9-3 あたしが戦闘隊長です!

 バリバリバリと、ヘリの音がうるさい。

 あたしは「立てッ」と大声で言うと同時に、両手をさっと動かしながら、身振りで周囲に合図をした。それに合せて、機内の学生たちが背嚢を背負い立つ。


 空路潜入――それが、今回の想定訓練の始まりだった。練習はしてきたけれど、想定訓練中に実際ヘリを使うのはまれで。あたしは少し緊張しながら、全員に合図を出していた。


 そう。今回、戦闘隊長として任命されたのは、あたしだった。


 機内の全員が、バディ同士でカラビナや装備を確認していく。ヒモなんかが、降下途中で絡まったら最悪だ。前後で背嚢のチャックも確認する。


 機内のランプの色が変わる。相変わらずバリバリとうるさい中に、別の音が混ざって、いよいよ降りるタイミングであることを知らせてくる。


 FE機上整備員からの合図。垂らされた二本のロープを使い、学生たちが順にヘリから降下していく。


 機内の人数が減っていく。ヘリの爆音よりも、心臓の鼓動の方がうるさく感じる。ふと、隣に立つミズキと目が合って――あたしたちは、ふっと微笑みあった。


 ミズキがほんの少し先に降りて――あたしは、仲間がいなくなった機内を見回して、「機内、良しっ」と確認する。

「レンジャー!」

 叫びながら、ポンと床を蹴り――空中に身を躍らせた。片手をロープに添えて、もう片手でロープの張りを弛めながら、するするとロープを滑り降りた。

「――ッ」

 背嚢の重みに、空中でバランスを崩しかけて、ぐんっと身体が後ろ倒しになりそうになる。


 堪えつつも、視界に入った夜明けの空は――暗闇からほんのりと白い輝きへと変わり始めた。そんな、とても綺麗な空だった。


※※※


「えぇっと。山があそこで、角度が………うん。きっと、ここ」

 ドーランを塗りたぐり、地図を広げて、周りの地形地物景色を頼りに現在地を特定する。

 動き始めたあたしたちを、助教たちと一緒に待機していたテレビ局のカメラと、それに付き添いをしている広報が追ってくるけれど、今は数ミリもそんなことに気力を割きたくなかった。


 誰も口にはしないけれど。もしかしたらこれが、最終想定かもしれない。そう思うと、背嚢を背負う背中も、ピンと伸びるような気がした。


 ただハッキリしているのは、この訓練が今までの想定訓練の中で一番長くて、一番キツいはずだということと。それを乗り越えなければ、レンジャーにはなれないということだ。


 レンジャー訓練っていうのは、第一想定が始まったときから最終想定まで、ずっと与えられた状況が続いている――つまり、あたしたちはずっと同じ敵と戦い続けていて、戦況だけが想定ごとに少しずつ動いているように、設定されている。

 この一連の流れが終わったとき――初めて、状況終了訓練の終わりがやってくるのだ。


 今回は、ヘリで敵地に入ってから山をぐるりと大きく回るように何十キロも歩き、奥地へと入り込んだ敵を撃破しなければならない。


 かかる日数は二日か、それ以上か――肩にかかる重みを感じながら、あたしは地図とコンパスで現在地を確認して、みんなを引き連れて行く。


 やや開けた雑草地から、山の中へと入ると、格段に足元が悪くなった。でこぼことバランスの取りにくい地面に、生い茂る草木で、道が道でなくなっていき。最終的には、獣道とすら言えないような経路を、草木を掻き分けながら進んでいく。


 そうなると当然、角度や歩数なんかもズレが出てくるから、できるだけこまめに地図を胸元から取り出して、周囲と照らし合わせていくのだけれど。

 そのせいもあってか、思うように歩みが進まない。


 朝から始まった行軍が、夕方になって、木々の隙間から覗く空が鮮やかなオレンジ色に染まり出した頃。あたしは内心、焦り始めた。


「戦闘隊長、現在地は」

 周囲が完全に暗くなった頃、原助教に訊ねられ、「はいっ」とあたしは慌てて地図を取り出した。


 仮眠覆い仮眠用ポンチョをばさりと被って、その中でライトをつける。助教が一緒にその中に入ってきて、地図を確認するけれど。


「さっき確認したのがここだったから、えっと……あれ?」

 地図で改めて確認すると。思っていたルートから少しずれてしまっていて――あたしは思わずパニックになりかけた。


 暗闇と、焦りと、それから純粋な疲れと。それらのせいで、あんなにこまめに行っていたはずの地図確認を、いつの間にかおこたってしまっていた。


「てめぇがしっかりしねぇと、全体が狂うだろうがっ! やることやんねぇで辛そうな顔しやがって、この役者野郎がッ」

「れ、レンジャー! すぐに、ルートを修正しますッ」


 返事をしながら、慌てて地図と――仮眠覆いから顔を出して周りを見回すけれど、ほとんど休みもなく十二時間以上、大荷物を背負って歩き続けたあたしの頭は、すぐには動いてくれない。


 あたしが、なんとかしないといけないのに。みんなのことを、あたしが引っ張らないといけないんだから。あたしが――。


「え……っと……」

「――落ち着いて、レンジャー小牧」

 耳元に、ミズキがそっと囁いてきて。あたしはビクッとして、そっちに視線を動かした。

 ミズキの真っ直ぐな目が、ほんの少しだけ笑みを浮かべて、あたしを見つめていた。


「大丈夫。あたしが、ついてるから。あんた一人で背負ってるなんて、思わなくて良い」

「……っうん!」

 ミズキの言葉に、あたしは深呼吸し――よし、と一つ頷いた。


 焦りと疲れでもやがかかっていた頭が、クリアになった気がする。


「ありがとう、ミズキ」

 あたしの言葉に、ミズキは肩をトンと叩いてきた。まだまだ、これからでしょ――とでも、言うように。


 そう――これからだ。

 あたしたちの頑張りが。みんなの努力が報われるためには。ここから、踏ん張っていかないと。


 この想定は、まだ始まったばかりなんだから。



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