第六話 覚悟を決めて進むのです!

6-1 ひさびさのしゃばなのです!

「これで――よしっ」

 綺麗に整ったベッド回りと荷物を確認して、あたしは胸をはった。向かいのベッドで、手鏡を片手に口紅を塗っているミズキが、あたしに視線を向けて、綺麗な眉を上げる。

「あんた、その格好で出かけるわけ?」

「ん? うん。服、そんな持ってきてないし」

 そう言って、あたしは自分の格好を見下ろした。戦闘服でも、営内お決まりのモスグリーンの半袖とジャージ姿でもなく、久しぶりの私服だ。白い半袖に、ベージュのカーゴパンツは、あたしにとっては定番スタイルだ。


「ただでさえ、髪短いんだから。もうちょっと可愛くしたら良いのに」

「えー……あたしは別に良いよぉ。こういうのが落ち着くの」

 そう言って自分の身体を抱きしめると、ミズキは「あっそ」とあっさり引き下がった。そんなミズキは、深い紺色のノースリーブブラウスに、白いスキニーパンツをはいている。おまけに、耳元では大きめのイヤリングが揺れていて、手首には太いリングをはめていた。


「……レンジャー糸川とデート?」

 あたしが訊ねると、ミズキはあっさり手を振った。

「まさか。そんなわけないでしょ。せっかくの外出日なのに」

「え、そんなわけないものなの? そういうもんなの?」

「そういうもんなの」

 きっぱりと言いきるミズキの言葉を聞いて、あたしは「へぇえ……」と唸った。それから――カーテンの向こうに向かって、声をかける。


「ですってー。残念でしたねぇレンジャー糸川ぁ」

「うん……聞こえてるから……追い討ちかけなくていいっすから……レンジャー小牧……」

 力のない糸川三曹の返事と、それをけらけら笑う複数の低い声が聞こえてきて、あたしとミズキも目を合わせた。あたしはへらっとし、ミズキも口の端をほんの少し持ち上げる。


 ――もうすぐ、レンジャー訓練が始まって、一ヶ月半が経とうとしている。三ヶ月間の訓練の、折り返し地点だ。


 学生も十七人に減ったところで――あたしとミズキは、一つの提案をした。


「男子と女子で、部屋一つにまとめちゃいましょう!」


 これまでの訓練中、男女で部屋が別れていることで、いくらかの不自由さをあたしたちは感じていた。


 例えば、室内にいるときに非常呼集がかかった際、いちいち男子学生の誰かが、あたしたちに知らせにこなければならなかった。一分一秒を争うなかで、それは確かに手間でタイムロスにつながっていた。


 また、訓練も後半になると「想定訓練」が始まり、訓練内容が複雑かつ高度化していく。そうなると、またみんなで物を買い足したり、それの保管位置を決め直したりと、バタバタ慌ただしくなる。同じ部屋なら、隙間時間にそういうことができるので、とても便利だ。


 そして、なにより。みんなになにかあったとき、一緒の部屋にいれば衛生のあたしが少しでも早く対応できる。


 ――あたしたちの提案に、「それはちょっと」と拒否反応を示したのは男子学生たちの方で、「あんたら意識しすぎ」「別にあんたらがこっち覗かなきゃ良いだけの話でしょ」とミズキが淡々と説得した(一番反対したのは糸川三曹だったけれど、それは「うるさい」と一言のもとに切り捨てられてしまった)。


