幕間1

第17話 第56億7823回 従属神会議

※ この話は、神々の制約により、まだ大和と面識のない神の名は匿名でお贈りしております。


「これより『第56億7823回従属神かみさま会議』を開催する」

 いかめしい声が、会場となっている天上の神殿に響いた。

「堅いぞ識神しきしん!」

「ええぃウルサいぞ闘神!」


 識神と呼ばれた神は、深いしわをそのかおに刻んだ老齢の神だ。(もっとも神は年齢など自由に変えられるので、見た目どおりの年齢ということは無いのだが)

 この神は、古代ローマ時代のトガに似た長衣を着込んでいる。

 闘神と呼ばれた神は、とにかくデカかった。3メートルを超えた肉体を持っていて、しかも、肉体のバランスは闘士と呼ぶに相応しい絶妙な筋肉の付き方をしている。無駄な脂肪も筋肉も無い。正に戦うために研ぎ澄まされた肉体だ。外見は働き盛りの壮年の雰囲気をまとっている。

 身体には、上半身をさらすような状態で左胸の辺りを守る革甲かわよろいをまとっている。下半身も革甲で見た感じはローマ時代の剣闘士といった感じだ。

 識神と呼ばれた神が会議を主導しているのか、大きな円卓にわらわらと座っている神々の前で、会議の開催を宣言した。識神と闘神のやり取りはいつものことなのか、他の神々からは見事にスルーされていた。


「ところでよ、今日の会議の議題。主神アイツが呼んだっていう主神代理ヤロウはどんな感じだ? サテラ」


 闘神が、前置きはいいという感じでいきなり主題について問い正した。


わたくしも気になります。かの者の動きによってはいくさも始まりましょうし」


 言ったのは、戦女神か。


「おいおい、地上はまだまだ主神のヤロウが起こした大崩壊でそれどころじゃ無ぇだろ。まだ、建築ラッシュも始まって無ぇんだぞ」


 この声は、築神ちくしんという建築を司る神のものだ。


「そうですね……。見所はありそうです」


 サテラは、他の神々が口々に話しているなか、質問を口にした闘神に向かって答えた。


「採点が甘いんじゃないか」

「地上で……、彼の巫女を手に入れるためではありますが。その者のために一度死にました」

「……ほお。死にやがったか、子供達やつらのために」


 闘神の眼に光が走る。なにやら獲物でも見付けたような輝きだ。


「天界で目を覚まして、腰を抜かしていましたが」


 サテラが、悪戯染みた笑みを浮かべていった。


「お前は、また悪い癖を……。主神の側に仕えてから神柄が悪くなったのぅ。昔は素直な娘であったが……。【人化降臨】した場合は、地上で死んでも天界で復活出来ると教えておかなかったのか」


 識神は呆れた様子だ。


あの者ヤマトが、地上の子供達を導いて行くのに相応しい者なのか試してみたかったのです」

「でっ、お前の感想は?」

「そうですね……、しばらくは見守ってみようと思います」

「おおぅ、主神やつに容赦なく突っ込みを入れられるサテラ様がえらく寛容じゃねぇか」

「いえ、私も今回あの者ヤマトに付き従っていて気が付いたのです……。皆さんに一つ伺いたいのですが。主神様が居なくなったことによって、何かお問題の起きておられる方はいらっしゃいますか?」

「「「「!?」」」」


 サテラの放った言葉に、その場に居た神々は固まった。


「「「…………」」」

「……今のところは」


 戦女神は静かに。


「有るわけ無ぇだろ」


 築神は投げ捨てるように。


「いえ、反って仕事がしやすいような」


 陽行神は、少々納得がいかない感じで。


「「「「…………………!!」」」」


 神々が、何かに気付いたように目を見開いた。


「「「「「考えてみれば、問題を起こされることは有っても、助けて貰ったことなど無かったような……!?」」」」


 その場に居た神々の言葉は見事にそろった。 


「……ならば、あの者ヤマトがいかなる神に育つか見守るのも、一つの手ではないでしょうか?」

「成るほどな。それもまた一興か。――良いだろう。おいサテラ、そのヤロウヤマトの能力を教えな」


 闘神が、サテラの提案に乗り気になったようだ。


「今は、このような状態です」

「……あぁ? 主神のヤロウ、どういう基準でコイツを選んだんだ? いくらなんでも……おい? 本当にこんなヤロウが。主神代理なのか。これじゃあ、【人化降臨】で地上に降りる度に死んじまうだろ」


