5-4 理不尽のかたまりです!
じゅうじゅうという音。焦げ目のついた肉を、疲れきってぷるぷると震える手に持ったスプーンで、口に運ぶ。肉は、噛んでも噛んでも固く、もそもそと口のなかですごい存在感を放っている。そのわりに、味は素っ気ない。
正直、あんまり――いやいや、止めておこう。この肉は、自分達で捌いたあの子達なんだから……。
「あんまり……美味しくないわね」
「レンジャー志鷹ッ!! そんなこと言っちゃだめっ、これは可愛い沖野のお肉なんだからっ!」
できるだけ小声で注意したつもりだったけど、近くに座っていたレンジャー瀬川が「はっ!?」とすっとんきょうな声を上げた。目をぱちくりさせながら、鉄板の上と沖野助教を見比べている。
「味つけがしてあるわけじゃないから、仕方ないっすね。自分は、鶏は別に構わないんですけど、こっちの蛇の方が固くて……」
「まぁ、汁もんで流し込むしかないわな」
糸川三曹と小塚さんが、話しながらなみなみに注がれたけんちん汁をぐいっと飲む。
正直、このけんちん汁の存在が、すごくありがたかった。なにしろ、他に水分があるわけでもない。ただでさえ渇いた口内――そんな中で、大量の米と肉を飲み込むのは、かなりの重労働だ。
ただ――先ほどのレースでビリになってしまったレンジャー小野田らの班は、悲惨だった。ペナルティとして、けんちん汁を与えられなかったのだ。そのわりに、米の盛りはすさまじくて、ちらっと見ただけでも燃え尽きてる雰囲気を醸し出している。
対してあたしたちの班は、ボーナスとしてけんちん汁を何杯でもおかわりオッケーとのことで。だけどそれは、同時に鍋が空になるまであたしたちで食べきらないといけないということも意味していて、ラッキーなのか逆に負担なのか、ちょっと悩むところだ。
「ほら、おまえらもっと食えよ」
釜を抱えてぬっと出てきた沖野助教が、あたしたちの飯ごうにも米を足す。大盛りに逆戻りした飯ごうが、どっしりと重さを増した。
「レンジャー……」と返事しながらもミズキがまたすごい目をしているけれど、あたしも同じ目をしていない自信はちょっとなかった。
※※※
「うぁー……ぎもぢわるいぃぃ……」
「言わないでよ……吐きそうなの、必死に堪えてんのに」
駐屯地に戻ってきたあたしたちは、ベッドの上でぐったりと横たわっていた。急いでお風呂と夕食の準備をしないといけないけれど、身体が動かない。
今お風呂に入ったら、水圧で胃の中が押し出されそうだし、そのあとの夕食をいつもみたいに五分かそこらで掻き込める気もしない。というか、一口食べたら胃の中身があふれ出そうで怖い。
結局最後は、食べるのに必死で、鶏たちを悼むどころではなくなってしまった。どちらからともなく、はぁと息をつき。いいかげん、そろそろ動き出すかと、のっそり起き上がりかけた――そのときだった。
せっかちなノック音と共に、「レンジャー小牧ッ」と焦った声が聞こえた。
「レンジャー瀬川……ですか?」
「頼む、ちょっと来てくれ……!」
切羽詰まったその呼びかけに、あたしとミズキは顔を見合せて、急いでベッドから降りた。
扉の向こうでは、顔を青くしたレンジャー瀬川が立っていた。
「来てくれ。レンジャー小野田が、なんかヤバい」
「どんな様子です?」
あたしたちがバタバタと隣の部屋に向かうと、男子学生らが騒然としていて、その中心ではレンジャー小野田が寝かされていた。
「話してたら、急に不思議そうな顔して倒れて。ガタガタ震えてて」
レンジャー瀬川の話を聞きながら、そっとレンジャー小野田に触る。身体が、異様に熱い。
「レンジャー小野田……?」
呼びかけると、うっすら表情を動かそうとするものの、返事はない。
「もしかして……熱中症かも」
あたしはうめくように言うと、レンジャー小野田の服をまくった。「失礼します」と、ズボンも脱がせる。
「熱中症……って」
