6-3 気合いを入れて会食なのです!

「おまえら、なにやってんのっ?」

 約束の時間に店に着くと、先に来ていたメンバーらが驚いた顔で出迎えてくれた。


「あははは……ちょぉっとやらかしてしまいましてー」

 結局、あたしは小塚さんに背負って運ばれることで妥協し、レンジャー瀬川は隣を歩きながら百均で買った氷のうを、あたしの捻った右足首にあててくれていた。


 レンジャー訓練の後半戦とも言える「想定訓練」に向けて団結力を高めるという名目のもと、あたしたちが集まったのは、駐屯地近くの居酒屋で、昼間もランチで和定食を出している店だ。座敷の個室ではすでにメンバーの半数くらいが集まって、メニューを眺めていた。


「ここ、なにが美味しいんですか?」

「自分はいつも、刺身と焼き魚の定食を頼みますね。あと、別に茶碗蒸しを頼むと、イクラがのってて美味しいんっすよ」

 たまたま隣になった糸川三曹に訊ねながら、「なるほど」とあたしはメニューをめくった。向かいからは「え、みんな酒呑まねぇの?」とレンジャー瀬川の悲鳴が聞こえてくる(「呑んでもえぇけど、明日から大丈夫なん?」とは小塚さんのげん)。


「あたしもお刺身の定食にします! しばらく、ナマモノなんて食べられなさそうですし」

「ナマモンどころか、飯もほとんど食えなくなるしなぁ」

 正面に座った小塚さんがしみじみと言うのを聞いて、あたしは「うっ」と胸をおさえた。

「それなら……あたしも、茶碗蒸し追加で。あと、デザートにデラックスクリームフルーツあんみつも!」

「――あんた、そんなに食べる気?」


 不意に聞こえた声に、あたしはメニューを見ながら「うーん」と唸って答えた。

「だって普通に美味しそうだしー。今のうちにカロリーいっぱい取っておきたいし。

 ミズキは――?」


 顔を上げ。あたしは、思わず固まった。気づけば周りもみんな、口をぽかんと開けてミズキを見つめている。


「ミズキ。髪……切ったんだ?」

 「そ」と、あたしの隣に座りながら、ほとんどバリカンでそったようなベリーショートになったミズキが頷く。


「おま……ぉおおおお、おまえ! かか、髪っ!」

 激しく動揺してるのは糸川三曹で、その様子を見た他の面子はかえって呪縛が解けたように騒ぎ出した。


「ぜっっったい切らない主義だと思ってたのに、なんなんだよ急に! だったらさっさと切れば良かったじゃねぇかッ」

「俺には分かってたんだ――絶対似合うってッ! 最高かよクソッ」

「うっさいわねぇあんたら。髪ごときでいちいち騒がないでよ。必要になったら切るって言ってたでしょ」


 めんどくさそうに言い捨てる様も、キリッと引き締まって、今まで以上にカッコいい。


「で、でも! 髪は女の命だろっ?」

 糸川三曹が、あたしを挟んでミズキへ叫ぶように言った。ミズキの、朝と変わらずにきれいな眉が、きゅっとゆがむ。


「ばっかじゃないの? 幻想抱きすぎ。わたしの命は、ここに一つだけです」

 言って、ミズキは自分の豊かな胸を拳でトントンと叩いた。「おぉっ」と小さな歓声を上げた男には、前後左右から鉄拳制裁が飛んでくる。


「ミズキ、かっこいー……似合う! ちょー似合うッ」

「あんたも分かったから。音量下げて下げて」

 ミズキがツマミを回すようなしぐさをするので、あたしはむぅと口を尖らせた。ミズキは気にした様子もなく、あたしの手からすっとメニューを抜き取ると、「それで」と首を傾げた。


「あんたは、どうしたの?」

「え? あは、ははー……」

 ミズキの視線が鋭くなるのを感じて、あたしはゴニョゴニョと口ごもった。こんな失態、さすがにバディに言わないわけにはいかないのだけれど。


「実はー、ちょっと、その」

「よそ見しとる車に引かれそうになった子どもを、慌てて飛び出して助けて、くじいたんやで」

 あっさりとばらされてしまい、あたしは「ひっ」と肩をすくめた。途端に聞こえてきた「はぁ……」という溜め息が、怖い。


「あんた、ほんとバカねぇ。これから、ますますきつくなるって分かってるのに」

「う……ご、ごめん……」

 ミズキが呆れて怒るのも、仕方ない。あたしがケガをして、一番影響を受けるのはバディのミズキなんだから。あたしが、ミズキの足を引っ張ってしまうのだ。


「ごめん、あの、あたし」

「――ま、良いわ」

 あっさりとそう言い放ったミズキは、「わたし、薬膳和風カレープレートね」と注文をまとめてる男子に話しかけたりなんかしてて。あたしは、なんとなく落ち着かなくて「でもっ」と食い下がった。


