敵砲兵を捜索せよ 同日 〇一一二時
帝国軍戦車には、『指揮型』とよばれる派生タイプが存在する。
これは砲塔弾薬庫の一部を撤去し、長距離用の無線機をそなえたものだ。通常型とは車体右後部にくわえ、砲塔に増設した通信アンテナで区別できる。
ヘルマン・フォン・オッペルン少佐が乗り込むのも、44式戦車の指揮型である。
前衛は王国軍戦車を撃破した後、五〇〇メートルほどすすむと砂利道の手前に布陣した。オッペルン少佐は各中隊に、隊列を組み替えて待機するよう命令をだす。時刻は一三〇〇時を過ぎたばかりであった。
彼はそれから一〇分ほどの間、押し黙ったまま車長席に腰かけている。視線を時たま覗き窓にむける、制帽を目深にかぶったその表情はどこか険しい。
不意に、足元から小さな声が聞こえてきた。
「大隊長殿」
「なんだ」
尋ねてきたのは砲手席に座る、大隊付き通信将校だ。
「〈シュヴァルベ01〉からです」通信将校の声が続いた。「県道171号線にトラックらしき走行音、おそらく一〇台以上。68号線方面へ西進中」
報告は通常型SPW四両からなる、装甲偵察小隊から届いたものだ。彼らは右手にひろがる雑木林の向こう、北西三キロの地点で敵の様子をうかがっている。
「了解。引きつづき現地にて情報を収集せよ」
少佐はそう命じると、壁にかけられた書類ケースへと手をのばした。六つ折りの地図と箱型の懐中電灯を取り出し、地図をひらいて明かりをつける。
(ここだな)
彼は図上の一点――東から伸びる県道171号線と、北から西に曲線をえがく同68号線からなる三叉路を凝視した。68号線沿いに北上すると小高い丘がひとつあり、そこには敵の歩兵大隊が陣取っている。予定通りなら友軍が、陽動攻撃を実施中のはずだ。事前に得た情報によれば、171号線上にも中隊規模の警戒部隊が存在する。
偵察小隊が確かめていたのは、この警戒部隊の動向だ。
おそらく彼らは三叉路に陣取り、こちらを迎え撃つつもりなのだろう。出来れば迂回したい所だが、残念ながらそれは許されない。最終目標たる交差点の制圧に際し、前衛はここを起点とする予定なのだ。
くわえて付近には、榴弾砲四門からなる砲兵中隊がいるらしい。
前衛は作戦の第二段階として、三叉路を制圧しつつこれを捜索・撃滅するよう命じられている。たかが四門であっても、遠方からの砲撃は旅団にとって大きな脅威だ。
(おそらく、連中はすでに移動中だろう)
地図を見やりつつ、オッペルン少佐は思考を巡らせる。
彼は懐中電灯を消し、腕時計を一瞥すると通話装置を車外モードに切り替えた。
「〈フォーゲル01〉より各局へ、行動部署を伝達する」
彼は部下たちに呼びかける。
「現在、正面に敵歩兵中隊が布陣を開始したと思われる。〈ファルケ〉は時速二〇キロで出発し、〈ヴュルガー〉の砲撃にあわせて三叉路へ突入。一帯をすみやかに制圧せよ。〈フォーゲル〉は〈ファルケ〉に後続する。〇一二〇時より行動開始」
『〈ファルケ01〉了解』
『〈ヴュルガー01〉了解』
大隊長の通信に第1中隊、そして自走カノン砲小隊の指揮官が応答する。
「〈オイレ〉〈アドラー〉には予定通り、砲兵の捜索をまかせる」
彼は続けて第2、第3中隊にも指示を伝えた。
「〈ファルケ〉の出発後、それぞれ二分の間をあけて移動を開始しろ。〈ファルケ〉の発砲にあわせて増速、戦闘地帯を抜けたら68号線に沿って目標をさがせ。〈オイレ〉は西、〈アドラー〉は北だ」
『〈オイレ01〉了解しました』
『〈アドラー01〉、了解』
大隊長は通信を終えると、小さく短い溜息をつく。
正直なところ、彼の脳裏には不安が渦巻いていた。ただでさえ部下の練度は不十分だが、夜間訓練はとくに回数をこなせていない。暗闇のなかで居場所を見失うのでは……そんな懸念がつい頭の片隅に浮かんでしまう。
