第115話 男、俺。

恐る恐る階段を降り、村瀬の母が寝ているリビングへと向かう。


俺は彼女に対してどういう対応をしたらいいんだろう。


一応設定では彼女である村瀬の母親なわけだから、なんか挨拶?みたいな感じなのかな?


俺が今まで読んだ中に結婚の挨拶に書かれてたラノベは一冊もない。


やばい、全く思いつかない。


いつもはめんどくさいと思っていた階段だが、今日ばかりはもっとあれと思ってしまう。


しかし、俺の願いが叶うことはなく、一階に着いてしまった。


リビングは目の前にある。しかし、リビングに入れば後戻りはできない。


ふぅ。俺は大きく深呼吸をした後リビングへの扉を開けた。


「っ!あ、ど、どうも」


さっきまでは寝ていたはずの村瀬母なのだが、俺が入ったときにはソファーに座っていた。


「うん。まあ、ここに座りなよ」


そう言って、自分の座っているソファーの隣を指す。これって行かないとダメなやつなんだよな?


俺は「失礼します……」と言ってから座った。


俺の頭の中では面接が始まるって感じの気持ちで。


「はははははー!君面白いねー。そんな緊張しなくてもいいのにー」


どこが面白かったのかは全く分からないが、少しでも気に入られたのならよかった。


「愛月のどこが好きになったの?」


一問目の質問。当然彼氏なら答えれて当然の質問だ。逆に答えれないなんてあり得ない。


しかし、俺は少し考えなければならない。だって俺は村瀬の彼氏ではないから。


俺は村瀬についてもう一度考えてみるとしよう。


好きなところ……と言っていいのかは分からないが、魅力的だと思わされるところは山のようにある。それを言えばいいのかな。


「そうですね、あーちゃんの手料理はとても美味しかったですかね」


あーちゃんと呼ぶか迷ったが、彼氏なら読んでいてもおかしくない、さらにちょっといい感じのカップルってイメージできそうだし呼ぶことにした。


「へーそっか、美味しいんだ。まあ、ずっと1人にしてきたからね。でも、よかったよ。君みたいな子が彼氏で。あんな子だからヤンキーでも連れてくるかと思ってたからさ」


「ははは……」


なんか複雑な気分だな。本物の彼氏だったらこの対応は簡単なのだが、偽ということもあり素直に笑えなかった。



その後も永久に続く話に付き合わされた。


言ってしまうと、少し仲良くなっていた。俺も緊張がほとんど取れて、普通に話せる。


村瀬母もいい人そうだし、少し俺からも話をしてみようかな。


「お母さんはどんな仕事してるんですか?」


「ああ、ちょっと研究の仕事しててね。森木くんは研究とかに興味ある?」


「いや、勉強は苦手でして。研究って忙しいんですか?」


「まあね。こんな仕事についてるから私もなかなか家に帰れなくて。ほとんど愛月にも会えてないんだよね」


よし、今だ!俺はソファーから床に座り、土下座をした。


「俺が言うってのもおかしな話なんですけど、もう少し家に帰って来て、愛月と会ってあげてもらえないでしょうか。あいつはあんな髪型とかギャルみたいになっていかにも『親いらねー』って感じに見えますけど、実際は全然そんなんじゃないんです。ずっと孤独で、それで少し悪くなれば親に見てもらえるかもと思ってやったんです。今、月に何回会えてるのか詳しくは分かりませんが、少しでも会ってやってください。あいつはずっと親にかまって欲しかっただけなんですよ」


俺はどうしても言いたかったことをしっかりと言った。絶対、村瀬が自分から言うことなんてない。なら、これを助けてやれるのは、俺しかしないんだ。


「そうだったんだね……。ごめんね、これからはなるべく1日でも多く家に帰るようにするよ。ありがとね、森木くん。これからもあの子をよろしくね」


「は、はいって、大丈夫ですか?


顔を上げると村瀬母は涙目に、いや、完全に涙を流していた。


”ダンッダンッ”


「お母さん!あいつら降りてきます。急いで涙拭いて!」


俺は慌ててテッシュを渡す。


「えっ、あ、うん」


俺も土下座をすぐにやめて、ソファーに座る。


”ガチャ”


「ど、どうしたの?!」


どうやら、村瀬母の涙を止めることはできなかったらしい。


でも、言えてよかった。この人ならこれからちゃんと改めてくれそうだ。

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