 闘神は、大和の能力値に目を剥いている。


主神あのかたの言葉が確かならば、異世界の人族としては並の者だそうです。ただし、あの者の産まれた国は生き残るために力で戦う時代はすでに遠い過去のものです」

「確かに、我々、神が地に降りるということは、地上の子供達に罪が無いならば。すなわち地上のわざわいをしずめる手助けをするということ。人の身に化生しようとも、災いの地にいたらねばなりません。たとえ我が眷属であるサテラが傍らに仕えているとしても、心許ないですね、その力では」


 戦女神が闘神の横で大和の能力値を目にして言った。

 戦女神は、サテラが天界で着込んでいる銀光を放つ甲冑かっちゅうよりもさらに豪奢な、金色の甲冑を着込んでいる。大和が見たらきっとツッコんだだろう。


「よしっ決めた! 俺がしばらく鍛えてやろう。サテラ、主神代理ヤロウは主神の神殿域に居るんだな」


 闘神はサテラに言い放つと、サテラが答え返す前に識神の神殿を出て行ってしまった。


「まったく、闘神あの方せわしのないこと。あれだから、いくさの神に成れないのでしょうね。闘士や戦士の守護神としては優秀なのでしょうが……」


 戦女神の言葉は辛辣だ。


「それでは、私も所用が有りますのでそろそろおいとまします。サテラ、かの者をしっかりと育てなさい。この世界の行く末を左右するかもしれないのですから」


 戦女神はサテラの目をしっかりと見つめてから、その視線を識神に向けて軽く会釈をしてから神殿を出ていった。




 従属神かみさま会議が終わり。会議を主催する識神の神殿に残っているのは数柱の神だ。


「そうじゃ、サテラ。お主――主神代理あの者と初めてうたとき。主神の力を抜き取ったであろう」


 識神は思い出したように言った。彼は神々が少なくなるのを待っていたようだった。


「……識神様は誤魔化せませんか……。はい、たしかにあの者ヤマトとわざとぶつかり、その時に……。あの時はまだ神の力のことを全く理解していませんでしたので、気付かれずに抜き取ることができました」


 識神。この神はこの世界で知識を司る神だ。主神を除けば、異なる世界を覗くことができる力を持っているのは彼だけである。この世界となれば、契約による不可視と上位神の特殊な力で守られていない限り、覗けぬものなど在りはしない。


「何故そのようなことをした。主神の意思に背くようなことを」

主神さまあのかたは、やり過ぎなのです! あの時点で神のレベルを10に神力1000などと!! あれでは。あの者ヤマトの世界のゲームという娯楽と同じように地上の子供達を扱いかねません。それこそ主神さまあの方と同じように…… 私は、あの者ヤマトに先ず地上を見せたかったのです。地上の子供達がそれぞれにあの苦しい地上で懸命に生きているのだと」

「それで、主神代理あの者の命を危険にさらしたわけか……。お主、アースドラゴンがあの場所に潜んでおったと分かっておったであろう。主神代理あの者も狼人族の娘も危険にさらしたのは感心せんのう。お主も知っておろう。あれでは主神のやりようと変わらぬではないか。それに、いくら【人化降臨】といえども、【天界復活】の後使いは危険を伴う。それも、あの時点では主神代理あの者、神力1であったのだろ? この世界に根付いてもいない主神代理あの者がこの地で死したら、それは存在の消滅になるのだぞ」


