第九話 答えはぜんぶ「レンジャー!」ですっ

9-1 サプライズですよ!

「レンジャー志鷹っ! 誕生日おめでとうッ」


 お祝いの言葉と、パンパンッと盛大に鳴るクラッカー音に囲まれたミズキは、扉を開けた状態で固まっていた。


「え……え? なに、これ」

 たっぷり数秒経ってから、ようやく目をぱちくりとさせながらうめくミズキに、あたしたちは「サプライズ誕生日パーティーですっ」と声をそろえた。


 十一月三日。

 肌寒く感じることも多くなってきて、秋というよりはだんだんと冬に向けて、季節が準備を始めている。


 想定訓練を重ねに重ね――残る訓練期間もわずかなはずだった。始まったときには二十二人いた学生は、今は十三人にまで減ってしまっている。


 最初はぎゅうぎゅうだった部屋も、今はだいぶ広々と感じるくらいだ。

 その部屋の真ん中に、コンビニで大量に買ってきたお菓子と、モンブランケーキを広げ、みんなでニヤニヤしながら、ミズキの反応を伺う。


「誕生日……誕生日ね。バタバタしてて、すっかり忘れてたわ……」

 呆然とした顔が、だんだんと難しい顔に変わり。ただ、その目がちょっとにやけているのに気がついて、みんなで顔を見合わせた。


 こほん、と咳払いを一つし。「あー」と前へ進み出たのは糸川三曹だ。


「ハッピバースデェ瑞葵ー。ハッピバースデェ瑞葵ィィィ」


 誕生日の歌をとんちんかんな音程で歌いながら、糸川三曹が包みをミズキに差し出した。それを半眼で見つめ、「なにそれ」とミズキがうなる。


「これは、同期学生みんなからプレゼントで……」

「じゃなくて、その歌」

「みんなが歌えって……俺が歌苦手なの知ってるだろっ!?」

「知ってるから訊いたのよ。まったくこれだから、変に知られるのは嫌なのよね」

 ぶつぶつ言いながらも、ミズキは包みを受け取った。


 金色の包み紙に、赤いリボン。

 ガサガサと包みを開けると、ミズキは「あっ」と驚いた声を上げた。


「これって……」

「同期みんなで作ったおそろいのティーシャツ! 背中見て、背中!」

 あたしの言葉に、ミズキがいぶかしげにシャツをひっくり返すと――。


「っ、これ」

 泣き出しそうな、怒っているような、それとも笑いを堪えているような。そんな顔で、ミズキがあたしたちに背中の部分をくるりと向けた。


 明るい黄色の生地にでかでかと、「つぶしてやる!」という緑色の筆文字。


「なによ、もう。これ。意味分かんない」

「なにって、やっぱりミズキって言ったらこれかなーって」

 「ねぇ?」とあたしが言うと、男子学生たちは、まだにやにやとこちらを見ていた。


「……?」

「まったく。あんたらもそういうこと黙ってるなんて――ずいぶん、ね」

 言いながら、ミズキがガバッとティーシャツを着る。そのまま、前面を見せつけるように、あたしに向かって胸を張った。


「え……ぇあッ!?」

 その胸元には、ダイヤと月桂冠で飾られたレンジャー徽章のマーク。

 そしてそれを囲むように――英語が書かれていた。


 ――We are Heroesぼくらはヒーローだ


 あの日。ミズキと語った言葉が不意に思い出されて。あたしは思わず、ミズキの顔と、みんなの顔を見回した。


「実は、レンジャー小牧からレンジャー志鷹の誕生日プレゼントについて、もちかけられる前に。

 レンジャー志鷹からも、訓練始めの頃だったせいで誰にも祝われないで過ぎちまったレンジャー小牧の誕生日を、なんかの形で祝ってやりたいって話があってさ」

 