(いかんな)
オッペルン少佐はかぶりを振り、気持ちを切り替えようとした。自走カノン砲小隊と連絡をとり、砲撃位置やタイミングなどを指示しはじめる。
ひと通りの指示を終えると、少佐は腕時計をふたたび見やった。
行動開始まで、あと一分ちょっと。
(今はただ、部下たちを信じるだけだ)
オッペルン少佐は押し黙り、その時をしずかに待った。
予定時刻になり第1中隊、および大隊本部の各車が動き出す。
カールたち第3中隊は、出番がくるのをじっと待ち続けた。彼自身は砲塔のハッチから、顔を半分出した状態でときおり腕時計を見やる。
そのうちに、針が〇一二四時を指し示した。
「戦車、前へ」
一〇両の44式戦車が、這うように進みはじめる。
この時点で中隊は、陣形をおおきく変えていた。中隊本部の後方で第1小隊が喫形陣を組み、それに続く擲弾兵のSPWは二列横隊で展開。その左翼に第2小隊、右翼で第3小隊が一列縦隊を組んでいる。323号車が離脱したため、左翼の守りはやや薄い。
301号車は僚車とともに、砂利道をゆっくり通過した。既に収穫作業を終えたとおぼしき、土が所々むき出しな草地を履帯で踏み越えていく。
まもなく後方で、太鼓を一斉に打ち鳴らしたような低音が響いた。
(カノン砲小隊が撃ちはじめたか)
短砲身七・五センチ砲は、初期の37式戦車に積まれていた代物だ。装甲貫通力は今や非力もいいところだが、榴弾をもちいた対地、対人射撃ならまだ十分に活用できる。
そのまま砲声を聞きつつ進むうち、あきらかに別種の音が聞こえてきた。
「右前方に発砲炎」
照準器に目を押し当てたまま、アイスナーがそう知らせる。敵か味方――どちらが先かは分からないが、第1中隊が戦闘を開始したに違いない。
「〈アドラー01〉より各車、時速三〇キロに増速」
エンジンが排煙と、咆哮を吹き上げる。
301号車は車体を揺らしながら、速度をすこしずつ上げていった。ここから三叉路に着くまで、二分もかからないだろう。まもなくエンジン音をかきわけて、するどい砲声が正面から聞こえだす。耳をすませた限り、耳慣れた44式のそればかりだ。
何かに火がついたらしく、おぼろげな光が視界の右端に姿をみせる。
『〈オイレ01〉からです!』
突然、無線手が報告の声をあげた。正面に小隊規模の敵歩兵を視認したと、第2中隊長から通報があったとの事だ。
「正面に敵歩兵。〈オイレ〉に続いて突破する、そのまま直進」
カールは応答を待たずに続ける。
「対人戦用意、発砲は機銃のみ」彼は最後に、装填手へむけて叫んだ。「エーリヒ、もうじき土手を下りる。舌を噛まないよう気を付けろ!」
ひと通り号令をかけおわると、顔をあげて第2中隊のほうを見やる。機銃の連射音は耳に入るが、視界にはいるのは相変わらず識別灯の光だけだ。三叉路横断に専念せよという命令から、各車の主砲は沈黙を保っている。
まもなく土手をくだったのか、識別灯が次々に視界から姿を消す。
カールはその左右に、人らしき小さなシルエットをいくつか視認した。
ほぼ同時に、砲手席から叫び声がする。
「敵歩兵、距離四〇〇!」
「撃ち方はじめ!」
アイスナーは足元のペダルを踏み、砲塔の旋回モーターを作動させた。射界をわずかに右へ逸らしたあと、右足を機銃用ペダルのほうへ移していく。
主砲に横づけされた同軸機銃の、ダダダダという発射音が車内で響き渡った。
ほどなく無線手席の機銃も撃ちはじめ、周囲の僚車もそれに続いた。第2中隊に蹴散らされたか、土手沿いの敵から応射はない。三〇秒ほどで、301号車は小道に辿り着く。
突然、叩きつけるような衝撃と爆音が襲い掛かった。
砲塔の左側面でなにかが炸裂し、カールは閃光におもわず目を背ける。
