4 結局、そういうこと

『自衛官って言うから。もっと、頼りがいがあるって思ってたのに』


「――って、言われたんだってよ。こいつ」

 半年前の飲み会の席で。場をセッティングした先輩はそう言って、糸川の背中をバンバンと叩いた。その勢いで、手に持ったビールがこぼれそうになるのを気にしながら、糸川が「はぁ」と微妙な笑みを浮かべる。


 ミズキはそれにちょっと笑って、ウーロンハイに口をつけた。

「いざってときに頼りになると思ったのに、いて欲しいときにこそいてくれない……って?」

「え? あ、はぁ。そんな感じっすね……」


 歯切れの悪い糸川に、ミズキが黙って首を傾げると、糸川は観念したように「えっと」と口を開いた。


「もしも大きな災害があっても、そばにいてくれれば安心だって言うから……いや国民を助けにいかなきゃならないからそれは無理だって言ったら、『マジで言ってんの?』ってすげぇ顔されて……」

 思わず吹き出すミズキに、糸川が傷ついた目を向けてくる。それに、「ごめん、ごめん」と手を振り。


「糸川三曹、バカねぇ。バカ正直過ぎ」

「でも、もしものときを考えたら、適当なこと言うわけにはいかないじゃないっすか。だからせめて、サバイバルスキルとか教えておこうと思ったら、余計に引かれちゃって……」

「やめて。お腹痛くなるからやめて」


 ミズキが必死で笑いを堪えていると、さすがにへこんだ様子で、糸川がビールをあおる。ぼんやりと、その目が天井を見つめている。


「……自分、母子家庭で。女性を守らなきゃって気持ち、結構強い方な自覚はあるんすけど……でも、確かにいざってときに守ってやれないのって、どうかなとも思ったりして」

「まぁ、その辺は自衛官のジレンマだよなぁ」

 隣で先輩が、呟きながらビールをお代わりする。その姿を見ながら、この先輩が既婚者で子どももいることを、なんとなくミズキは思い出した。


「……別に、女だっていつでも守ってもらいたいって――そう思ってる人ばかりではないと思いますよ」

 言いながら思い出したのは、自分の母親だ。自身もかつて自衛官だった母は、かたわらに自分ミズキという子を支えながら、一人家族の元を離れて被災地の支援に行く父を、どんな想いで見送っていたのだろうか。


「志鷹は心臓に毛が生えてる系女子だかんなぁ」

 茶化すような先輩の言葉で我に返り。むっと、その先輩を睨みつける。

「褒められてる気がしないんですけど」

「褒めてる、褒めてる。レンジャー訓練も希望すんだろ? ほんと、よくやるよなぁ」

「別に。そんな言われるようなことじゃないです。糸川三曹も、希望してるんですよね?」

「え? あぁ……」

 急に飛んできたボールを受け損なった顔で、糸川が頷く。


「おまえと糸川とじゃ全然違うだろ。こいつ、腹割れてんだぞ」

「お腹なら、わたしだって割れてますけど」

 つい、ムキになって言い返したミズキに、糸川はきょとんとした顔を向けた。それを見て、余計なことを口走ってしまった自分に気がつき、思わず肩をすくめると。


「志鷹三曹は、頼もしいな」

 屈託ない、その笑顔を。ミズキはいまだに忘れられずにいる。


※※※


「ただいま」

 糸川、瀬川と別れて営内に戻ると、同室の関原が「おかえりー」とベッドに横になりながら返してきた。スマホをタップしながら、ゲームでもしているようだ。


 その姿を見て、ふと「ねぇ」と訊ねる。


「前に、この前のレンジャー訓練の特集、スマホで録画したって言ってたわよね」

「ん? うん、したけど。でもそろそろ容量ヤバくなってきたから消すかも。観る?」

 言いながら身体を起こす関原の横に座り、ミズキは画面を覗き込んだ。


 『初の女性レンジャー誕生の瞬間に密着!』という煽りと共に、見慣れた駐屯地が、スマホ画面に映る。


 鵬教官に、助教たち、そして自分ら学生たちが現れると、なんだか懐かしいような気持ちになった。画面の中の自分たちは、記憶の中よりずっと疲れた顔をしている。


 例のインタビュー場面は、上手い具合に編集されており、さすがテレビだなと変に感心してしまう。


「マジ、このあとの糸川三曹めっちゃウケるから観ててよ」

 関原がそう言ったのは、最終想定の場面でのことだった。

(なんかおかしなこと、してたっけ。あいつ)

 思い起こそうとするが――そもそも、あのときすでに疲れで朦朧もうろうとしており、ところどころ記憶が薄いのだが。


 しかし。観進めているうちに、関原の言っている意味は充分伝わってきた。



――彼女、今度は『この二人、いつ結婚すんの?』とか言い出してもう。



 そう言えば、瀬川がそんなことを昼間言っていた。

 ミズキも思わず、画面を観ながら笑ってしまう。


「マジ、ウケるよねぇ」

「仕方ないでしょ。良い女はいついかなるときも――ついつい目で追っちゃうものなんじゃない?」

 冗談っぽく笑いとばさないことには、恥ずかしくなってしまうくらいに。画面の向こうにいる糸川は、映る度に、その近くにいるミズキを見つめていて。


「ほんと、バカ」

 画面の中の自分もまた、糸川へ視線を送っていることには、気づかないフリをした。







ゴールインおしまい


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