第215話 おあずけ

俺は呆然と立ち尽くしていた。


心臓の鼓動の音がはっきりと聞こえてしまう。



俺は一ノ瀬にキスをされた。



彼女はすぐに背を向け走って行った。


これは……、からかわれたってことなんだろうか?


たしかに唇に触れたわけではないし、恋愛感情だと決めつけるわけにはいかない。


ドキドキした……。



俺は数分間ぼーっとしていたのだろう、誰かに肩を叩かれた。


振り向くと、そこには笑顔の郷田がいた。



俺は今、本来いるべき部屋にいた。


先生の部屋から自分がいるべきだったところに荷物も移動させた。


そう、郷田さんに言われた。


「今すぐに俺たちの部屋に来い」と。


大変ご立腹のようだった。


きっと、俺が一ノ瀬にキスされていたのを見たのだろうか。


どうしよう……。なんて言えばいいんだろうか。


俺自身ならば、あれはからかわれただけだ。いつものことだと言えば納得できる。


しかし、側から聞けばただの言い訳にしか聞こえない。


俺が郷田の立場だとしたら間違いなくこう考えていたことだろう。


ダメだ……。俺はここで間違いなく死ぬんだろうな。



案の定、俺は正座をしていた。目の前には3人。


郷田が真ん中にいる。そして横には郷田よりかなり小さく見える男が2人。


たしか1人は俺たちのクラスの副委員長である大野将吾。もう1人は橋本という生徒らしい。


はしもと……、どこかで聞いた気が……、あっ!Cくんだ!


班決めは郷田に全て任せておいたので、これが初対面ということになる。


なのに、俺は彼らの前で正座をさせられていた。


まあ、理由は分かってるんだけどさ。 


「京、さっき一ノ瀬ちゃんにキスされてたのよな?」


ビクッ!分かってはいたが、思わず肩が跳ねてしまう。


隣にいる2人も知らされていなかったのだろう。


俺と同じように驚いていた。


いや、知らないんだったら、正座してる俺の前に立つなよ!


これからどうなるのだろうか。


いじめのように殴られ続けられるのだろうか。


俺何もしてないのに……。


キスされただけなのに……。


……………いや、これは重罪か。


俺は殴られることを覚悟した。


しかし、郷田から聞こえた言葉は予想とは離れていた。


「まあ、ひとまず温泉にでも行こうぜ。話はまた後でじっくり聞かせてもらうよ」


やばい、ますます怖くなってきたんだが?!


大丈夫なのか?!本当に大丈夫なのか?!


た、助けてええええええ!!!!!


俺は引きずられるようにして風呂場へと連行された。

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