撃ち方はじめ 同日 一〇三七時
カールはすかさず、ほかの僚車に命じた。
「小隊、三連射。撃ち方はじめ」彼はつづけて砲手に命じる。「ハンス、始めろ」
「了解」
目標に集中しているため、砲手はマイクを通さず直接応えた。直後に「発射!」と叫びながら、手元のレバーをぐっと引く。
次の瞬間、轟音とともに21号車の主砲が火を噴いた。ほか車両の砲声もほぼ同時に鳴りひびき、あわせて六発の七・五センチ徹甲弾が飛翔する。
カールはそれらが向かう先を凝視した。
中隊の放った初弾のうち、命中したのは三発であった。
「よし!」
カールはおもわず、大きな呻き声をあげた。
被弾した敵戦車は右翼の二両と、前衛をすすむ一両であった。いずれの砲弾も側面装甲を貫通し、乗員もろとも内部を徹底的に破壊する。黒煙と炎を噴きだしたあと、惰性ですこし進んでから動きを止めた。
「いいぞ、残存車の先頭をねらえ」
さきほどの歓声とは打って変わり、落ち着いた口調でカールは指示した。22号車と23号車には、とくに何も伝えない。車長たちはベテランであるから、細かい所は自分で判断可能なはずだ。
中隊は射撃をつづけ、更に二両の敵戦車を撃破した。わずか一分ほどで、五両を倒したことになる。射撃を継続せよという、中隊長からの命令がカールの元に届けられた。
その直後。敵は一斉に停車して右へ旋回しはじめる。
「発射!」
砲手の声のあと、四度目の射撃音が車内でおおきく響きわたった。目標は生き残っていた右翼の二両――その片方だ。だが砲弾は正面を向きかけた敵の、車体側面に命中して弾かれてしまう。
おそらく角度が浅く、装甲に喰い込むことが出来なかったのだろう。カールは落ち着いた声で言った。
「目標そのまま、撃ちつづけろ」
しかしその直後、旋回をおえた敵右翼縦隊が発砲した。
狙いはカールの第二小隊であったが、照準がわるく二発の敵弾は盛土に着弾した。吹き飛ばされた泥まじりの雪が、21号車の前で勢いよく舞い上がる。
小隊はすぐさま撃ち返し、それらを三連射ほどで炎上させた。だがその隙に左翼と前衛にいた合計六両のT-33が、後方で横並びに展開する。
まもなく彼らは一斉に撃ちはじめ、カールたちもこれに応射する。
そのうち21号車は突然、ガァァン!という金属音と共に激しくゆさぶられた。カールは一瞬おどろくが、気を取り直してマイクのスイッチを握りしめる。
「各員、損害しらせろ!」
車長のよびかけに、乗員たちは素早く反応した。
報告を聞いた限りでは、特にダメージは確認されない。おそらく砲塔のどこかを、敵弾がかすっただけだろう。
カールは安堵の溜息をつくと、覗き窓をみやって外の様子を確かめた。盛んに撃ちかかる敵戦車の後ろで、もともと中央を走っていた六両が歩兵を下ろしはじめている。おそらく作業が終わり次第、彼らは移動を開始するだろう。
そんな事を考えていると、砲手があらたに徹甲弾を発射する。
ほぼ直線の弾道で飛翔した一弾は、敵戦車へ吸い込まれるように命中した。直後に大爆発がおき、砲塔が天高く舞いあがる。ほかにも何両かの敵戦車が、味方によって撃破されていた。
「次だ、次をねらえ!」
予想外の結果に、カールは声を荒げてしまう。
『〈パンテル01〉より各小隊』
中隊長車から通信がはいったのはその直後、21号車が九度目の射撃をおこなった時であった。時刻は一〇四〇時――戦闘開始からわずか三分後のことである。
『〈パンテル01〉より各小隊。これより突撃する、第一小隊は我に続け。第二小隊は援護射撃ののち追従せよ。送レ』
カールは勢いよく応答した。
「〈パンテル21〉受信、了解!」
おそらく敵が歩兵をおろし終える前に、中隊長は先手を打つつもりなのだろう。カールはただちに、小隊各車へ伝達した。
「〈パンテル21〉より小隊各車。ただいまより三連射、しかる後に突撃する」
カールはそう言うと、右を向いて中隊長車の様子をみる。01号車はエンジンを吹かし、第一小隊の二両と共にはやくも移動をはじめていた。
それを支援すべく、カールたちは射撃を再開する。
この時点で連邦側の戦力は、九両にまで減少していた。右翼と前衛の生き残りが三両と、その陰で歩兵を下車させている六両だ。盾になって砲撃をつづける前者にたいし、カールたちは撃ち返して一両炎上の戦果を得ることに成功する。
所定数の射撃を終えると、カールは叫び声をあげた。
「突撃する! 戦車、前へ!」
カールは小隊へ命じたあと、操縦手にむけて言った。
「ハインツ、前進しろ!」
『了解!』
返答からさして間を置かず、21号車はエンジンを唸らせて前に出た。
21号車は道路に達すると、そのまま盛土の斜面をのぼり車体をおおきく傾かせた。連邦側の砲火が立てつづけに落ち、泥と雪があちこちで吹き飛ばされる。
カールはこれを無視して、後続の僚車とともに道路を横断していった。
まもなく21号車は、反対側の斜面にたどり着く。
そこを下りはじめた直後、とつぜん左側で爆発音が鳴り響いた。
カールがそちらを振り向くと、列の端をすすむ23号車が、斜面の手前で停止しかけている所であった。よく見ると、右側の足回りに被弾している。
「〈パンテル21〉より〈23〉、状況知らせ!」
『履帯が切れました。行動不能です』