彼はすぐさま、被害状況を確認した。
「損傷なし!」
最初に反応したのは、砲手席のアイスナーだ。土手を下りはじめた頃に、操縦手と無線手も同様の声をあげる。
装填手が続かないので目を向けると、車内で尻餅をついていた。
「エーリヒ、無事か!?」
「すみません……だ、大丈夫です」
装填手は申し訳なさそうに答えると、壁に手をつきゆっくり立ち上がる。
そのあいだに301号車は小道を渡り、反対側の土手に辿り着いた。勢いよく登りはじめたところで爆発音が響き、カールはサッと背後を振り返る。左後方に位置する僚車のひとつが、エンジンから炎をあげつつ動きを止めつつあった。
『〈アドラー12〉被弾!』
カールは了解とだけ言って頷き、そのまま中隊は土手を越えて進みつづける。
彼らは五〇〇メートルほど先で、慌ただしく動きをとめた。地図によると左手に県道68号線が伸びており、正面二キロ半ほど先で県道から分岐した、未舗装の小道が横断しているらしい。
カールは通話装置を無線につないだ。
「これより敵砲兵の捜索に移る」彼はそういうと、まずは第1小隊と擲弾兵に命じた。「〈11〉は予定どおり〈41〉を連れて、68号線に進出しろ。北上して途中の小道をすすめ」
「〈11〉了解」
「〈41〉了解、〈11〉の指揮下にはいります」
応答を確認したカールは、すぐさま移動を開始させる。背後に位置する彼らが動きはじめると、つづけて第2・第3小隊長に呼びかけた。
「〈21〉〈31〉は、その場で陣形を横隊に組み替えろ。〈11〉と〈41〉がはなれ次第、我々も移動する」
「〈21〉、すぐに始めます」
「〈31〉、了解しました」
「ゆっくりで良い、衝突しないよう注意しろ」
カールは小隊長たちへ、付け加えるようにそう伝えた。本音はまったく正反対だが、急がせて事故が起きてはたまらない。
彼は通信を終えると、薄明りに照らされた砲塔内へ目を向ける。
しばらく視線を巡らせたあと、先ほど尻餅をついた装填手に声をかけた。
「エーリヒ、具合はどうだ」
「大丈夫です」装填手は元気な声で応じた。「左肩をぶつけましたが、今は痛みも引きました。問題ありません」
カールは満足げに頷くと、同軸機銃の残弾をチェックするよう命じた。
「砲は使わないつもりだが、あくまで予定だ。いつでも動けるようにしておけ」
「分かりました!」
「いい返事だ」
そんな会話が交わされる最中も、後方ではエンジン音が盛んに響きわたる。
第1小隊と擲弾兵が離れたのは、発令から三分後であった。カールは焦れる思いを抑え、第2・第3小隊を本部車両の左右につかせる。これにまた三〇秒ほどを要した。
「時速二〇キロ、前進」
そう命じる彼の声音は、どこか上ずって早口であった。
カールは揺れうごく車内で、監視方向の割り振りなどを部下たちへ伝えた。それがひと段落つくと、キューポラから顔をだして真っ暗な外をみやる。
(見立ては間違っていないはず……)
視線を左右に巡らせながら、カールは懸命に自身へそう言い聞かせた。
大隊本部での打ち合わせにおいて、敵砲兵は68号線、あるいは小道をつたって西に向かうと判断していた。
これは至極単純な理屈で、東に向かうと前線に行き当たるからである。くわえて火砲という重量物をはこぶ以上、路外にでるという選択肢も取りづらい。耕された地面に足を取られ、思うように進めなくなってしまう。
よってカールは牧草地を探りつつ、小道を目指して北進する。第1小隊を県道へ送ったのも、どちらかといえば念のためだ。
だが、それでも不安要素は多々存在する。
――予想以上にはやく離脱していたら?
――こちらが把握していない、たとえば私道の類いがあるとしたら?
――高い路外機動力を有する、履帯式の自走砲であったら?