「日中、脱水気味でしたし。この部屋だって涼しいわけじゃないですから、時間差でやられたかも……すみません、扇風機の風、こっちに向けてください。――医務室には?」
「連絡してある。教官たちにも」
「じゃあもう一度連絡して、冷やすものも一緒に持ってくるようお願いしてください。あとはたぶん、医務室に運ぶようでしょうから、すぐに運び出せる準備を」
あたしの言葉を聞いて、学生達がバタバタと動き出す。程なくして、教官らと医務室の方々がやって来ると、状況と症状を確認して、担架で素早くレンジャー小野田を運んでいった。
「おまえらは、次の行動に移れ。風呂も飯も、時間がなくなるぞ。間稽古もあるだろ」
「っそ――ッ」
原助教の指示に、なにかを言いかけるレンジャー瀬川の背中を、小塚さんがど突く。他のメンバーが「レンジャー!」と声をそろえて返事をすると、原助教は部屋から出ていった。
「――っくそ! なにが次の準備だよっ。小野田があぁなったのは、助教らのせいじゃねぇかよッ」
「まぁまぁ、落ち着けやレンジャー瀬川。はよ、準備せんと。またペナルティ食らうで」
肩を叩く小塚さんの手を「うるせぇっ」と振り払い、レンジャー瀬川があたしの方に詰め寄ってくる。すっかりお役ごめんになっていたあたしは、思わず一歩後ずさった。
「なぁ! 小野田、すぐ良くなんのか? あれ」
「ええっと……どうでしょう」
誤魔化したところでどうなることでもない。あたしは、鼻の下に指を当ててうーんっと首を傾げた。
「意識障害がみられたので、たぶん、点滴してすぐに、ってわけにはいかないと思います……けど」
「――っくそ!」
レンジャー瀬川は悪態をつくと、壁をガンッと思いきり叩いた。全員の目が、そちらに向く。
「こんなことで、原隊復帰になんかなったら……マジで理不尽じゃねぇかよ……くそッ」
「――仕方ないよ」
うなるレンジャー瀬川にそう言ったのは、糸川三曹だった。その眼鏡の奥の表情は、いつもよりも読みにくい。
「仕方ない。ここは、そういうところなんだから」
「仕方ないって――てめぇッ」
糸川三曹は、変わらず無表情に続ける。
「自分らが、レンジャーになったときに派遣される場所を考えろよ。被災地も、戦場も――理不尽のかたまりみたいなもんだろうが」
「うるせぇよッ! てめぇに言われたくねぇんだよッ」
「レンジャー瀬川ぁっ! あの、落ち着いて……っ」
「糸川ッ! あんたもいい加減に止めときなさいよっ」
ミズキが糸川三曹に注意するのが聞こえるけれど。糸川三曹は、ミズキに視線をやることなく、ただじっとレンジャー瀬川を見ていた。
「その理不尽が受け入れられなかったから、俺は二年前、途中で原隊に戻ったんだよ」
その言葉を聞いた途端。レンジャー瀬川が息を飲むようにして言葉と、動きを止めた。あたしも、思わずじっと糸川三曹を見つめる。
「どんな理不尽な状況でも――最大限に能力を発揮しなきゃなんないのが、レンジャーなんだよ。最前線に送り込まれる自分らに求められてんのは、それなんだよ。
自分は……二年かけて、それをようやく呑み込めたから。だから、戻ってきたんだ――
思えば。糸川三曹は訓練が始まる前から、自分が二度目の訓練だってことを
きっとそれは、糸川三曹にとっては、苦しいことでもあったのだと思うのだけれど。プライド以上に、今回の訓練をいかに乗り越えるかっていう気持ちの方が、きっと強いんだ。理不尽にも折れない、強い心を抱えて――戻ってきたんだ。
「っくそ……」
レンジャー瀬川が、苦しそうにうなる。でもその目には、もう攻撃的な色はなくて。
あたしはその身体をおさえる代わりに、背中をトントンとさすった。
そして次の日。レンジャー小野田は、あたしたちの元に戻ってくることなく。更に二日後、訓練が終わって戻ってきた部屋からは、すでにレンジャー小野田の荷物が消えていた。
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