 識神の言葉は静かだが、その声には責めるような色がある。


「我が身に変えてもあの者ヤマトは守るつもりでおりました!!」

「ふむ、確かに。守りはしたが、あの時の力とて主神の力を使ったものであろう」

「そっ、それは、確かにそうですが……」


 確かに、サテラは地上で大和が死んだときにペルカと大和の契約を成すまでの間、大和の魂をつなぎ止めていた。だが、そのために大和から抜き取った主神の神力のほとんどを使い切ってしまったのだ。


「識神どの、あまりいじめなさりますな。彼女のおかげで私の子供達も助かったのですし」


 二人の横合いから、すずやかな声がかかる。

 どこか、日本の着物が似合いそうな雰囲気の黒髪の小女神だ。女神という言葉から素直に連想される美しく優しげな雰囲気だが、細い目が狐を連想させる。頭の上にも狐のような耳が在り。腰の辺りには稲穂のような黄金色こがねいろの尻尾も見える。その尻尾は12本と東洋辺りの妖怪よりは奮発ふんぱつされていたが。


森獣神しんじゅうしんさま! このたびは、あの者ヤマトが森獣神さまの子供達のひと部族を加護をすることとなりました。未熟だとは思いますが、私もできる限りの力を尽くします」

「よいのですよサテラ。私は創造うみだしはしましたが、基本的にはそれだけの関係ですし。確かに気にしてはいますが、全ての子供達に加護を与えることは不可能なのですから」


 サテラの生真面目な言葉に、森獣神は鷹揚おうように答えた。


「有難うございます。しかし、あの者ヤマトの為にもなりますし、力を尽くさせます」

「ところでサテラ。もう一つ報告せねば成らぬことがあるのでは無いかな?」


 森獣神と話すサテラに、識神が声を掛ける。


「識神さまは、そうだと思うのですか?」

「お主とて、そう思っておるのだろ?」

「お二人して、言外の会話をなさっているようですが、私にも説明頂けますか? どうやら、今回の事件に関係のある事柄のようですし」


 識神とサテラの遣り取りに、森獣神が察したように言葉を掛けた。


「今回の事件、アースドラゴンが関わって居たのですが、かの者が、『我が主のために……』と」

「『我が主』か、まさか魔神がもう動き出しているというのかのぅ……厄介じゃ」

「確かにこれまでの例から見ても早すぎますね。ならば、主神代理あの者を早く育てねばなりませんね。……私も何か協力しましょう」


 魔神の言葉を出した識神は皺深い顔に更に皺を寄せて考え込む。


「そういえば、識神さま。あの者ヤマトのことですが、一つ不思議な事がありましてうかがいたいことがあります」

「何じゃな?」


 異世界からきて神になった者に、不思議なことがあると聞いて識神の顔に、興味の色が湧いた。


「実は、彼自身、気付いているかどうかはわかりませんが。あの者ヤマトのスキル【サーチ__】のことです。本来ならば人のスキルでは他人の能力値のが関わる情報は見えないはずなのに、あの者ヤマトには見えているようなのです」


 サテラの話に、識神はしばらく考え込んだ。


「ふむぅ、なるほどの。それは、たぶんお主が主神の力を抜き取ったときに【サーチ】の上位スキル【神智しんちの瞳】の力が不完全ながら残ったのではないかな」

「そのようなことが起るのですか?」


 隣にいた森獣神が疑問の声を上げた。

 それももっともだった。サテラも答えた識神ですらも、今までそのようなことは聞いたことが無かったからだ。


「なにぶん、主神代理かの者は異世界から降臨した初めての神じゃからのぅ。何が起きてもわしは驚かんぞ」


 こうして、異世界からやってきた神。ヤマト神(別名:異世神)に対して、一つの疑問が産まれたところで『第56億7823回従属神かみさま会議』(別名:主神に対する愚痴大会)は本当に終了した。

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