9-2 インタビューです!

 次なる想定訓練に備え、準備を進めるあたしたちの部屋に、沖野助教がやってきたのは、夕方のことだった。

 はっと身構えるあたしたちを見て、「おいおい」と沖野助教が笑う。

「落ち着けおまえら。笛吹いてねぇだろうが。あー、レンジャー小牧にレンジャー志鷹、ちょっと来い。客だ」


 あたしとミズキは、互いに顔を見合わせた。

「客……ですか?」

「あぁ。少しなら、身支度みじたく整える時間をやるぞ。なんてったって――テレビ局だからな」

 「しかも全国放送の」と。付け加えられた言葉を聞いて、その場の全員がざわつく。


「テレビって……なんでですかっ? なんでテレビなんかが、あたしたちに用があるんですッ?」

「そりゃ、あともう少しのふんばりで、女性自衛官初のレンジャーが二人も生まれるんだからな。今度の想定訓練の様子を撮るってぇのとあわせて、おまえらにインタビューもしたいんだとよ」

 沖野助教の説明を聞きながら、あたしとミズキはもう一度、顔を見合わせ――同時に、パーテーション奥へと走り出した。


※※※


「わたし、この三か月弱であんたのこと、結構分かったつもりになっていたけど。そんなことなかったわ」

 棘のあるミズキの言葉に、あたしは「なんでそんなこと言うのよぅ」と怯んだ。


「そんなの決まってるでしょ? あのねぇ、バカだとは思っていたけど、それ以上だったわ。クイーンオブバカよ、あんた。マスコミの取材が来てて、身支度整えろって言われてんのに、真っ先に顔にドーラン塗り始めるバカがどこにいんのよッ⁉」

「だ、だって。素顔がテレビで流れるとか恥ずかしいし……」

「バッッカ! 化粧がなんのために存在してるか分かんないの? 人前で素顔を見せないためでしょ? そういう羞恥心を曲がりなりにももってるなら、化粧の仕方くらい、いい加減覚えなさいよッ」


 すっかり化粧が完成した顔で怒鳴りながら、ミズキがドーランで迷彩模様になったあたしの顔を、化粧落としのコットンでぐりぐりと拭いていく。

「いやだぁぁぁっ! 化粧したって大差ないし、ミズキと並んでテレビになんて映りたくないいぃぃぃッ! シミができかけてるって前に言われたしぃぃぃぃっ」

「良いからあたしに任せなさいって。あんたも、4Kで映っても大丈夫なようにしてあげるからッ」

 叫ぶあたしを押さえつけるようにしながら、ミズキがすごい勢いであたしの顔にメイクを施していく。それは、まるで顔の上に新しい顔を描いていくような。その手腕に、あたしは途中で騒ぐのを止めて、鏡に見いってしまった。


「――これで、良し」

 頷くなり、ミズキがパーテーションを取っ払う。男子学生たちと沖野助教が、こちらを見ながら「おおっ⁉」と声を上げた。

「別人かよ……女って怖ぇなぁ」

 沖野助教の言う通り。ナチュラルに、目がいつもの一・五倍くらい大きくなり、毛穴も色むらもつるりと隠されたあたしの顔は、確かにベースはあたしの顔なのに、まるで別人のように感じられた。


「沖野助教も化粧すれば良いじゃないですか。今は男性の化粧だって、少しずつ市民権を得てますよ」

「いや……俺は俺のありのままを愛してるので結構です……」

 思わず素が出たのか、口調が崩れた沖野助教を、あたしとミズキはまたお互い顔を見合わせて笑い。

 いざ、戦場インタビューへと歩き出したのだった。


※※※


「――失礼します。連れてきました」

 沖野助教に案内された部屋には、鵬教官とテレビ局の人数名がすでに待機していた。大きなカメラがぐるっとこっちを向いた途端、あたしは固まりかけたけれど、すぐにミズキにしてもらった戦化粧を思い出して、前を歩くミズキを真似て胸を張った。


