第116話 親子

全く帰ってこない。


けーちゃんが一階に降りてから帰ってこない。


もう30分は間違いなくたっている。もう少しで1時間になるかもしれない。


「ねえ、もう6時だし、そろそろ行かない?けーちゃんも心配だし」


「そうだね。さすがに長いし、私もそろそろ心配になってきた」


「うん、早く京くんのところに行ってあげよ」


3人の意見も一致したので、私たち3人は一階に下りる。


「ど、どうしたの?!」


ドアを開けると、何故かお母さんが泣いていた。


もしかして、けーちゃんがお母さんのこと殴ったりしたの?!って、そのなわけないか。


お母さんは涙を拭きながら言った。


「いや、違うよ。森木くんと喋ってたらあまりにも面白すぎてさ。涙出るくらい笑っちゃったんだよ。ねえ?」


お母さんはけーちゃんの方を見る。そして、けーちゃんは笑顔で頷く。


どうやらかなり仲良くなったようだ。


でも、なんかお母さんを騙したのは少し複雑な気分がする。


「それじゃあ、今日は特別に私が久しぶりに料理を作ってあげようかなー」


涙を拭き取ったあ母さんが言った。


いつぶりだろうか、こんな台詞を聞いたのは。


お母さんはキッチンに移動する。


ノリノリで料理をするお母さん。こんなお母さんを見るのもとても久しぶりだ。


きっと私に彼氏ができたからこれだけ嬉しそうなんだろう。


私の上に次々と積まれていく罪悪感。


もういっそ言ってしまおうか。でも、言えばお母さんの笑顔はきっと消えてしまう。


こんなことになるなら初めから『彼氏ができた』なんて言わなければよかったんだ。


時間が経つにつれて重くなってくる。


久しぶりのお母さんの料理なのに素直に嬉しいとは思えなかった。


それもこれも自分のせいなんだ。そんなことわかってる。自分でもわかってる。でも、どうすればいいのかわからない。


結局そのまま時は過ぎていく。


全員食後はリビングで勉強はしていたものの、私は全く頭に入ってこない。



時間は10時ごろになった。


「私、そろそろ行くね。みんな、これからも愛月のことよろしくね」


私以外の3人は頷いたりしている。


お母さんはリビングを出た。


言わなくちゃ!言わなくちゃいけない!今言わないと次会えるのはいつになるか分からない。


それまで黙っておく?無理だ。私にはそんな度胸はない。


絶対後悔する。今言わなきゃ絶対後悔する。


私は1人玄関に向かって走った。


「お母さん!」


「ん?どした?」


「私、私ね……」


言うんだ。絶対に言うんだ。


「本当は森木くんとは付き合ってない」


言えた。きっとお母さんは傷つくんだろうな。ほんと親不孝な人間だよ私は。


「そっか」


「えっ、驚かない……の?」


「まあ、森木くん見てたら普通にわかるよ。愛月は森木くんが好きなの?」


「うん……」


「そっか、それじゃあ次は本当に彼氏ができた時に改めてライン送ってきな」


「うん……」


「森木くん……か。うん、あの子はめっちゃいい子だと思うよ。まあ、ライバルも多そうだけどね。愛月なら大丈夫だよ。がんばりな」


そう言って静かに私を抱いてくれた。


そして、私の耳元で小さく囁いた。


「ごめんね、寂しかったね。これからは少しでも多く帰ってくるから。その時はいっぱいおしゃべりしようね。森木くんの話、いっぱい聞かせてよ」


自然と流れる涙。


「うん……」


そして、静かに私から離れた。


「ほらっ、早く森木くんのとこ行かないと取られちゃうよ。それじゃあ行ってきます」


「うん。いってらっしゃい」


お母さんは家を出た。


よかった。言えてよかった。ずっと溜まっていた罪悪感がようやくとれた。


私は涙を拭いて、そして、リビングに向かった。

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