第七話『マスク女の強襲』・「白、イメージ通りの白」

「俺を殴れよ、殴ってみろッ!」


 理不尽さで叫んでいた。お月様の下で対峙したこいつと、今のために頑張ったんだから。

 スーツも用意した。

 なのに。

 顔に当たる春の夜風と一緒に、通るべき目標もどこかへ消えていく気がして。

 先にある道も――


 ……あれ。ヒーローって、なんだっけ――


『キミを殴る、理由がない』

「くそッ!」


 自分でもわけがわからない。あのパンチを避けられる自信があるのか。

 それにフードの中から響く低い声も前とは妙に違う。


『殴りたく、ならない。それに、、ならないね』

「なんなんだよお前はッ」

『キミこそ、キミは、いいやつだ。さっきのも、いいパンチ。鍛えたのが、、わかるよ』

「お前とこうするために俺は」

『それに、キミには、ムリだ。キミでは、ボクに、勝てない』

「それはやってみなきゃ――」

『絶対に、勝てない。ボクは、全力、じゃないから』


 気にはなってた。不良たちに手加減してた印象を。

 ならヘラクレスの実力は、


 いやハッタリじゃないのか。でもハッタリをかます理由がない。


『それでも、キミは、スゴい男』


 フードの中からさらに響いてきたが声は少し高い気がした。


『キミは、志が、高い。ボクはない、中身が、ある』

「中身?」

『そうだ。目的、がある。尊敬に、ふさわしい』

「なんで」


 俺はバカみたいに口を開いてたと思う。

 称賛されてるんだから。

 疑問の言葉が浮かぶ。

 今だって……生活保護を受けてる。だからってわけじゃないが自分で納得できないから立ち上がりたかった。

 それで目的もできたり気合いを入れて筋トレもした。せっかくここまで来たのに。なのにこんな、なんでこうなる。

 納得できない。

 目の前にいるのに引き下がれるはずが――

 ない。

 俺は反射的に動いた。

 狙うは一点。

 ヘラクレスの股間!

 思いきり右足で蹴りあげる。

 ドンとズボンを蹴る音がした。

 確実に当たった。普通なら悶絶する。

 けど、

 手応えがない?

 やつも姿勢を変えない仁王におう立ちのまま。


『ムダ、だよ』

「くっそッ。反撃してこい!」


 同じ右足でまた股間を蹴った。

 三回目、四回目。

 五回目を蹴ったらヘラクレスに足を掴まれた。

 左手で掴まれて全然動かない。

 接着されたみたいに掴まれた足がぬけなかった。

 笑えるぐらい無防備な体勢でバランスもとれない。

 また唸るような声が耳に入ってくる。


『そんなに……キミは。ボクに、殴って、ほしいの?』

「ああ、やってみろよッ。この野郎ッ!」


 やつがを見せたのを感じた。

 直後に右腕をひいたのだけは捉えた。


 と大きな音がする、


 腹部から。


 なにかが猛烈に直撃した。

 それは大きくて重かった。

 的確な鋭さもあって骨には触れず、内臓だけ圧迫されたのがわかった。

 衝撃で激痛よりも先に吐き気がした。

 吐き気もすぐ消えた。

 強い息苦しさが襲ってきて、最後に気が遠く――


 足が解放されて自由になったのを全身で感じた。

 よろっとして仰向けに倒れた。

 まだ意識はあって、うつぶせには倒れたくなかったんだなと遅れて知る。

 変な意地でプライドか。


『ゴメンよ』


 ヘラクレスは背後の月に照らされて、大きな体の輪郭りんかくがくっきりと見えた。

 怖さよりどこか温かみを感じてしまう。包み込む母性みたいな、いや父親のような感じだろうか。それでも悔しさはあって、


 なにがごめんだよちくしょう。


 完敗してもまだ諦めたくない。

 必死に抵抗を続けた。

 一秒でも意識が続くように。

 必死にしがみつく感じだった。油断したら魂が逃げていく。

 見ててやる、

 ちょっとでも長く、

 見続けて、


『オヤスミ』


 最後によくわからないものが見えた気がした。

 朦朧もうろうとしながら見たものを、絶対に忘れないと心に刻んだ。










「直也さ――」


「――也さん、」


「、大丈夫ですか――」


 声がしてまぶたが開いた。

 ぼんやりした視界がだんだん鮮明になって、空の明るさとスズメのさえずりで朝だと気づいた。

 兎羽歌さんの顔が覗きこんでいた。

 心配そうな表情。

 この顔の高さは膝を曲げてる姿勢か。


「直也さん大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫」


 数年ぶりに言葉を発したみたいな声がでた。

 目も合った。けど俺はすぐ視線をそらした。

 そらした視線の先。

 たまたま彼女の膝があって、

 スカートを履いた両膝の間に逆三角形の隙間もあって、

 その隙間から奥のほうが見えてしまった。

 偶然だがハッキリと目に直撃した。

 布のふくらみが。

 下心はなかった。けど俺は思った。


 白、イメージ通りの白。


 ――普通ならエロいとか気まずいとか眼福だとか。そうか出勤前で、だからに見つけられたのか。とか思って気にしない。

 けど俺は覚えていた。

 気絶する寸前の視界が閉じる前。


 ヘラクレスの体格がのを。


 絶対に小さくなったのを。

 緑のパーカーもブカブカだった。

 そして思い出した。

 あの両眼の印象。

 あれもなくなっていた。


 なにより最後の最後に――




 変な匂いがしたんだ。




 だからもう白は、イメージ通りなんかじゃなかった。



  *



『こちら現場から、中継の兵藤ひょうどうです。一昨日ですが、なんとも奇妙で驚きの、物騒な事件が起きました。

 あちら、あの建物。まだ警察の方もいるんですが。暴力団指定もされている川畑かわばた組の事務所が何者かの襲撃を受けたという事件です。

 これだけなら暴力団の抗争と思われるかもしれません。ですが情報によりますと、襲撃犯は単独で、しかも女性だったとの話なんです。


 ――女はのように派手な格好と所持品で、近隣住人から『口もマスクで覆っていた』との証言がありました。

 しかも女は事務所に現れると、組員たちをなんと素手で昏倒こんとうさせたとの話なんです。一体何者なんでしょうか。


 ――容疑者の女は白人のように色白。左右の目の色がそれぞれ違った、との目撃談もありまして外国人だった可能性が高いです。

 もしかすると川畑組と関連した海外のマフィアとのいざこざの線も考えられますね。

 けれど目的は強盗だった可能性が高く、組員が所持していた日本刀など数点が紛失したとの報告がありました。

 これらは銃刀法違反の疑いから別件で捜査が入るとの見込みです。

 それにしても金品は盗まれていないらしいので不思議な事件です。以上、現場から兵藤がお伝えしました。

 ではスタジオにマイクをお返しします』


「兵藤さん、お疲れ様でした~。なんなんでしょうねぇ。変な事件が起きるもんだ。では話題が変わりまして。

 えーと今凄い人気、ということでね。話題沸騰中らしいんですが。北欧から来た異色の経歴を持つ褐色の美少女アイドル、フライヤ・――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る