「良いって、そんな。あたし」

「前にも言わなかった? わたし、あんたのそういうバカなところ、わりと好きだもの」

 そう言うミズキの目は、優しい。その目を見ていたら、鼻先につんとするものを感じた。

「でも、あたし。ミズキに迷惑……っ」

「迷惑って。レンジャー訓練なんて、お互い迷惑かけあってなんぼでしょ。そんなのいちいち気にしてたら、身体も気力ももたないんだから」


 今度こそ呆れたように言うミズキに、あたしはいよいよ涙が堪えきれなくなって、「うぐーっ」と思いきり抱きついた。

「ちょっと、なにしてんのよ。鼻水つけないでくれるっ?」

「ミズキすきぃぃいっ」

「知ってるから、いちいち泣かないの」


 「まったく」と、ミズキが背中をぽんぽんと叩いてくる。甘い香りと、柔らかな体温に、あたしは鼻をすすりながらますますむぎゅっと抱きついたのだった。


※※※


「想定訓練は、これまでの基本訓練とは種類の違うキツさがあるんだよなー」

 焼き魚の小骨を行儀よく取りながら、糸川三曹が顔をしかめて言った。


 注文した料理が運ばれてきて、それぞれ近くの席同士おしゃべりをしながら、にぎやかに食べている。

 茶碗蒸しのふたを開けると、鮮やかな黄色の表面に、粒の大きな透明感のあるイクラがたっぷりとのっていた。それをそっとすくうと、口の中で弾力たっぷりに粒が弾けて、ほんのりと甘味を感じる。

 久しぶりにゆったりと食事をすることができる――それだけで、なんだかとっても幸せだ。


「違うって、なにが違うんだよ」

 「一杯だけ」と、一人だけビールを頼んだレンジャー瀬川が首を傾げると、あたしもミズキも小塚さんも、みんなして糸川三曹に視線を向けた。


「なんて言うか……これまでは、体力的なしんどさが強かっただろ。あとは、身体能力か」

 確かに、さんざんやってきた体力調整の運動をはじめとして、体力と身体能力を問われる場面が多かった。


 その一番分かりやすいのが、先日やったばかりの武装障害走とテンマイル走の検定だ。

 これまでやってきたことの仕上げとして、練習より高いハードルのゴールを掲げられて。それをクリアできないと、想定訓練に進めないところだった。


 あたしの場合、特に十マイル走が危うくて。走りながら手に持っていた小銃を、あやうく助教に奪われそうになって、少し引きずり回されもしたのだけれど。なんとか規定の十六キロを、倒れずにみんなと走りきることができた。


「想定訓練はなぁ。確かに体力的には今まで以上にしんどいんだけど……それ以上に、精神力が問われるんだよな」

 言いながら、糸川三曹がテーブルの上にあった揚げパスタを手に取った。


「こう……折れる瞬間がさ。あるんだよ」

 言葉と同時に。パキリと、糸川三曹の手の中のパスタが折れる。


「折れた瞬間に、ダメになる。俺は前回、第五想定くらいで、それがきた」

 糸川三曹が、折れたパスタを自分の皿の上に置いた。真っ二つに折れたそれを、あたしたちは黙ってじっと見つめた。


「……ま。そう言っても、やるしかねぇもんなっ」

 レンジャー瀬川はそう言うと、新しいパスタを手に取ってカリカリとかじった。それをビールで流し込む。


「折れちゃまずいなら、折れないように気をつけりゃ良いって話だろ?」

「おまえはまたテキトウやなぁ」

「でもまぁ……その通りよ」

 意外にも頷いたのは、ミズキだった。

「根性論なんてバカバカしいとは思うけど。でも、そういう場面で確かに必要になってくるのは、そういうバカバカしさなのよね」


 「あんがい」と、形の良い唇が小さく微笑む。

「あんたみたいなのが、最後まで残ったりするのよね」

「それ、褒められてるって受け取って、良いのか?」

 なんとも微妙な顔をする、レンジャー瀬川。


「――ダメだよ」

「へ?」

 あたしの呟きで、その顔がキョトンとしたものに変わった。あたしは立ち上がって、「それじゃダメだよっ!」ともう一度言った。


「みんな、なの。みんなで合格するのっ!

みんなで最後まで残るのッ!

 協力しあって、励ましあって、支えあって……全員で、みんなでレンジャー徽章もらうのっ!

 だってあたしたち、レンジャーなんだもんっ、なにがなんでも、レンジャーになるんだもんッ」


 気がつくと。

 室内のみんなが、こっちを見ていて。あたしはまた、声が大きくなっていたことに気がついて、顔が熱くなった。踏ん張っていた右足に、ようやくじんじんとうずきを意識する。


「えへへ……しつれー……」

 すすすと沈むようにその場に座ると、「ほんと、バカ」とミズキが笑った。

「……まぁ。でも、確かにレンジャー小牧の言う通りだよな」

 糸川三曹の言葉に。その場のみんなが、こくりと力強く頷く。

 あたしはたちまち嬉しくなって、ぐっと拳を握った。


「っよぉぉし! やってやるぞーッ!」

「レンジャーッ!」

 あたしのかけ声と共に、みんなの声が一つになって。


「――お客さま方、ちょっとお声小さくしていただけますか……? 他のお客さまの迷惑になるので……」

 そっと部屋のふすまを開けた店員さんに注意されたあたしたちは、「すみませんでした……」とまたもや声を合わせたのだった。

 

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