際限なく湧き出す疑問を、カールは振り払いつつ周囲へ視線を巡らせていった。
中隊は、そのまま数分間進みつづける。
突然、砲手席からかすかに声がした。
「ん?」
「ハンス、一体どうし……」
『〈アドラー31〉より報告!』
とつぜん、無線手の叫びがヘッドフォンに響く。
『一時方向にかすかな光、距離不明!』
「ハンス!」
「一瞬だけ見えました、現在視認できず!」
カールは第2小隊長に問い合わせるよう無線手へ命じると、双眼鏡で右前方を凝視した。周囲はいまだ闇に包まれているが、複数の報告がある以上は見間違いとも考えにくい。
(距離は……一キロといった所か?)
移動時間を勘案すれば、少なくとも小道までの間隔はそれ位になるだろう。
間もなく第2小隊から、目視出来ずとの報告が届く。
カールは双眼鏡を下ろし、そのまま前進するよう命じた。
「見えました、右に二〇度」
アイスナーがそう知らせたのは、最初の報告から三〇秒経ってからだ。
ふたたび双眼鏡を手に取ると、確かにかすかな――文字どおり針穴のように小さな光を捉えることができた。数秒ほど点滅したあと、不意に姿を消してまた光るといった動きを反復している。両脇の各小隊も時間差をおいて、発見した旨を知らせてきた。
アイスナーが話しかけてくる。
「ずいぶん小さいですね」
「おおかた、前照灯にカバーでも掛けているのだろう」
問いかけにたいし、カールはそう答えてみせる。灯火管制の一環として、明かりの照射範囲を抑えるのは珍しくない。光がひとつだけなのも、おそらく同様の対策だろう。道を間違えぬように、先頭車だけ最低限の明かりを灯しているのだ。
無線手が知らせてきた。
『〈アドラー11〉からです、先ほど小道に到達』
カールは思考を切り替えると、第1小隊にあらたな命令を伝達した。
「〈アドラー01〉より〈11〉。本車の正面――おそらく距離八〇〇に目標らしきもの、〈41〉に下車戦闘の準備をさせて前進しろ」
『〈11〉受信、了解しました』
「〈21〉と〈31〉は本車の合図で停車、機銃掃射を実施する。射距離は五〇〇に設定しておけ」
『〈21〉、分かりました』
『〈31〉、了解』
小隊長たちの応答を確認すると、カールはなかば右手でシャツの襟を緩める。今になって突然、車内の湿気が鬱陶しく感じられた。
直率する四両の戦車は、さながら獲物をねらう猛獣のようにゆっくり前進していった。刈り取られたあとわずかに伸びた、一面の牧草を踏みつけながらの移動である。履帯に貼りついた草や土が、暗闇のなかで時おりパラパラと地面に落下する。
カールは腕時計を見やり、頃合いを見計らって叫んだ。
「停車!」
一拍おいて操縦手がブレーキをかけ、301号車は若干つんのめるように動きを止める。いっぽう無線手は第2、第3小隊長車へ、停車の旨を伝えはじめた。
「機銃射撃用意、本車につづけて開始せよ。くれぐれも明かりを潰さないように」
つづけて砲塔が旋回しはじめ、主砲――正確には同軸機銃を目標に指向する。といっても現在位置はほぼ正面なので、要した時間はごくわずかだ。
「射撃用意よし」
「……撃ち方はじめ!」
一拍だけ間をおいて、機銃掃射が開始される。
同軸機銃は歩兵用のそれと共通で、毎秒一五発のペースで七・九二ミリ弾を吐き出していった。射程は一キロ以上あるため、小道をねらうのには十分である。
アイスナーは手元の旋回ハンドルを握り、照準をわずかに調整しながら撃ち続けた。無線手席にも軽機関銃が備えてあるが、こちらは今のところ使わない。しばらくは通信に専念してもらおう。
まもなく車外からも、発射音がきこえはじめる。
「各車、狙いを左右に振って弾幕を展開しろ」
カールは無線をつうじて、小隊長たちに助言を送った。トラックなどの非装甲車両、および徒歩行軍中の歩兵にたいする攻撃は、機銃弾をばら撒くだけでも十分だ。火砲を使うのは、むしろ非効率的と言ってもよい。