「合理的に考えたら、一つの部屋に集まっていた方が良いに決まってるじゃない。配慮されてる側が構わないって言ってるんだから、ぐだぐだ騒ぐんじゃないわよ。

 まさかこんなかに、『だったら覗いても良いってことだよな』なんて馬鹿な勘違いする野郎はいないでしょ? 大丈夫。あたしたちもあんたらの着替え覗かないから」


 ――かくして、あたしたちは部屋の一番奥にスペースを確保し、男子らとの間には簡易の移動式パーテーションが置かれた。


「そっちは終わりましたかー?」

 パーテーション越しに声をかけると、「おーっ」と返事があり、あたしたちはパーテーションから出た。

 男子学生全員が、私服姿でこっちを見ている。


「レンジャー小牧……おまえ、もうちょっとさぁ」

「ええっ! レンジャー瀬川までそういうこと言いますかっ?」

「あかんよーレンジャー瀬川。彼女でもない女の子にそんなことゆーたら、モテへんよー」

 笑いながら言う小塚さんに、注意されたレンジャー瀬川がむっとした顔をする。


「モテなくはないぞ、モテなくは」

「せやな。レンジャー瀬川はモテモテや。彼女もおるしな」

「そうだよっ可愛い彼女がいんだよッ! ぅ、うう……」

 怒ったかと思うと、今度は急に泣き出してしまったレンジャー瀬川に、あたしとミズキは顔を見合わせた。こそっと、小塚さんに「どうしたんですか?」と耳打ちする。


「今、ほとんど連絡もとれへんやろ。愛の試練やなぁ」

「あー、フラれたわけね」

 ミズキがばっさり言うと、レンジャー瀬川がキッと顔を上げた。

「まだフラれてはないぞっ! ちょっとすれ違ってるだけだッ!」

「――なぁ。そろそろ行かないと、時間なくなるぞ」


 糸川三曹の言葉で我に帰ったあたしたちは、慌てて部屋から出た。そのまま、助教らのところへみんなで向かう。


「部屋の整理終了しました。総員十七名、事故欠員なしで、これより外出いたします」

 糸川三曹の報告に、沖野助教が「あぁ、行ってこい」と頷く。あたしは横からひょいと顔を出した。


「お土産買って来ますねっ!」

「そういうのは宣言せずに、黙って買ってこい。黙って」

 シッシッ、と追い払うようなしぐさをする沖野助教と、奥でクックッと肩を揺らしている原助教に「レンジャー!」と敬礼し、あたしたちは駐屯地をそそくさと後にした。


※※※


「しゃばー! 久しぶりのしゃばの空気ッ」

「レンジャー小牧うるさい」

「声大きいのよあんた」

 すっきりと晴れた青空の下。

 門の前で思いきりのびをするあたしに、みんなが批難の目を向けてくる。思わず縮こまったあたしを無視して、糸川三曹を中心に話が進む。


「じゃあ、一二三〇ひとにさんまるに、予約した店で集合な」

「レンジャー」

 なんとなく口癖になってしまった返事をみんなでして、とりあえずのそれぞれの目的地へ行く。


 元々ここに原隊があるミズキは「あたし、用事あるから」と、さっさと出掛けていき、糸川三曹にいたっては地元らしく「ちょっと実家に顔出してくるわ」と、歩き出した。こっそりデートするんじゃないのかな、とまだ疑っていたのだけれど、そんなこともなく正反対に向かっていく。


 そんな感じで、ここの土地に馴染みのある学生はそれぞれの目的地へと出かけていき、よそから来たあたしや小塚さんら数名の学生らは、特に会う相手も行く場所もないため、これから必要になるものをグループに別れ、買い出しに行くことになった。


「まず百均かなぁ」

「あとあと、お土産も買わなくちゃです!」

 あたしと小塚さんが話していると、レンジャー瀬川が「土産なら、百均の向かいにちょうど良い店があるぞ」と、進行方向を指差す。


「甘いもんも、つまみみたいなのも売ってるから――なんだよ、レンジャー小牧」

「レンジャー瀬川、ここの方じゃなかったでした? 自由行動しなくて良いんですか?」

 あたしが首を傾げると、レンジャー瀬川は「ふんっ」と胸を張った。


「土地勘のないおまえらだけじゃ、買い出しも大変だと思ってな。ついてってやるよ」

「でも、せっかく外出できるんだから、彼女さんと会ってくれば良いのに」

「うるせぇよ……」

「会いたくても会ってもらえんのやろ」

「うるせぇよッ!」

 怒鳴りつつも涙目なレンジャー瀬川がなんだか可哀想になって、あたしはなんと言って良いか分からず言葉を探した。


「まぁまぁ、彼女さんとはお互い愛し合ってるんでしょう? きっと分かってくれますよ」

「ぅうう……」

「アッキーはピュアに残酷やなぁ……」


 何故か余計に落ち込みだしたレンジャー瀬川の回復を待つこと五分。あたしたちは、ようやく目的の百均へと向かって歩き出したのだった。

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