第18話 ペルカ(前)

「……ちゃんとしたヤマトさんの神殿もきっと建てるのですよ!」


 ワタシは力をこめてヤマトさんに言いました。

 ワタシの頭の中に感じられていた細い糸のようなヤマトさんとの繋がりは、その言葉を最後に途切れたのです。

 でもよかったのです。

 あの御山おやまでの出来事のあと、サテラ様はヤマトさんが無事だと言ってくれたのです。ですが、ずっと心配だったのです。

 ヤマトさんと話をすることができて安心したのです。

 ……ワタシ、生きているのですよ。

 ヤマトさんと話したことで、心に余裕ができたからなのか、ワタシの頭の中に今回の騒動がよみがえったのですよ。

 

◆◇◆◇◆◇


 困ったのです!


 その日……幼なじみのアマラと朝早くから山菜摘みをして戻ってきたら、父さまと母さまのようすがおかしいのです。

 とうさまは、お家の暖をとったり煮炊きをする囲炉裏いろりのまえで腕組んでじっとしているのです。その姿はいつもとあまり変らないようなのですが、なぜか父さまの周りがもやもやと薄暗くかんじるのです。

 奥の部屋からはかあさまの泣く声が聞こえるのです。ワタシは母さまが泣いている声を初めて聞いたのです。母さまは笑顔の似合うワタシの自慢の母さまなのですが……いったいなにが?


「父さま? なにかあったのですか?」

「ペルカ……、そこに座りなさい」


 父さまは囲炉裏を横に身体の向きを変えて、視線で目の前に座るようにうながしました。

 ワタシは土間から上がり父さまの前にかしこまって座ります。

 父さまは私の目を真っ直ぐに見つめました。父さまの目には苦渋の色がたゆたっています。


「ペルカ…… 今日我が家に黒羽が立った。……神のお告げだ」

「………………」


 季節もしだいに暖かみが増してきて昼には少し動くと軽く汗ばむ季節になっているのですが、父さまの言葉を聞いた瞬間、冷気をふくんだわずかな風がワタシの背中を撫でていったのです。


「前の生け贄から一〇年。村のみなも今回はだれが選ばれるのかと脅えていたが……」

「父さま……ワタシが選ばれたのですね」


 最後の言葉を言いだせないでいた父さまに、ワタシから言いました。


「……そうだペルカ、おまえが今回の生け贄に選ばれた」


 躾に厳しい父さまは、話をするときは相手の目を見るのだとよく言うのですが、その父さまがワタシの目を見ることができずに、視線を辛そうにそらせます。

 奥の部屋からガタリと音がして母さまが駆けだしてきました。


「ペルカ!! ……アナタ! 本当にペルカでないと……ほんとうに……」


 母さまはワタシを胸に抱くと、泣きはらした赤い目で父さまに訴えます。


「……ラカ。一族の掟だ――こらえてくれ。……族長が掟を破ることはできぬ……」

「でも! ……姉さまに……ペルカまで。何故わたしが生き残って……うぅ、ううぅっぅぅぅ」


 母さまはワタシを自分以外のすべてから護りでもするように強く抱いたまま嗚咽を漏らしています。

 母さまは双子で、その姉さまが二〇年前の生け贄になったと聞いたことがあるのです。ほんとうは母さまが生け贄になるはずだったのに、姉さまが母さまに眠り茸を食べさせて入れ替わって生け贄になったのだと……。


「母さま、泣かないでください。ワタシ――母さまと父さまの娘として産まれてこれて、とても嬉しいのです。悲しくないのですよ。村の役にたてるのは、族長の娘として誇りなのですよ」


 決して怖くないわけではないのです。でも、ほかの娘でなくて良かったと思うのです。幼なじみのアマラは数年前に流行病で両親を亡くして、いまは小さな妹と弟たちの面倒を見なているし、ふたつ上のラバルさんと近いうちに結婚するのです。年の近いほかの娘たちもいなくなったら家の人たちが困るのです。

 母さまはまだ若いので、きっとまだまだワタシの弟か妹を生めるのですよ。そうですねぇ、ワタシ弟が良いのです。……そうすれば……ウッ、……あれっ? つーとワタシの頬に涙がつたうのです。ワタシ……ダメっ、涙が、涙が止まらないのです。

 ダメなのです! 母さまと父さまに心配をかけるのです。


「ペルカ! すまん! こればかりは俺にもどうにもできんのだ……」


 父さまがワタシと母さまを共に抱きかかえました。その身体は細かく震えていて、父さまも泣いているのです。

 その日、……ワタシたち家族は、涙が涸れるまで忍ぶように泣いたのでした。



◆◇◆◇◆◇



「……ペルカ。我ら一族の命運はおまえの命にかかっておる。一族のためじゃ赦せ……」


 長老さまはその厳しい言葉とは違って、苦しみに耐える表情を浮かべているのです。

 いつもは村の集会が行なわれる広場には、いまは長老さまとワタシ、そしてワタシを御山の神殿跡まで運ぶ役目を負った村の戦士の人たちがいるのです。

 村のほかの人たちや、父さま母さまもこの場にはいません。――これはべつにワタシがみんなに嫌われてる訳ではないのです……。ほんとうですよ。

 狼人族はとても一族の繋がりが強いのです。この別れの辛さを――悲しさをできるだけ長引かせないようにと、母さまの姉さま、二度目の生け贄を捧げたときにみんなで話し合って決めたのだそうです。必要な最低限の者だけでそのお役目を果たすのだと。

