黙然とシーツを被って来ても、僕は君を君と疑わないだろう

宮乃森 流々

第1話

「おはようございます!」

私は今日も、夜の蝶になる。


昼間は凡庸なOL。

毎日、ワイドショーでも取りあげられることのない雑務をこなし、

昼休みは同僚と流行りの店で毒にも薬にもならない会話をし

定時になったら機械的にタイムカードを押し帰路に就く。

昼間の私は、ただの歯車。

私が「私」であることは、私自身も認識できない。

世の中を上手に回していくための、無数の歯車の中のいっこ。

それはそれで、価値のあることだと解っているけど。


「おまえ、また太ったんじゃない?」

「太ったじゃなくて、ムチムチ派、なの!」

定型文のような会話。だけどここは私を、個の存在に戻してくれる。

都心の盛り場のような華やかなお店ではないけれど、気取った輩もそんなには来ない。ここ「プラム」は、俗に言う場末のスナックだ。

男の人に媚を売るのが嫌だった。そんな頑なな生き方が、今に至ってると思う。

そんな私を拾ってくれたのが、ここのママだ。


「あんたおもしろいじゃない。明日からうちで働きな」

あまりお酒が得意ではない私が、たまたま同僚と居酒屋で飲んでいた時。

理由は思い出せないけど。たぶん国会議員の労働時間と給与の話とか、

IT企業の役員と結婚した元同僚の話とか。消費税アップの話とかしてたんだと思う。

なんだ結局全部カネの話かよ。私は、金なんかに踊らされない。

そんなもの無くても、私「たち」は幸せに生きてみせる。

私たちは何事にも縛られず、悠久の時を生きてゆくんだ。

私たちは俗なあんたたちとは違うんだ、私たちは…

「たち」?あたしの他に誰かいたっけ?

目の前の色のついた液体が、何度もカラになっては満たされ、

またカラになっては満たされた。その中身はどこへいったの?

私は知らなかったんだ。この状態が、終わったオヤジたちが居酒屋でクダを巻いているのと同じだという事を。そして、自覚は全くないのだが、私の声は大きくてよく通るということも。最悪。

カウンターでマスターと静かに談笑していた大人の女性が(まぁ私もオトナではあるけどね)すっと立ち上がり、何も面白い事は言った覚えのない私に急に

言ってきたんだ。「あんた」なんて言われたこともなかったし、なんならドラマの中でしか聞いたことのない日本語だ。私は脳内で「黒革の手帳」のテーマが流れたよ。視界はだんだん狭くなってるし呂律も怪しいけど、一言だけなんとか返せたよ…

「なんの取り柄もないけど、よろしくお願いいたしまふ」

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黙然とシーツを被って来ても、僕は君を君と疑わないだろう 宮乃森 流々 @admoon1109

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