8-4 きっと、合流できますよね!

「よい……しょっ」

 重い地雷をあたしがセットすると、その上にミズキが訓練用の爆薬を置いた。


 伏撃地点はカーブを描く道で、もういくらかすると、標的である物資輸送トラックが通ることになっている。


 茂みに戻ると、糸川三曹が爆破スイッチを握ったまま、じっと前を見つめていた。

 そんなに見てなくても、まだ少し時間がありますよ、と。そう、声をかけようとすると。


「――あいつはバカだから大丈夫よ」

 ミズキがぼそりと、呟いた声に。糸川三曹がちらっと視線を向ける。

 ミズキは小銃を用意しながら、特に糸川三曹を見るでもなく。淡々と続けた。


「バカだから、あきらめるなんて知らないし。バディに追いつけって言われたんだから、追いつくでしょ」

「……あぁ」


 小さく、糸川三曹が頷く。

「もっと早く、気づいてやれば良かった。……いや、本当は、気づいてはいたはずなんだ」

 「けど」と。糸川三曹は遠くを強くにらんだ。


「俺……怖かったんだ。もし、瀬川の荷物を肩代わりしたら……ここで、自分の方がダメになるんじゃないかと思っちゃって。なかなか、言い出せなかった」

「……あんたもバカね」

 溜め息をつきながら、ミズキがこぼすように言う。ただ――隣で見る限り、その目はほんのりと笑っているようにも見えた。


「誰だって、そんなの怖いに決まってるじゃない。だって……全然、他人ひとごとなんかじゃないもの」


 ――それは確かに、その通りで。

 ここでは、誰が次に倒れたっておかしくない。例えばそれが、あたしじゃないなんてことも、誰にも言えない。


瑞葵ミズキ、俺――」

「レンジャー糸川、そろそろ集中した方が良いわ」

 ミズキは軽く手を振って言いはなつと、小銃をキッと構え直した。偵察が、「来るぞ!」と駆けてくるのを見て、あたしも慌てて小銃を構える。


 先に来たのは警戒車輌だった。それをやり過ごすと、後ろから助教たちが乗った物資輸送トラックが走ってくる。


「……っよし!」

 タイミングを見定めて、糸川三曹が爆破スイッチを押すと、大きな音と共に爆煙が上がった。


「撃てッ」

 戦闘隊長の合図で、あたしちは一斉に空砲でトラックを撃って――撃ち続けた。


 一分もした頃、笛の合図で撃つのを止める。静かになったトラックは、別のバディたちが探って中を確認し、爆破する。


「全員離脱っ!」

 三度目の合図。あたしたちは一斉に走りだし――拠点を目指しながら、きっと、レンジャー瀬川が合流していることを願った。


 きっと、そろそろ追いついてきてるはず。そしたら、一人で頑張って歩いてこれたこと、たくさん褒めてあげないと。


 そう言えば、レンジャー瀬川は途中でバディも変わって、それでもここまで、マイペースに頑張ってきて。

 そうだよ、彼女にもこれだけ頑張っていることが伝わったら、もしかして仲直りできるんじゃない? むしろ、惚れ直されたりして……あぁ、そうだ。この訓練が終わったら、そう話してみよう。きっと、レンジャー瀬川だって喜ぶはず――。



 なのに。



「まだ、合流してないんですか?」

 拠点に戻ると、レンジャー瀬川はいなくて。助教に糸川三曹が確認しても、首を横に振られるだけだった。


「……もう出発だ。行くぞ。回収予定時刻に間に合わなくなるぞ」

 助教の言葉に、あたしたちは顔を見合わせた。糸川三曹が、ぎりっと食い縛りながら、「レンジャー……」と呟く。


 隊列が歩き出す。回収場所へ向かうには、往路とは別のルートを通ることになる。そのため、遅れた仲間を途中で拾う、ということもできない。


 あたしは、来た道である黒々とした森の中を、何度も振り返った。

「レンジャー小牧、落ちつきねぇぞっ! 規律を乱すんならここに残れッ」

 助教の怒鳴り声に、あたしはびくりと肩を震わせて、前に向き直った。


 悔しい。また、仲間を失うなんて。置いてかなきゃいけないなんて。


 でも、あたしがここで残ったって。たぶん。そんなのは意味のないことで。ただの感傷で。小塚さんに助けられたことも、ミズキと支え合う約束も、全部ムダにしちゃうことで。


 それとも、単にあたしが――ここまできたあたし自身の頑張りを、ムダにしたくないだけなの? 単なる保身に、他人を巻き込んだ理由づけをしているだけなの?


 あたしは、小塚さんに命をかけて守られたのに。あたしは――仲間であるレンジャー瀬川を、命かけて守れないの?


「あ、たし」

 口を開きかけたあたしに、「止めなさい」と鋭くミズキが囁く。

「あんたのそれは――ただの、自己満足だから。あんたを巻き込んで、原隊復帰になったとき……一番救われないのは、誰だか考えなさい」


 ぎくりと、身体が強ばる。

 あたしは――また、振り返りかけた顔を前に引き戻して。カサカサの唇をグッと噛みしめた。


 前を行く糸川三曹を見る。また、バディを失うことになって。今、どんなに苦しいだろう。

 やっぱり後ろ髪引かれるのか、ちらっと後ろを振り返っていて――。


 その目が。大きく、見開かれた。


「――ッ瀬川!」

 糸川三曹が、掠れた声で叫ぶ。一斉に、全員が山を振り返った。

 木々の間から、迷彩服姿の人影が、ふらふらと歩き出てくる。


「レンジャー糸川ァ!」

 人影が。レンジャー瀬川が、叫ぶ。


 自分自身の荷が重いのと、身体も限界なせいか、糸川三曹は駆け寄りこそしなかったけれど――追いついてきたレンジャー瀬川に、手を伸ばした。


「来い、一緒に……ッ」

「っ、レンジャー!」

 立ち止まっていた隊列に、レンジャー瀬川がよろめきながら加わる。


 あたしはうつむいて顔を両手で覆い、ぐっと息を堪えた。

 ポン、と細い指で背中を叩かれる。息を深く吸い直し――目線をキッと、前に上げた。


「いい加減、さっさと行くぞっ、おまえら!」

 助教が、大きな声で怒鳴る。その声に、あたしたちは顔を見合わすことすらなく――それでもそろった声が、山にこだました。


「レンジャー!」

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