第19話 ペルカ(後)

 グーーーーーッ、グルッ、ギュルルルルルゥゥゥゥゥ~~~~ッ


「……おっ、……お腹がすいたのです」


 最後の晩餐のあと、身体を上向きにして四肢を革紐で杭に繋がれたワタシは、すでにこの状態で四日以上放置されていました。

 神様が現れる様子も無いのです。

 はじめのうちはひとり残された恐怖と、いつ神様が現れるのかと全身を強張らせて緊張していたのですが。

 一日経ち、二日経ち、三日、四日――何も起こらないのでワタシの緊張も限界をむかえてしまったのです。今日は朝から晩餐の料理が頭の上をクルクルと回っているのです。

 骨付き肉、美味しかったのですぅ。あのコクはきっとイノシシだったのです。それに、麓でとれる甘い甘いチタの実。なかなか見つからないフリェの茸もあったのです。誰が作ったのかわからなかったのですが、サントという地下できる太い根を煮た煮物も美味しかったのですぅ。

 ワタシたち狼人族は、もともと森での狩猟生活を送ることが多かったからか、寒さにも強いし食事をとらなくても長く行動できるのですが水分を摂ることができないのが辛いのです。でも昨日の夜パラパラと降った雨のおかげで、ほんのちょっぴり喉が潤ったのです。

 しかしなんでしょう頭がクラクラするのです。

 夜に降った雨の影響でしょうか? あたりには白い霧がたちこめて前後左右、上も下もわからない雲の中にでもたゆたっているような不思議な気分です。

 あれっ? もしかして、ワタシ死んでしまったのでしょうか?

 小さいときに母さまに話してもらったお話に、こんな場面があったのです。

 ……うぅッ、母さま――母さまに会いたいのですぅ……


『………………ペルカ…………、ペルカ……、泣かないで……』


 視界さえさだかでないほどに白くたちこめた霧の奥にぼんやりと人の影が立ったのです。

 この声は?


「かっ、母さま?」

『………………』


 影は答えてくれません。


「……ルカおばさま……?」


 これは朦朧とした意識の中で浮かんだ、ばからしい考えであったかも知れません。

 ですがワタシの頭に、その言葉が確信のように浮かんだのです。


『ペルカ……、いましばらく我慢なさい。きっと大丈夫……もう大丈夫だから』


 それは、とても慈愛に満ちた声だったのです。


『……ワタシたちに残された最後の力をアナタに……』


 そう声が響くとワタシの中に、不思議な力が満ちてきました。それは、四つの暖かいなにか……。


『『『『……アナタは生きて……』』』』


 それは、ワタシがルカおばさまと思った声だけではなくて、四つの声が重なっているように聞こえたのでした。

 ワタシはその優しい言葉を聞きながら春の日差しのような暖かさに包まれて意識を失いました。


 そして、その翌日ワタシはあの方と出会ったのです。


◆◇◆◇◆◇


「爪牙闘士!? おまえが?」


 ヤマトさんからの神託お話しのあと、ワタシはドゥランのおじさんに爪牙闘士としての修行をしてほしいと頼み込んだのです。

 村の外れで、狼人族の若者たちに爪牙闘士として指導していたおじさんは、ワタシの話を聞くと、手に持った枝で自分の肩を軽くとんとんと叩きながら振り返ったのです。


「そうなのです!! ドゥランのおじさんに鍛えて欲しいのです」

「だがおまえ、あのヤマトと名乗った神の巫女になったんじゃなかったのか?」


 ドゥランのおじさんは、いぶかしげです。


「なったのですぅ。……でも、もっともっとお役に立ちたいのですぅ! いまは狼人族の村でお務めをするしかないのですが、この村にはワタシのほかにも巫女になれる娘は居るのですよ。ワタシは、ワタシたち一族を救ってくれたヤマトさまのことをもっとみんなに知ってもらいたいのですぅ! ……だからひとりでも外に出て行けるだけの力がいるのですよ!!」


 これは、ヤマトさんの巫女になってわかったことなのですが、巫女というか神職の資質を持った人間が判別できるようになったのです。

 あの偽神だったアースドラゴンがどうして一〇年に一度の割合で成人直後の巫女の資質を持った娘に限定して生け贄にしていたのか、サテラ様がおっしゃるには、巫女の霊力を自分の栄養としていたのだろうということでした。ただ、ワタシたちの霊力をアースドラゴンが直接取り込むことは難しく、その霊力を自分になじむように時間をかけて変換していたのだろうということでした。簡単に言ってしまうと、時間を置かないとおなかを壊してしまうらしいのです。

 だからこの村にはまだ何人も巫女の資質を持った者がいるのです。身近なところだと母さまやアマラも資質があるのです。でも巫女は神様のものなので、簡単に仕事を引き継いでもらうわけには行かないのですが、ワタシが村から外の世界へと出て行けるだけの力を付けることができるまでには、きっと誰かヤマトさんの巫女になってくれる娘を見つけるのです。

