第16話 愚者と賢者
クローディアたちが信徒と戦っている間に、コリンは敵のアジトとなっている廃屋の前に来ていた。
コリンは『愚者の書』の機能で生み出したフクロウ飛ばしている。
このフクロウの見たものはコリンも見ることができるのだ。
空高く飛んでいれば敵の反魔術の影響も受けない。
そうやって敵のアジトを見つけたのだ。
生命探知魔術で建物の内部を探る。中にいる人間はたった一人。
おそらく魔術師だが仲間と協力すれば勝てる可能性は高いと判断した。
踏み込むなら、ここで仲間の到着を待ってからするべきだ。
フクロウの目は“思わぬ伏兵”の姿を捉えた。
こうなるといつ合流できるかわからない。
もしかしたら敵の方が合流してしまうかもしれない。
コリンは思い切って単身、突入する決心をした。
扉を開けて中に入ってみると仰々しい儀式用品らしきものが並べられている。
そこそこ大きな部屋の奥に、怪しい男がいた。
男は優雅に紅茶を飲んでいる。
男はコリンの侵入に驚く様子も見せず、ただ静かに視線を向ける。
「さっきからこの建物を探っていたのは君か……」
どうやらバレていたらしい。
「手下に戦わせて自分はのんびりティータイムですか?」
「私は剣術は長けてなくてね……」
男はそう言いながらカップを置き、椅子から立ち上がる。
腰にはコリンと同じように存在感のある本を下げていた。
コリンの『愚者の書』がザワついているのがわかる。
あれは『賢者の書』で間違いないだろう。
「あなたが親玉なのですか?」
コリンはいきなり核心を突く質問をしてみた。
「何の親玉を指しているのかは知らないが、私が反魔術教団を指導する者だ」
「僕は王立魔術学院の生徒でコリン・パーシングというのですが、あなたのお名前を教えてもらえますか?」
人に名前を訊く時は、まず自分から――。
「……ジーク・ファーレンハイト」
男は素直に答えた。
もちろん本名なのか偽名なのかはわからないが――。
「この国の人の名前ではないですよね?」
もちろん、国境近くでは文化が混じり合っていたりするので、名前だけで判断することはできない。
だが、コリンには確信があった。
「…………」
ファーレンハイトは沈黙で答えた。
「じゃあ、ファーレンハイトさん、どうしてこんなことをしたのですか?」
「こんなこと? 魔術師への裁きのことを言っているのなら神の意志だ」
もちろんこの答えは単なる建前だろう。
コリンは次の質問に移ることにした。
「それで教団員はどういった人たちなのですか?」
「神の意志に従う正しき者たちだ」
「そういうことを訊いているんじゃありませんよ」
「ではなんだね?」
「身の上ですよ。貧困層が多いとか……」
「貴族が多い、それも落ち目のな。自分に魔術が使えれば“家”を立て直せたのに……そう考えて魔術師への嫉妬心を募らせた者たちだ。もちろんそれぞれに異なる事情を抱えているが、あえて大雑把に言ってしまえばそういうことになる」
予想より的を得た回答にコリンは驚いた。
(建前を捨てたのかな……)
「あなた自身は何者――魔術師ではないのですか?」
「私は魔術師などではない、むしろ逆だ」
「逆……?」
「私は聖人、神から奇跡のを与えられた聖人だ。悪魔に魅入られた魔術師と同じにしてもらったら困る」
(やっぱりそういう建前を続けるんだ……)
「なるほど……やっぱりあなた……ベリア帝国の工作員ですよね? 実行犯たちも単なる嫉妬ではなく、なんらかの見返りが用意されていたと考えるのが自然です」
「……おまえたちにはどんな見返りがある?」
はっきりとは答えなかったが、コリンはこれを肯定と捉えた。
「見返り? ただの自衛ですよ。仲間たちにはもうちょっと立派な信念があるみたいですけど」
「君たちは運がいい。魔術学院に入れたのだから」
「そして、そうじゃなかったのがあなたたちですね?」
「…………」
ファーレンハイトはまたしても沈黙で答えた。
「ともかく、これほどのことをやってしまったあなたたちを見過ごすことはできません」
そう言ってコリンは『愚者の書』を手に持った。
「ふむ、できる限りの抵抗はさせてもらおう」
ファーレンハイトも同じように本を手に持つ。
両者の周囲に多数の魔法陣が展開される。
「『愚者の書』よ! 炎で敵を焼き尽くせ――!」
「『賢者の書』よ! 氷で敵を穿け――!」
コリンの魔法陣から火炎弾が、ファーレンハイトの魔法陣からは氷柱が大量に放たれ、ぶつかり合う。
「ふむ、出力はほとんど同じか……」
ファーレンハイトは呟いた。
互いのダメージはほとんどなく、ただ建物が崩壊していた。
「じゃあ、ちょっと違うタイプの魔術でいきますよ……『愚者の書』より現われよ――
コリンが持つ本のページから連続して黒い影が飛び出した。
3匹の黒い犬である。
犬――? 確かに極めて犬に近い形状をしているが、逆に異なるの点もある。
第一にその目が紅く輝いている。
第二にその漆黒の表毛が炎のように揺らめいている。
いや、毛なのかどうかもよくわからないが、他に例えようがないのでそういう説明にしておく。
「光の剣よ!」
ファーレンハイトの周囲に多数の剣が現れた。
だが、それらの剣は鋼鉄ではなく、光を固めて作り出されたかのようである。
「
コリンの号令で
「光の剣よ、敵を刺し貫けッ!」
ファーレンハイトの命令で光の剣が動き出す。
しかし最後の1体が攻撃を掻い潜ってファーレンハイトに迫る。
そしてほぼ同時に光の剣がコリンに届こうとしていた。
「「――
そして、
そこからは両者睨み合いである。
「やはりこうなってしまったか……」
ファーレンハイトは呟いた。
うかつに魔術を使うと反魔術で無効化されて魔力を無駄に消費してしまう――その可能性が二人に魔術を使わせなかった。
この状況を打破するには仲間が必要だ。
だが来るのは敵かもしれない。
そして来たのはファーレンハイトの仲間だった。
白髪と黒髪、2人の少女だ。
コリンはすぐにこの二人がクローディアたちが戦っていた相手であることに気が付いた。
ならばクローディアたちはどうしたのか?
魔術で様子を探る――巨大な樹が視えた。
それを一心不乱に攻撃するクローディアとサニー。
クローディアはゲイルと戦ってきた時と同じように
かなり切迫した状況のようだが、とりあえず仲間の生存を知って安堵する。
「
ファーレンハイトが奇妙なことを言った。
まさかの仲間割れか――?
コリンは一瞬期待したが、それはすぐに裏切られた。
「うふふふふ……まさか」
「あはははは……私たちはあなたを助けに来たのですよ」
「意外だな……助けてくれるのか……?」
「ベリア教会に従順なものには必ず救いの手が差し伸べらますわ」
「ましてや選ばれし“聖人”となれば……」
「くくく……“聖人”ねぇ……」
ファーレンハイトは自虐的に笑う。
何か思うところがあるのだろう。
コリンに詳しい事情はわからないが、とにかく良くない状況だ。
何せ敵が一気に3人になったのだから。
「うふふふふ……コリン・パーシングさんは軽く殺しておきましょう」
「あははあは……それぐらいの猶予はあるでしょう」
「なんてことだ……敵が3人も……」
さすがに絶体絶命――そう思ったコリンだったが、ここに来て意外な人物が現れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます