4 二年ごしの会話と、これからの会話と

 呼び出し音が鳴るのを聞きながら、「あれ?」と俺は自分の行動に戸惑っていた。

(いやいや、電話とかしてどうするよ。なんて言えば良いんだよ、おいおい)

 電話を切るか。いや、それでも発信通知は向こうに行く。「間違い電話」とでもごまかしのメッセージを送れば良いか? と、迷っている間に。

『――はい』

 そう、生真面目な声が、スマホごしに聞こえてきた。


「あっ、あー……田端だけど」

『あぁ、久しぶりだな』

 どこかきょどってしまう俺とは反対に、糸川の声は落ち着いている。久しぶりに聞く声をやたらと懐かしく感じると共に、つい昨日まで隣にいたような錯覚を覚えた。

「レンジャー、行くんだな」

 思ったよりもするっと、次の言葉は出てきた。

「うちの方でも、今日適性検査受けるヤツが決まってさ。だから糸川の通知見た時、もしかしたらそうかなって」

『あぁ。ほんと、適正にも受かればだけどな。行けることになったよ』

 そう言う糸川の声は、落ち着いていた。気負うでもなく、小牧のようにはしゃぐでもなく。淡々とやるべきことを受け入れる声。


「そっか……なんて言うか、その。頑張り過ぎるなよ」

『そこは、頑張れよじゃないのか』

 ふっと、糸川の声が和らいだような気がして、俺も表情を少し緩めた。

「どうせ俺以外のヤツらに、そんなこと散々言われてるだろ」

『まぁな』

「おまえは言われなくても頑張り過ぎるヤツだから、俺あたりにそう言われた方が、ちょうど良い塩梅になるんだよ」

 それは、ほとんど頭を介さないでするりと出てしまった言葉だった。言った瞬間、あの日の下山する糸川の後ろ姿が脳裏に蘇り、スマホを握る手に力が入った。

 糸川が次になんて言うのか――糸川の息を吸う音が聞こえた気がして、俺は先に言葉を吐いた。


「大丈夫だ」

『……え?』

 不思議そうに訊き返してくる糸川の声を聞きながら、俺は続けた。

「大丈夫だから」

 ――そうだ。

 「頼りにならない」と、こいつが俺を罵るなんて。そんなこと本気で思ってなんかいない。あの日、「ごめん」とだけ書かれたメモ――あんな想いをするのも、させるのも、もう嫌だ。それだけだった。

「おまえなら大丈夫だから。卒業したら、二人で打ち上げするぞ」

『……田端さんが奢ってくれるなら』

 そう答える糸川の声は、少し笑ってるようだった。

「嫌だよ、割り勘だ割り勘。給料変わらねぇんだから」

 それから「じゃあ、またな」とだけ言って、俺は通話を切った。

 思わず、しばらくその場で立ち尽くす。昼間、少し重く感じたレンジャー徽章。今はそのときよりも、胸を張れるような――そんな気持ちだった。


 外に出ると、夕陽が眩しかった。

 そんな中、グラウンドを走る小牧の姿が見えた。さっそく、レンジャー訓練に向けて自主練を開始したのだろう。本当に、やる気は人一倍というか、ただただ目標に対し一直線なところは、少しだけ糸川とも似ている。


(糸川と小牧が、一緒に訓練することになんのか……)

 身長差が大きいため、バディにこそならないだろうが、学生たちはお互い支え合って90日間の地獄を乗り越えなければならない。そこに自分が混ざれないのが少し惜しい気もするが――。

(いや、やっぱりもうあんなのはごめんだな)

 どうせなら、助教として行ければ良いのになとも過るが、それもやはり公正に接せる気がしないから無理だろう。少なくともあの二人に対し「鬼」を演じようとしたら、過剰になってしまう気さえする。


(女なんかに、レンジャーは無理……無理だとは思う、が)

 それでも困難に自らぶち当たっていく、同僚であり後輩である彼女に、かつての訓練経験者としてなにか言ってやれることがあるとしたら、なんだろうか。


 ぼんやりと思いを巡らせながら、俺は売店へと入って行った。






第一話へ続く

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