 インタビュアーらしい、スーツ姿の男性が「よろしくお願いしますー」とにこにこ笑いながら手を差し伸べてくる。あたしは思わず握ってしまったけれど、ミズキは素敵な笑顔を張りつけたまま「よろしくお願いします」とだけ言って、手は身体の横にぴたりとつけたままだった。


「いやー、女性のレンジャーって聞いていたから、もっと大きい感じの方々かと思っていたら。お二人ともお綺麗でびっくりしました」

 「あはは」と笑いながら、インタビュアーさんが手を引っ込める。思わずちらっとミズキを見ると、案の定、笑顔から覗く目がすでに冷たい。


 その目に気づいているのかいないのか、インタビュアーさんは笑顔で続ける。

「今、鵬さんからもお話をお聞きしていましたが、お二人ともとても優秀なようで。

 まぁ本当はいろいろお聞きしたいんですけど、時間もあまりないようなので、お話自体はサクッと聞かせていただいて。あとは、実際に訓練中の様子を撮らせていただくっていうことで……」

「はぁ……」

 そう言えば、確かに想定訓練も撮るって、沖野助教も言っていたなと思い出す。化粧は落ちちゃうけれど、まぁ代わりにドーラン塗るから良いか。


 インタビューというのは、「レンジャーを目指そうと思ったきっかけは」だとか、「訓練中に一番辛かったことは」などなど、まぁだいたい質問されるかなと覚悟していたような内容ばかりで、たどたどしくなりながらも、なんとか答えることができた。

 あたしと違ってミズキはすらすらと答えるので、インタビュアーさんもどちらかと言うと、ミズキの方に突っ込んだ質問をしていて、ちょっぴりホッとする。


「訓練中、やっぱり周りは男性隊員ばっかりで。女性ならではの大変なこととかもあったんじゃないですか?」

「……もちろん、性差がある以上、多少の避けられない部分はありますが。レンジャー小牧や他の男子学生たちと協力を重ね、今ではほとんど不自由を感じることはありません」


「多少の避けられない部分って言うと……」

 そのとき。ちらっと、インタビュアーさんの目が光った気がした。


「例えば、訓練の中で。男性隊員たちと違う部分とか――」

「いえ。訓練の内容も基準も、男子学生たちと全くの同等でした」

 やたらきっぱりと、ミズキが言いきる。ぽやっとそれを見つめるあたしに、ミズキがちらっと視線を送ってきて。あたしも慌てて、こくこくと頷く。


「そう、ですか」

 つまらなさそうに、インタビュアーさんが首を傾げ。「いえね」と頭を掻きながら続けてくる。

「これまで、まだ女性隊員がレンジャー訓練をクリアできたことがないってことで、今回は三度目の正直と言うか、上層部からも現場に圧力がかけられてるんじゃないかって話も、ちらっと小耳に挟んだんですけどね」

「え……」

 思わず声を上げかけてしまったあたしは、慌てて口に手をやり。そっと、鵬教官や沖野助教をうかがい見た。


 そう言えば――レンジャー小野田も、そんなことを言っていた。そのときは、まさかって思ったけど。でも。もしかして。


「――確かに、女性が思う存分に能力を発揮して、活躍している様を国民の方々に見てもらいたいという気持ちは……特に我々と国民の方々をつなぐ役割である広報なんかでは、特に強いでしょう」