 生け贄がワタシでなければ、長老さまのお役目は父さまが務めるはずだったのです。長老さまはこの生け贄の儀式が始まってから、族長を父さまと変るまでの三度、ずっとこのお役目を務めていたのに、結局今回もワタシを送り出す役目を担っているのです。長老さまもとても辛いと思うのです。


「わかっているのです。ペルカ、一族のためにこの命――捧げるのですよ」


 ワタシはポムと胸を叩き言ったのです。できるだけ普段と変わりなく見えるように。


「ペルカ! 早く輿に乗るんだ。行くぞ!!」


 村の戦士長、ドゥランのおじさんがわたしを乗せる輿を目線で指します。

 ドゥランのおじさんは、父さまと族長の座を最後まで争った村でも有数の戦士なのです。父さまと年齢も近くてワタシも小さな頃はよく遊んでもらったのです。

 御山の神殿跡までワタシは輿に乗せられて運ばれるのです。ほんとうは自分の足で登ったほうが早いのですが、生け贄に決まったワタシは神様の持ち物なのだそうなのです。なので神様に捧げられるまで、この身体は健やかでいないといけないのだそうです。


「ハイなのですぅ」


 ワタシが輿に座ると、ドゥランのおじさんとその仲間の人たち四人が輿の四隅の担ぎ棒を持ち肩へと担ぎ上げます。


「では長老、行って参ります。みな、行くぞ」


 挨拶もそこそこに、ワタシは輿に乗って村から御山へと運ばれていきます。

 輿を担ぐ人たちの後ろに三人、ワタシと一緒に捧げられる供物と最後の晩餐と呼ばれる。ワタシが捧げられるまえの食事を運ぶ人たちが大きな荷物を担いで付いてくるのです。

 村の山側の門を出ると、茂みの奥に視線を感じました。輿を担ぐみんなの目線より高いから気が付いたのですが、そこには真っ赤に腫らした目から涙を流して、もの言いたげにこちらを見ているアマラがいたのです。

 アマラ、ワタシは大丈夫なのですよ。

 ワタシは、その想いをこめた笑顔をアマラに向けたのです。



◆◇◆◇◆◇



「ハグハグハグッ、モグモグ、モゴッ!? ゲホゲホッ!」

「そんなに焦らんでも、食べ物は逃げねえぞ、――まったくおまえはきもが太いのかバカなのか……」


 最後の晩餐、見たこともない豪勢な食事を掻き込むように口に運んで、思わず喉に詰らせたワタシを見て、ドゥランのおじさんが呆れ顔をこちらに向けます。


「……ごめんなさいなのです」

「いやっ、怒ってるわけじゃねえよ。最後の食事だもっと味わって食べたほうがいい」


 そう言いながらおじさんは骨付き肉をガブリと噛み切ります。アアッ! あれ狙ってたのですぅ……。

 生け贄の最後の晩餐は、その贄を運ぶ人たちもご相伴にあずかることができます。ドゥランのおじさんはワタシの目の前で一緒に食べているのですが、ほかの人たちはやっぱり気まずいのか少し離れた場所で食べています。


「ラカも――ルカにペルカ……肉親を二人も生け贄に召されることになるとはな……」


 ルカ? 母さまに双子の姉さまがいて、その姉さまが生け贄にされたという話は聞いたことがあるのですが、姉さまの名前がルカというのは初めて聞いたのです。


「………………おじさんは、父さま母さまと幼なじみなのですよね。おばさま……ルカのおばさまはどんな人だったのですか?」


 ドゥランのおじさんは、少し上を見て昔の記憶を思い出すように考えこむと、ゆっくり話しはじめました。


「……外見はさすがに双子だけあって、ラカとそっくりだったな。だが――ルカはおてんばでな、俺もフォウルもガキの頃は子分扱いだったなぁ」

「父さまとドゥランのおじさんが子分なのですか!?」


 父さまとドゥランのおじさん、二人とも一族でいちにを争う戦士なのです。その二人を子分……母さまと同じ顔……だめです想像することができないのです。


「ラカが白百合だとしたら、ルカは鬼百合……。いや、俺の表現力がおいつかん、とにかく活発で爪牙闘士としても、ルカが生きているあいだに、俺もフォウルも最後まで勝つことができなかった」

「そうなのですか……」

「……そうだな、雰囲気だけでいえばペルカ、おまえのほうがルカに似てるな」


 その言葉を聞いたとたんボロリとワタシの目から涙が零れたのです。ワタシは、下を向いて近くにあった骨付き肉を掴むと一心不乱に齧り付きました。


「オイッ、俺に話を振っておいて、アアッ、それは俺が狙っていた! ………………」


 おじさんは、ワタシに合わせてくれたのです。それは離れて食べている人たちにワタシの涙を気付かせないため、彼らに気遣わせてしまったら、ワタシが心苦しく思うとわかっているからなのです。戦士長として村の男たちを纏める実力はだてではないのです。


 母さま……ワタシは母さまの悲しみがわかっているつもりだったのです。ワタシも母さまとお別れするのは辛いのです。でも、ワタシが母さまの姉さまに似ているとドゥランのおじさんは言います。それにルカという名前。ワタシのペルカという名前もその姉さまからとっているのでしょう。だとしたらおばさまに似た雰囲気に育ったというワタシを見ていて、母さまはどう思っていたのでしょう……、そしてまたそのワタシを生け贄として失う母さまの心の内にはどれほどの悲しみが渦巻いているでしょう。過去の悲しみまで二重、三重に襲ってきているのではないでしょうか。

 ああッ! 母さまとあと一度だけお話がしたいのです!

 ――でもワタシはその思いを悟られないように、手近にある食べ物を端からお腹に詰めていきました。

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