番外編
答えは「イエス」ばかりと思うなよ?
1 憂鬱のタネは尽きない
「
同僚である
駐屯地内の、食堂での朝食。目の前の盆には、パンや目玉焼き、スープにサラダ、コーヒーが載っており、今は四つ目になるパンをちぎって食べているところだった。
あの、地獄の三ヶ月間を終え。学生たちもそれぞれの原隊へと復帰し、数日。
身につけている戦闘服の胸元では、先日受け取ったばかりのレンジャー徽章が、そっとその努力と栄誉を主張している。
「……太ったように、見える?」
「うん」
関原はあっけらかんと頷くと、ミルクを飲みながらじろじろと瑞葵を眺めた。
「うーん。レンジャー訓練の頃、やたらガリガリだったから余計にそう感じるのかもしんないけど……でも、やっぱり太ったよね? 訓練始まる前より」
「…………まぁ……」
しぶしぶと、瑞葵は頷き。もっそりとパンを口に入れた。
「なんて言うか……あの訓練終わってから、食べるのが止まんないのよね……暇さえあれば、お菓子もガンガン食べちゃうし……」
「瑞葵、普段はお菓子あんまり食べない方だったのにねー」
「完全に、いろんなリズムが狂ったわね……」
食べたもの全てが、この短期間で脂肪に変わったとも思えないが、糖質のとり過ぎでむくんでいる可能性は大いにある。
溜め息をつく瑞葵に、関原は「大変だねぇ」と気楽に笑った。
「レンジャーしんどいよねー。ただでさえ身体はきっついし、臭くなるし、別にお給料上がんないし。よくやるよ、女性自衛官初レンジャーさん」
「臭くなるは余計……ってか、忘れてないからね、帰還式後にお風呂行ったとき、あんたにでかい声で『レンジャーめっちゃ臭いっ! ヤバい
「だってほんとに臭かったんだもーん。あれはヤバかったー」
関原が、いかにもしみじみとした口調で言う。そうだ、こいつはそういう女だったと、瑞葵は溜め息をついた。
「仕方ないでしょっ? 三日三晩お風呂に入れずに山の中を歩き続けてたんだから……あれでわたしのバディ、本気でショック受けてたんだけど」
「えーっと、小牧三曹だっけ? アンタのバディなんて、よく
「……わたしも、あんたがバディなのはイヤだわ」
言い返しつつも、否定できないのは。関原の言うことにも一理あると認めざるを得ないからだ。
――自衛隊は男性社会だ。それは、隊内の男女比率を見れば一目瞭然のことだろう。いくら女性に門戸を開いてきたと言っても、やはり仕組みは多数に強くできるものだ。
その中で、別にお給料上がんないにも関わらずあえて厳しいレンジャー訓練を受けることを望み、かつ男性自衛官を差し置いて限られた人数枠に入った、もう一人の女性自衛官の存在に。当初、ちょっとしたライバル心のようなものを抱いていたのは、自覚している。
「それで。今日でしょ? その、レンジャー訓練の特集、テレビでやんの」
「……らしいけど」
気のない相槌を打つ瑞葵に、関原は不思議そうな顔をした。
「気にならないの? 自分が出るのに」
「別に」
あっさり首を振るミズキに、関原が「意外」と口許をおさえる。
「あんたのことだから、自分がどう映ってんのかチェックするかと思った」
「良い女はいついかなる時にどう撮られようと、良い女にしか映らないから、問題ないわ」
「ごちそうさま」とミズキが立ち上がる。それを追いかけるように、「ねぇ」と関原が声をかけてきた。
「それで、仲直りはしたの? 彼とは」
にやりとする関原に、「知らないしっ、別に喧嘩してるわけでもないから」と言い放ち。ミズキは空になった盆を持って、さっさと歩き出した。
(まったく……あんのお喋り野郎め)
レンジャー訓練後、口の軽い“余計なことお喋り
(こういうふうに、ちゃちゃ入れられるのが嫌で、周りに黙ってたのに)
苛々しながら歩いていると、横から同じように空の盆を持って歩いてきた糸川と鉢合わせ。
「あ――」と声を上げかける糸川をさっと避け、ミズキは早足で移動すると急いで盆を片付けて食堂を出た。
――それで、仲直りはしたの? 彼とは。
冗談じゃない。喧嘩なんかしてない。そんなものより、もっとタチが悪い。
帰還式終了後の、糸川とのやり取りを思い起こし。ミズキは廊下で、大きな溜め息をついた。
『瑞葵。一緒に、住もう』
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