通信を終えると、彼は車外に目を向ける。
それまでゆっくりと動き続けていた明かりは、いまや動きを止めていた。そのやや後方にむけて、機銃弾がいくつも盛んに放たれる。弾道確認用の曳光弾が、まるで流星のごとくオレンジ色に瞬いていた。
『〈アドラー11〉より報告』
無線手がそう言ってきたのは、射撃開始から一分が経とうとした頃だ。第1小隊が擲弾兵を従えて、目標の手前に到達したとのことである。
「〈アドラー01〉より各小隊、撃ち方やめ」
カールが無線でそう命じると、それを聞いていたアイスナーが発射ペダルから足を離す。
だがしばらくの間、左右から掃射音が響きつづけた。
「撃ち方やめ! 撃ち方やめ!」
ふたたび叫ぶように伝えると、慌てたように各小隊長たちが応答する。一〇秒ほどで、ようやく周囲は静寂に包まれた。
「〈アドラー11〉。目標に接近、制圧しろ」
『了解です』
「〈21〉〈31〉はその場で待機」
カールは通話装置のボタンから手をはなすと、小さくホッと溜息をついた。
(いかん、まだだ)
彼は気を取り直すと、頭の山岳帽へなかば無意識に手を伸ばした。つばの部分を指でつまみ、あみだにかぶり直して車外をじっと凝視する。制圧完了の報がとどいたのは、それからまもなくの事である。
時刻は〇一四九時を過ぎたところであった。
『〈アドラー11〉より〈01〉、目標を制圧。こちらの損害は軽傷四名のみ』第1小隊長からの知らせはさらに続く。『トラック牽引の火砲を四門確認しました。いずれも既に破壊済み』
「分かった」
カールは知らせに頷くと、第1小隊長へ呼びかける。
「〈アドラー11〉、現時刻をもって〈41〉への指揮権を解除する。小道の北側で周辺警戒にあたれ。〈41〉は捕虜を一か所に集めろ」
彼はつづけて第2・第3小隊に、小道のそばで周囲を警戒するよう命じた。両小隊が前進をはじめたあと、302号車をつれて自身も移動する。時おりエンジンを噴かし、小刻みに車体を揺らしながら進んでいった。
突然、ヘッドフォンから無線手の声がした。
『中隊長殿』
「なんだ」
『その……』無線手はおずおずと尋ねる。『大隊長殿に、状況を伝えなくてよいのですか?』
「あっ」
カールは口を半開きにしたまま、おもわずそう呟いてしまう。敵に気を取られすぎて、連絡を完全に失念していたのだ。本来なら発見した際にすかさず、一報すべきところである。
(クソっ、新米少尉じゃないんだぞ)
内心で自らを罵りつつ、大隊本部へ現状報告を送るよう彼は無線手につたえた。その間も301号車はすすみ続け、小道との距離を徐々に詰めていく。
カールは気恥ずかしさを呑み込むと、目線をしずかに車外へ向けた。
「停車」
頃合いをみてそう命じると、彼はキューポラから顔をだす。
現在地は小道から二〇メートルほどで、そこでは複数の小さな光が瞬いている。擲弾兵たちが作業のため、懐中電灯をつけたのだろう。路面と牧草地には高低差がなく、境界上にならぶ雑草の列が、時たま光をカーテンのように遮っていた。。
まもなく大隊長から、捕虜をつれて早急に合流せよとの指示がとどく。
「〈アドラー41〉、進捗を知らせろ」
カールは擲弾兵小隊に無線をつないだ。
『捕虜はあわせて五三名を確保、うち将校が三名。負傷者は一五名ほどおります』
(すくないな)
一種間を置いてもたらされた報告に、彼はそんな印象を抱いた。帝国軍における砲兵中隊の定数は一二〇名ほどで、王国軍も基本変わらないはずだ。半数ちかい将兵を、機銃掃射のみで戦死させたとも考えにくい。
(隙をついて逃げたか、あるいは身を隠したか)
とはいえ、今は大隊との合流を優先すべきであろう。
問題は、どうやって捕虜を運ぶかだ。
「〈41〉、そこにトラックは何台ある?」
『一〇……いえ、一五台はあります。ほかに小型車とバイクも数台』