 そうにやっと笑ったのは、レンジャー瀬川だった。

「だったら、どっちにもお互いのこと内緒にして作ってやれーって、な?」

 レンジャー瀬川の言葉に、男子学生たちが頷き合う。


 あたしとミズキは顔を見合わせて――あたしは、ふえっと顔を歪ませた。

「本当に、あんたってけっこう涙もろいわよねぇ」

「だっでぇぇえ……ッ」

「止めて。他人のティーシャツで鼻水拭かないで」

「あぐぅぅうううっ」


 新しいティーシャツの袋を押しつけられて、あたしは泣きながらそれに袖を通した。男子学生たちもそろって、同じティーシャツを着る。


「えへへ……なんか、良いね。嬉しいねぇ」

「これで打ち止めじゃないわよ」

 にやっとしながらミズキが手渡してきたのは、折り畳まれた小さなメモだった。


「もう一つの、プレゼント」

「プレゼント……?」

 首を傾げながら開くと――そこには、スマホの電話番号と。それから、小さく名前が書いてあった。 


 あたしが思わず顔を上げると、ミズキは優しい顔で「さっさとかけてきなさい」と囁いた。


「訓練ももうすぐ終わりでしょ。そろそろ、踏ん切りつけないと――顔、合わせずらいじゃない」

「……うん……」


 「あたしらは、こっちでケーキ食べてるから」と、ミズキにパーテーションの奥へと押し込まれ。あたしは何となく途方に暮れながら、メモを握って立ちすくんだ。


 まるでこっちのことなんて気にしてない、とでも知らせるように、パーテーションを挟んだ向こうにいるミズキたちが、ケーキに歓声を上げながらはしゃぎ始める。

 あたしは、自分のベッドに腰掛け。じっとメモを見つめてから――息を深く吐き出して。スマホの画面をタップした。


 繰り返されるコール音。それが、五回くらい繰り返されると、「はい」と柔らかい声が聞こえて。あたしは、自分の心臓が口から飛び出るんじゃないかと思った。


「あの……小牧、ですけど。えっと……」

『あぁ! アッキーかぁ』

 懐かしい呼び名に。スマホをつかむ手に、ギュッと力がこもる。


 ――小塚さん。

 小塚さんだ。あのとき、あたしのせいで……危険な目にあって、原隊復帰を余儀よぎなくされた小塚さん。


 そう考えた途端。あたしは一瞬、頭の中が真っ白になりかけて。なにを言ったら良いか分からなくなってしまった。


『元気かぁ? アッキー。またケガとかしとらん?』

 黙り込むあたしの代わりに、小塚さんが明るい声で言った。


 「ケガ」――そうだ。あのときは、あたしのケガが原因で。


「あ……の。あたし、あのとき」

『待て待て待て待てアッキー。あかん。そういうの、あかん』


 あたしが想いを口にする前に、小塚さんが早口に言葉を被せてきた。

『アッキー、俺言ったよな。後悔したらあかんよって。大丈夫か、今。まさか、後悔なんかしとらんよな』

「……それ、は」


 助教らに担がれていく前に。確かに、小塚さんはそんなことを言っていた。それはあたしも、覚えていて。


 でも。


「無理ですよ。後悔、しないなんて……。

 だってもし、あたしがあのとき、ケガさえしなければ。小塚さんは……きっと、今ごろ」

『ほんま……アホやなぁ』

 しみじみと。電話越しに、小塚さんが呟いた。ほんのりと、苦い笑いを込めて。


『アッキー。そんななんて、考えたってなんの意味もないやろ。そんな意味のないことうじうじ考えとるなんて、アホとしか言えんわ』

「だって……」

『だって、とかもいらんわ。ほな、アッキー流にって言うなら。あのとき、アッキーがケガも気にせんと、がむしゃらに飛び込まんかったら。あのおチビ、どうなってた』

「……それ、は」


 確かに。あのとき、助けなかったら。あの子は大ケガをしていたかもしれない。そんなひどい状況で、お母さんまで産気づいてしまっていたら――あの親子は、どうなっていただろうか。


『俺は、ちと死にかけたけど。まぁ誤射みたいなもんやな。すぐ生き返ったし。今もピンピンしとるしなぁ』

「そんな……」


『それに、言ったやろ。俺は、あの子を助けたアッキーの心意気にれて、手を貸そうと思っただけや。か弱いアッキーがケガして可哀想だから、だなんて。これっぽっちも思ってへんよ』

