恋(4)

 毛布を掴んでいるのに冷えてしまった指先に熱がこもる。震えが止まる。縮こまっていた肩を反らして顔を上げる。由香奈の返事も待たずに踵を返していた中村の背中に向かって、きっぱり声を投げた。

「好きです」

 足が止まる。


「春日井さんが好きです。だから」

 振り返った視線が怖い。由香奈は下を向くのを我慢して、でも目をぎゅっと閉じてしまう。それでも一生懸命続ける。

「だから……」

 気配が戻ってくる。目を開けられない。


「……っ」

 怯え切っていた由香奈は、両手で頭に触れられ、びくっと肩を跳ね上げた。中村は犬でも撫でまわすような手つきで由香奈の髪をぐしゃぐしゃにする。由香奈は訳がわからず泣きそうな顔のまま目を上げる。

「残念」

 ぼそっと低いつぶやき。表情を窺う間もなく、彼は再び背中を向ける。そのまま何も言わずに行ってしまった。





 クレアは仮眠室ではなく女性専用エリアの入り口で由香奈を待っていた。

「ごめん、イイもの見つけて目が冴えちゃった」

 それは由香奈も同じだ。眠気が飛んでいってしまった。

「こっち来て」

 女性客たちがくつろぐドーム型の広場の壁に、くりぬいたような小部屋がある。三方を壁に囲われた二帖ほどの狭いスペース。備え付けのカウンターの上には、たくさんの種類のマニキュアが置いてあった。


「ご自由にお使いくださいだって。由香奈、手出して」

 木製の丸椅子に並んで座り、言われるままにカウンターに手を乗せる。

「短いなー。フレンチも無理かな。グラデーションやってみよう」


 ひとりごとのようにぶつぶつ言って、クレアは手早く由香奈の左右の爪にベースコートを塗り終わり、大量のマニキュアの中から使う色の組み合わせを選び始めた。さっき雑誌で見たグラデーションネイルを試したいようだ。色とりどりのネイルカラーを眺めていると、美術館で見た影絵を思い出す。


「管理人さんてさ……」

 クレアもそうだったのか、由香奈の爪に淡いベージュのマニキュアを塗りながら話し出した。

「怖そうな顔して、親切だよね」

「うん」

「あんたにさ、ハンバーガー奢ったじゃん? ギフト券貰ったって。あれさ、管理人さんがくれたんだよね」

 由香奈は少し驚いて息を詰める。


「なんだったか忘れたけど、少し話したとき、ついでにってぽんって。そんで、あんたを誘ってさ。あたし、もの奢るほどの友だちなんかいなくて、ひとりで行ってもよかったけど、たまたまあんたと会ったから。あれがなかったらさ、まだ仲良くなってたかどうかなんてわかんないよね。あたしもそうだけど、あんただって自分から友だち作るタイプじゃないでしょ」

「うん……」

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