「トラックに捕虜をのせて連行したい、運転手は用意できるか?」
返答まで、一〇秒ほどの間があった。
『各分隊に副操縦手がおりますので、三名はだせます。護衛も含めて六名』
「よし、すぐに取り掛かれ」
カールは自分のアイデアが、どうにか目途がつきそうな事に安堵する。戦車の後方に分乗させるという手もあるが、戦闘が起きた際に邪魔なうえ、そもそも大勢は乗せられない。
「移送準備が終わったら知らせてくれ、すぐに撤収する。手早くたのむぞ」
『分かりました』
通信が終えると、彼は大隊本部へ現状をつたえるよう無線手に命じる。
(準備は手間取るだろうが)
いちど出発してしまえば、合流までさほど時間はかからぬだろう。トラックも手に入るので、決して悪い方法ではない。少なくともカールにはそう思えた。
一方で。
(連中、どれだけトラックを持っているんだ)
彼の脳裏では今、敵にたいする羨望の想いが湧きあがっている。
帝国軍はほとんどの部隊において、重装備の運搬はいまだ馬匹が中心だ。補給隊の一部がトラック装備ならマシなほうで、伝令用の乗用車が数台だけという連隊、大隊もおおく存在する。例外は機動力に重きをおく装甲兵団だが、こちらはこちらで定数割れが常態化していた。
たいして旅団が相手取ったのは、『なんの変哲もない』王国軍歩兵師団の一部である。
(連邦の力押しも大概だが)
いったい祖国はこの難局を、いかにして乗り切るつもりなのか?思いがけず目にした王国の物量をまえに、カールはそんな疑問を浮かべざるを得ない。
不意に、雷鳴をおもわせる音が遠くでひびいた。
装填手がびくりと震える横で、砲手席のアイスナーが呟くのが聞こえる。
「西のほう、第2中隊がいる辺りですね」
「おそらくな」
古馴染みの部下がはなった言葉に、カールはしずかに頷くしかなかった。
その間にも、擲弾兵たちは黙々と作業を続けていく。
彼らのうち一個分隊が捕虜の監視し、残りがトラックの選別と移送準備にとりかかった。スペース確保のため邪魔な荷物をいそいでおろし、つづいて進行方向を逆にすべく運転役の兵が乗りこむ。道幅がけっして広くないので、仲間の誘導を受けつつ牧草地にはみ出しながらの転換となった。
すべての作業が終わったのは、〇二〇〇時を一〇分ほど過ぎた頃である。
『〈41〉より〈01〉、準備完了しました』
「ご苦労、すぐに捕虜を乗せてくれ」
つづけてカールは警戒中の各戦車小隊へ、移動にむけて行軍部署を伝達した。路上の擲弾兵を囲むかたちで、左右の牧草地に展開するようつたえる。自身も操縦手に命じて、301号車をわずかに移動させた。
停車を確認すると、彼は半身を乗り出して周囲を見やる。
(戦況は控え目にいっても酷いが)
逃げ出すのも好きではないな――暗がりのなかで目を凝らしつつ、カールはそんな事をぼんやりと考える。といっても――皆無ではないが――愛国心よりも責任感に根付いた想いであった。部下たちを見捨てて姿を消すという、無様な真似はしたくない。
(どちらかといえば、やせ我慢というべきかもな)
カールはおもわず、苦笑いを浮かべてしまう。
そのうちに、擲弾兵小隊から用意よしとの連絡がとどく。彼らは捕虜をのせたトラックとともに、路上で列をなしている。中隊本部の後方では、第3小隊が移動中だ。まもなく彼らも配置につき、つづけて第1小隊が準備を終える。
最後に第2小隊から連絡があった。
『〈アドラー21〉より、配置完了』
「分かった」
無線手の声にうなずくと、カールは通話モードを切り替える。
「〈01〉より各小隊。時速二〇キロ、本車につづいて前進開始。周辺警戒を厳となせ」
大隊と合流すべく、第3中隊が動き出したのは〇二一九時のことであった。
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