 小塚さんの言葉が、優しい。でも、そんな。気をつかわれるほどに、あたしの胸が苦しくなる。さっき、みんなといるときに込み上げてきたのとは違う涙が、あふれてくる。


「あたし……あたしっ、小塚さんと、一緒にレンジャーになりたかったんですッ! 一緒に、苦しい道を歩いてほしかった……隣で支え合いたかったッ! 最後に……一緒に、笑いたかった……っ」


 思わず、吐き出した言葉は。掛け値なしにあたしの本音で。言ったって、どうしようもないことで。でも。


『……甘ったれんなよ』

 電話越しの声が。ピリッと、険しさを帯びて。あたしはびくりと、肩を震わせた。


『おまえの道は、おまえだけのもんや。そして俺の道も、俺だけのもん。

 俺は、あのとき最善を選んだんや。それを、あとからこうしたかった、ああしたかっただなんて、駄々こねたらあかん。ジャンケンやって、「やっぱりグーだせば良かったなぁ」って、あとからぐちぐち言うようなもんやで』

「……はい……」

 そう言われてしまうと――なにを言っても、情けないばかりで。喉元まで出かかっている「でも」や「もし」を、あたしはぐっと飲み込んだ。


『最善を尽くしてもダメなら、あとは運と縁や。今回は、どうしても縁がなかっただけの話で。けどな、俺、運は良かったと思っとるよ』

「なんで……です?」

『そりゃ、アッキーがそばにいてくれたからなぁ。おかげで、死にぞこなったわけやし。臨死体験なんて、貴重なネタができたわぁ』

 あっけらかんとした小塚さんの物言いに。あたしは、口元だけでちょっぴり微笑んだ。


 小塚さんは、『だいたいなぁ』となおも続ける。

『アッキーはもっと胸張るべきなんやで。だって、俺のこと助けてくれたしな。アッキーが助けてくれんかったら、原隊復帰どころか現世復帰もできへんかったもんな』

「そん、な」

『ほんまよ。ほんまにアッキーは――俺の、命の恩人やで』


 そんな――ふうに。

 そんなふうに、思っていてくれたなんて。

 そんなふうに、思って、良いのだろうか。


 また、「だって」が鎌首をもたげる。

 「だって」あたしが、そもそもの原因だから。そんなふうに思ってもらう資格なんて、あたしには。


『アッキーが頑張ったから、あのおチビは今頃たぶん、元気に兄ちゃんやってて。あのお母ちゃんも、やぁらかい赤ちゃんを笑顔で抱っこしてて。そんで、俺もこうしてへらへら笑えてて。

 アッキーはまるで、正義の味方みたいやなぁ』

 その、温かい言葉は。あたしの「だって」を振り払って。心の深くて柔らかいところに、つぷりと優しく突き刺さった。思わず、真新しいティーシャツの胸元を、ぎゅっと握る。


「あ、あたし」

『ほんまやで。自信もちぃ。

 あ、それになぁアッキー。なんか勘違いしとるようやけど。俺、諦めてへんよ?』

「え……?」

 思わず、スマホを握りながら首を傾げるあたしの動作を、目の前で見ているかのように、小塚さんが笑う。


『俺、またレンジャー訓練挑戦するからな。来年は無理でも、再来年。レンジャー糸川みたいにな、根性出すわ』

「……っはい」

 そんな、小塚さんの前向きな言葉は。あたしの丸まりかけていた背中を、ぐっと押してくれて。思わず背筋を伸ばすあたしに、小塚さんは続ける。


『だからな、アッキーも残りの訓練、最後まで頑張れよ。負けたらあかん。自分の心に、負けたらあかん。最善を尽くして――胸を張るんやで。

 ええか?――レンジャー小牧』


 その真っ直ぐな問いかけに。あたしが答えられる言葉は、一つだけだった。

 わだかまっていたものを吐き出すように、胸を張って。スマホを片手に敬礼する。


「――レンジャー!」


 「帰還式で待っとるで」と、温かい言葉が耳を打つ。あたしはぽろぽろ涙をこぼしながら、「はいっ」と何度も、何度も、頷いた。

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