないでしょうか」
「…………どういうこと?」
「簡単に言えば、雷が電気ショック代わりになって息を吹き返したという事ですよ」
「ほほう……?」
「分かっていませんね」
バレたか。頭を使うことは苦手なのだ。
「ええと、つまり…………死んでたけど、雷でびっくりして起きちゃったってこと……?」
「そうですね、そんなところでしょう」
「まじで?」
「まじです」
頭を捻りに捻って出した結論にエステルが肯定する。そんな馬鹿な。それじゃあまるでおとぎ話だ。けれどそのおとぎ話みたいな存在が、ガラス一枚隔てた向こう側でシャワーを浴びているのも事実だ。僕は神様を信じない。自分の目で見たものしか信じない。エステルは自分の目でしかと見た、動いて喋る
「すみませんルナ、そろそろ出ますので、少し外して頂けますか?」
「え?ああ、うん、ごめん」
キュッ!蛇口を捻る音が風呂場に響く。シャワー音が消えた分聞き取りやすくなったエステルの申し訳なさそうな申し出に慌てて立ち上がる。女の子が体を洗うすぐそばで聞き耳は立てども、覗きの趣味はない。退散しようと数歩進み、「あっ」空っぽの脱衣かごが視界に入ったので立ち止まる。いつもタオルを用意してから風呂に入るのに、バタバタしていてすっかり忘れていた。彼女が出てくる前に置いといてあげなければと、衣類を仕舞っている棚から真新しいものを引っ張り出した。
「待ってエステル、タオル出すの忘れ、」
「え?」
「えっ」
振り返った先に、見開かれた深紅の瞳を見た。湯気のなかから現れたエステルは、当然何も身に付けていない。肩までの長さしかないエステルの髪は体を隠すのには不十分だ。「きゃー」だの「わー」だのと騒ぐことなくポカンとするエステルはちいとも前を隠そうとしないので、彼女の裸を見てしまったのは不可抗力だ。決してわざとじゃないと言い訳しようと口を開く。が、それよりも気になったことをつい口走ってしまった。
「エステルって……女の子、なんだよね?」
だって、うっかり見てしまった彼女の胸部があまりにも真っ平らだったから。幼い頃に白雪病で死んだ妹とそう大差無い胸板は、今年で16になる僕と同い年の女の子とは思えない。もしかして町の人達の話を聞き間違えたのかも。有名な画家の、少年だったとか。僕の素朴な疑問にエステルは目をぱちくりさせ、そして視線に気付くとにっこり微笑んだ。
「乙女の裸体にケチをつけるとは失礼な。歯を食い縛りなさい、ルナ・グアルディア」
彼女のグーパンチは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます