恋(5)

 由香奈は人との関わりを最小限に抑えたかったし、クレアは人のことを良く見てはいるけれど、踏み込んだりするタイプじゃない。由香奈のことを面倒見てくれたのは、本当にたまたまなのだろう。


「はい、いったん乾くまでじっとしてて」

「はい」

 由香奈はおとなしく両手をカウンターに乗せたままじっとする。クレアはその間に自分の足の爪にも光沢のあるグレーのマニキュアを塗り始めた。


「由香奈さ……」

 下を向いているから声がくぐもっている。それでもはっきり聞こえた。

「カスガイさんが好きなの?」

 クレアにはばればれだろうなと感じてはいたけど、ついさっき中村にも突っ込まれた。そんなに自分はわかりやすいのだろうか。


「うん……」

「ふうん」

 あっという間に両方の爪にグレーのマニキュアを塗り終わり、ゆっくり足を下ろしながらクレアは由香奈の爪をチェックした。ベージュ色のネイルの上に、今度は透明感のあるピンク色のマニキュアを塗り始める。


「告白すれば? うまくいくよ、絶対」

「……しない」

「なんで?」

 ピンク色も塗り終わり、クレアは顔を上げて目をぱちぱちする。


「クレアは……」

 声が震える。細く息を吐き出しながら、由香奈はなんとか最後まで言い切る。

「知ってるよね、私がやってること」

 同じマンション内の別々の男性の部屋に頻繁に出入りしてるのだ。クレアだけじゃない、藤堂だってきっとわかってる。


「……まあ、あんたの行動を見てれば。でも、どうこうは思わないよ。そういうのメンドクサイし」

「うん。クレアはそうだよね」

 こうやって、友だちのように扱ってくれるのだから。

「それに。もう、やめるんでしょ?」

 じっと見つめられて由香奈は頷く。

「なら、いいじゃん」

「よくないよ」

 今までになく低い声音のつぶやきが、由香奈の口から転がり出る。


「わかんないな」

 クレアは、最後にラメの入ったアイボリーのマニキュアを由香奈の爪の先に塗りながらぼそっと言った。

「別にいいじゃん」

「よくないよ」

 口元を震わせて、由香奈ももう一度言う。なんでもお見通しのクレアは、説明できない由香奈の気持ちもきっとわかってる。案の定、クレアは由香奈の顔を見て溜息をついた。


「馬鹿だなあ、由香奈。だったら、どうして自分を大事にしなかったのさ」

「……」

 由香奈は、我慢できずに眉根を寄せた。

「だって……」

 手のひらを握ってしまいそうになってクレアに止められる。手の力を抜いて、由香奈は言葉を吐き出した。

「自分が、誰かを好きになるなんて、思ってなかった」

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