 そう口を開いたのは、それまで黙って見ていた鵬教官だった。

「ですが、それは私たちも同じです。能力ある隊員が、性差など関係なく活躍できることが、望ましいのは当然のことです」


 鵬教官はインタビュアーさんをじっと見据えながら、静かに続ける。

「ただし、それはあくまで活躍であり、あえて性別を理由に足りない部分をハンデをつけて埋めることは一切行っておりません」

「いやぁ、でも。性別の違いによる配慮くらいは。身長や力だって違うんだし」

「我らが相手にする自然災害等は、我々の性別になど配慮してくれません。

 彼女らがここにいるのは――彼女ら自身の、正当な力です」


 鵬教官の真っ直ぐな視線と、言葉に。あたしは思わず、胸が熱くなる。


 だけど、インタビュアーさんはそれすらまるで、邪魔なもののように「はぁ」と言う気の抜けた返事で打ち払うと、すぐさまあたしとミズキに向き直った。


「今、鵬さんから自然災害って話がありましたけど。実際には、戦争もそのなかには含まれているわけじゃないですか。

 あなたたちみたいな綺麗な女のコが、人を殺すための技術を辛い訓練の中で学んだわけでしょう? そういうことについては、どうお思いです?」


 一体、何を言われているのか分からなくて。あたしはただ、目をぱちくりとさせた。

「そういう、ことって――」

 ミズキの苦い声が聞こえる。――と、思うと。その手が、あたしの肩に触れた。


「……そういう政治的な質問に対しては、あくまでわたしたちは一般の隊員に過ぎませんので、お答えいたしかねます」

「いえいえ、政治的と言いますかね。ほんと、隊員さんの忌憚きたんないご意見をお伺いしたいだけで。訓練中に、生き物を殺す練習だってしているんでしょう? そういうの、辛くなかったですか?」

「あの、ですから」

 ミズキの声に、苛立ちが混ざる。


 けれど。

 先に大声を出したのは、あたしだった。


「――あたしたちはっ! 人を殺すために訓練をしているんじゃありませんッ」


 思わず、口をついた言葉に。その場の目があたしに集まるのが分かる。

 それでも、止められない。あたしはなにも考えられないまま、ただ心に浮かぶままに、叫ぶように続ける。


「あたしたちは、人を守るための訓練をしているんです! 自分自身や、仲間や、家族や、大切な人たちや――それから、困っている人たちを、いざというときに助けるために。

 そのために、そのためだからっ、辛い訓練にだって向かってきたんです。絶対に、人を殺すためだとか、そんなんじゃないんですッ!


 ニワトリたちを食べなくちゃいけなかったのだって、辛かったですけど。

 でもあれだって、いざというときに生き残れるために、必要なことだったんです。無駄なんかじゃないんです……ッ」


 ――ハッとしたときには。痛いくらいに視線を感じて。あたしは「えっと」と言葉につまった。

 大きなカメラが、あたしを向いていることに今更意識がいって、顔が熱くなる。


「だから……その……」

「――まぁ、そういうことですので」


 あたしの言葉を拾い上げるように、鵬教官が穏やかに続けた。


「あなた方がこういったつまらない訓練にドラマを求めていることも、ましてや、決して組織として一枚岩ではないことも、理解しているつもりです。

 ですが――未来ある若い隊員のこころざしを捻じ曲げない報道だけは、約束していただけるでしょうか」


 ぐんっと威圧感を増す鵬教官に。インタビュアーさんは「も、もちろんです」とこくこく頷いた。


「僕自身だって、そんな。別に、自衛隊にはなんの含みも――」

「まぁまぁ。あなたの主義や思想はご自由ですから。

 ただ、実際に見ていただくのが一番、我らの想いも伝わるかもしれませんね」

 「も、待ちくたびれてきた頃でしょうし」と言ったのは、沖野助教だった。


「そうだな。じゃあ、早速――始めるとしようか」

 鵬教官がその場で、胸元から笛を取り出した。それが――思い切り、その場に鳴り響く。


「――非常呼集! 全員、ただちに集合せよっ」

「っレンジャー!」

 鵬助教の大声に合せて、バタバタバタと部屋に流れ込んで来たのは男子学生たちだった。どうやら、こっそり覗き見をしていたらしい。


 ぽかんとするインタビュアーたちの前で、鵬教官がにやりと笑った。


「テレビが来てるからって、指導がぬるくなると思ったら大間違いだからな。――覚悟して臨め」

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