23号車の指揮官は、落ちついた口調でカールに応えてみせた。履帯――キャタピラが外れた戦車は、まともに動かすことが出来なくなる。
『他に異常はありません、この場で援護射撃をおこないます』
「……了解、危なくなったら退避しろ」
カールはそう言うと、苦渋に満ちた顔で前を向いた。しばらくして、23号車の砲声が聞こえはじめる。戦闘中に動けなくなれば、敵がたちまち集中砲火を行うだろう。部下の砲火が後ろで響くなか、小隊の残り二両はまっすぐ進みつづけた。
第二小隊はまもなく上官たちと合流し、中隊の戦車五両は単縦陣を形成した。不整地上の最大速度である、時速一五キロで雪原をつき進む。
前方では歩兵を下ろした六両の連邦軍戦車が、おなじように前進をはじめていた。残りの二両――前衛および左翼の生き残りは、立ち止まったまま射撃を継続する。
『〈パンテル01〉より各車、正面の六両へ集中射撃』
移動中を開始したT-33の群れは、時速三〇キロ近いスピードを発揮した。中隊の前方を横切るかたちで南東に向かう。速度差を活かして、側面へまわり込むのだろうか。
すぐさま01号車から、進路を右に寄せるよう指示がとぶ。
中隊は単縦陣での行進をつづけながら、八〇〇メートルほど先の敵戦車群へ発砲した。だが敵味方ともに機動中のため、どうしても照準が合わない。四回目の射撃を経てようやく一両撃破したが、その間も敵弾は中隊の周囲へ降りそそいだ。
まもなく五両のT-33は進路をかえ、中隊に接近しはじめる。
そのうち正面だけでなく、左側からも砲火が飛んできた。カールが後方を振り返ると、道路上で立ち尽くす23号車が炎を上げている。走り去るちいさな人影はいくつか確認できたものの、乗員すべてが脱出したかまでは分からない。
(第三小隊はまだなのか……?)
いまだ現れない別働隊にたいし、カールは内心で罵り声をあげる。
そのとき、左側に展開する二両の敵戦車が、突如として爆発炎上した。
まもなく、無線手が嬉しそうに知らせてくる。
『〈パンテル31〉からです。これより戦闘へ加入する!』
「ようやくだな」
カールは先ほどまでの焦燥感を棚にあげ、頬を緩ませながらそう呟いた。腕時計に目をやると、一〇四一時を過ぎた所である。
そのまま進み続けるうちに、第三小隊が移動中の敵にむけて射撃した。一〇〇〇メートル以上はなれた、移動目標への初弾のためさすがに命中弾は無い。だが横合いからの砲火に慌てたのか、連邦側の砲撃は一瞬であるものの止んでしまう。
中隊が停車射撃を指示したとき、彼我の距離は三〇〇メートルにまで迫っていた。
「停車しろ。ハンス、目標はまかせる」
「了解!」
21号車は僚車とともに急停止し、カールはおもわず体をのけ反らせた。砲塔がモータ音をうならせて動きだし、目標の品定めを開始する。
「発射!」
砲手が声をあげたのは、停車からわずか四秒後の事であった。
近距離からの射撃であったため、砲弾はまたたく間に目標へ達した。中隊全車がはなった徹甲弾は、二発がその効力を発揮する。連邦側は後退を決意したのか、進路を真南へ向け直す。
『第一および第二小隊、その場で射撃を継続しろ。第三小隊は敵歩兵の掃討に移れ』
中隊長からの命令を、カールは22号車へすぐ伝達した。まもなく砲撃を開始するものの、生き残った敵は左右に蛇行して回避をはかる。中隊は三〇秒ほど撃ち続けたのち、ようやく一両に命中させた。
「ああ、くそっ」
突然、砲手がうめき声をあげた。
「どうした?」
カールがそう尋ねると、砲手は振りかえって返答した。
「敵戦車が残骸の影にはいりました。しばらく撃てません」
彼の言葉どおり、敵戦車は東へ進路を転じ、味方の残骸を立てにして進んでいた。燃えさかる炎と黒煙が加わって、その姿は完全におおい隠されている。
カールが通信を決意した直後、中隊長から新たな命令が届けられた。移動して射界を確保せよとの事である。
彼は操縦手にむけて命じた。
「左折しろ、ゆっくりでいい」
21号車はエンジンを吹かし、周囲の僚車とともに動きはじめた。履帯の回転速度に差をつけることで旋回し、タイミングを見計らって直進に移行する。
その間に、北方で砲火がとどろいた。
カールが視線を寄せると、第三小隊の戦車二両が射撃を開始していた。標的は取り残された、敵の歩兵たちである。友軍歩兵がのるSPW――車体の前方にタイヤ、後方に履帯をそなえた、半装軌型の装甲兵員輸送車も同数が確認できる。
別働隊から視線をうつすと、カールは逃走する敵戦車のほうを見た。目標の位置はねらい通り、残骸から外れている。
カールはマイクのスイッチを押した。「止まれ、射撃開始」
21号車は動きを止め、数秒後に砲撃を開始した。
七・五センチ徹甲弾はまっすぐ飛翔するも、目標が蛇行しており命中せずに終わってしまう。砲手は意識を集中し、敵戦車の動きを読み取ろうとする。カールもキューポラの覗き窓越しに、その姿を注視した。
まもなくカールは、敵戦車の砲塔がうしろ――つまり中隊のほうを向いているのに気づく。しばらくしてその砲身が、オレンジ色の炎を放つさまを目撃した。
21号車のエンジンルームに敵弾が飛び込んだのは、それから三秒後のことである。
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