 ワタシは、狼人族の娘としては平均的な身長です。でも、ルカおばさまが父さまやドゥランのおじさんより強かったというならば、少しでも才能があるのではないでしょうか……いえ、あって欲しいのです。

 それにあのアースドラゴンとの戦いのとき、ワタシは生気を奪われ朦朧としていたのですが、見てしまったのです。ヤマトさんがあのアースドラゴンの尻尾でお腹を貫かれて倒れたのを……。

 あれから、あの場面が頭から離れないのです。

 ワタシたちのために頑張ってくれたヤマトさんが戦っていたときにワタシはなんのお役にも立てなかったのです。これは口にしたらみんなに不遜な娘だと責められると思うのですが、もし、ワタシにほんの少しでも才能があるのなら、ヤマトさんが戦うときもその傍らに立って居たいのです。


「フォルムはどう言ってるんだ。それにラカは?」


 ワタシの気持ちが本物だと理解してくれたのかドゥランのおじさんがいぶかしげな表情を改めたのです。


「父さまが、修行してもらうならドゥランのおじさんにお願いするように言ったのですぅ。自分だと、どちらも遠慮がでるからって。それから、母さまは、ワタシの思うように生きなさいって言ってくれたのです。私が自分の意志で決めた道ならば離れても悲しくないって言ってくれたのです」


 ドゥランのおじさんは、ワタシがすでに父さまと母さまから了承を得ていたことを確認して、大きく息を吐いたのです。


「……そうか、ならばいいだろう。だが爪牙闘士の修行は本来なら五歳頃から始めるものだ。おまえはすでに一二歳、並大抵の努力で村を出る資格を得られると思うなよ」

「わかってるのですよ! でもやるのです!」


 ワタシは、意気込んで答えたのです。


◆◇◆◇◆◇


「ペルカ!」


 ドゥランのおじさんに修行をお願いして家へと帰る途中ワタシを見掛けたアマラが駆けてきました。


「ペルカ! ……よっ、良かったよ~~!」


 ぶつかるように抱きついてきたアマラが顔中を涙で濡らし泣き伏します。

 そうでした。生け贄になると決まってからアマラと話せる機会がまったくなかったのでした。


「アマラ、ワタシもう大丈夫なのですよ」

「………………」


 アマラの顔はワタシの顔の横、肩の向こうにあるので表情はわからないのですがあえぐように肩をふるわせているのです。


「それにワタシ……ほんとうの神様の巫女にしていただいたのですよ!」


 ワタシの言葉を聞いたアマラがガバッとワタシの肩に手をかけて身体を離しました。


「……ペルカ、……ほんとうに? アンタ欺されてない? 村に来たときにチョッと見たけどあの男なんでしょ? 何だか情けなさそうな感じの――人族にしか見えなかったし、あの女の人が広場で説明してたときに端のほうで聞いてたけど、なんでよりにもよってあの男なの? どうしてあの凜々しそうな女の人のほうにしてもらわなかったの!」


 アマラは、半眼でワタシを心配そうに睨むと、口早にヤマトさまにたいして疑問をむけました。……うぅぅ。


「ヤマトさまは、確かに――その、チョッとおっとりしていて、たまに悪のりした感じのするところがあるのですが、やさしくて凄い神様なのですよ! 偽物の神様のことをビビシッて追い詰めてその正体を見破ったんですから!」

「ふーーーーーん」


 アマラは、相変わらずの表情のままです。

 どうしよう、信じてないのですよ!


「信じてないのですね。ヤマトさんは、ぜったいゼッタイ凄い神様のなのですよ!! わかったのですか」


 ワタシはアマラの肩を外側から掴むと――ふたりで肩をつかみ合っているので何だか変な感じになっているのですが、真面目な顔で、彼女と目を合わせて必死で訴えたのです。


「ふーーーーーん?」


 アマラの顔が、突然ニマリと歪みました。


「アンタ、……惚れたね」

「なななななななななななっ、なにを言ってるんですかアマラ!」


 ワタシは、自分の顔が熱くなるのを感じたのです。


「ふーーーん、ほーーーーっ。でもあの人って、どう見てもアンタのお父さんやお母さんと同じくらいの歳だったよね? 年上の旦那か、ワタシのラバルも年上だけどふたつだけだからね。あんたにアドバイスはできないわ……」


 アマラは、ワタシをからかっているのです。うーーーぅ、酷いのですぅ。


「でも……ホントっ、うぅッ……、ホンッドギッ、ヨガッダョーーーーーーーーーーーーーー」


 アマラはワタシを心配していた気持ちが完全に緩んだのか、またワタシに身体をよせて今度は涙だけではなく鼻水まで垂らして号泣しはじめたのです。

 ……ほんとうに、これでは怒れないのですよ。


「アマラ、大丈夫……また一緒に遊べるのですよっ、うぅっ、うクッ、うわぁああああああああああああ……」


 アマラの暖かい涙がワタシの頬に触れた瞬間、これが夢でもなんでもなく、ほんとうに――ほんとうに助かったんだと実感が込み上げてきます。

 ワタシたちは、ふたり抱き合ったまま、その場に座りこんで泣いたのでした。

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