第15話 白と黒
「それでは、白髪の方はワタクシが相手いたしますので、黒髪の方はサニーさんが相手してくださいまし」
「わかったわ」
「それと……マリアは逃げなさい」
「はい、お嬢様」
マリアは躊躇なくこの場所を離れた。
自分がいれば邪魔になることを理解しているからだ。
敵は二人とも剣を携えている。
それも透明――つまりはクリスタリウム製だ。
クローディアは死んだ男の
その行動に違和感を覚えたアルビーナが問う。
「あなた……どうして剣を取るのですか?」
「決まっています、アナタをぶった斬るためですわ!」
クローディアの答えを聞いて、一瞬呆気にとられたアルビーナだったが、すぐに不気味な笑顔を取り戻した。
「うふふふふ……自分を理解していない愚かな者に私は倒せません」
こちらが剣を構えているというのに、相手は剣を抜かない。
舐めているのか、それとも戦術か――?
「アナタの腰の剣は飾りですの?」
「あなたを相手にクリスタリウムの剣はもったいないですね~」
本当に舐めているのか、やはり戦術なのか――?
どちらにせよ、その程度の奇行で臆するクローディアではない!
「アナタが剣を抜いていなくても遠慮なくやらせていただきますわ!」
「ど~ぞ~♪」
挑発するような笑み。
「やぁぁあああああッ!」
クローディアの渾身の斬撃を繰り出したが、恐るべきことに人差し指一本で受け止められてしまったのである!
「てりゃあああああッ!」
さらに連続して打ち込むが尽く指一本で防がれる。
「ぐぬぬぬ……。ただ攻撃あるのみですわ! うりゃあああああッ!」
「それッ!」
気合いを入れ直したクローディアの斬撃をアルビーナは拳で迎え撃つ。
負けたのはクローディアだった。
剣身が折れてしまったのである!
「え……!?」
「うふふふふ……隙あり~♪」
「ぐはっ……!」
アルビーナの次の拳がクローディアの腹部に命中する。
その威力は高く、クローディアの肋骨は折れてしまった!
「あなた……ただでさえ剣の扱いは不得意だというのに、相手が手を抜いていると思って無意識に自分も手を抜いてしまいましたね~」
「…………」
相手の御高説を聞きながらクローディアは急速に身体を修復する。
折れた骨も破れた血管も裂けた肉もたちまち元通り。
「やはり身体を治すのは得意なようですね。ですが剣はどうでしょう?」
自分の身体のダメージなら簡単に回復してしまえるクローディアだが、鋼鉄の剣に対してはそうはいかない。
クローディアは素早く移動し、別の剣を拾った。
「あえて剣に拘りますか……」
アルビーナは心底呆れた様子だ。
「ワタクシ、貴族ですので。やあああああッ!」
剣を変えたクローディアの斬撃はまたしても止められた。
アルビーナは左手で剣身を掴んだのである。
直後に右手で殴りかかってきたが、クローディアは咄嗟に剣を離して躱す。
アルビーナは掴んだ剣を小枝のように軽々と折って投げ捨てた。
「やはりダメでしたね。また次の剣を拾いますか?」
「こうなれば
クローディアは徒手空拳で構える。
アルビーナの表情が一瞬険しくなったが、すぐにわざとらしく薄ら笑いを浮かべ直した。
「おお、怖い怖い。神様、どうか敵が近づけないようにしてください~」
「うぐっ……!?」
クローディアは突然動けなくなった。
何かに縛られているのではない。とにかく自分の身体が重いのである。
「これは……重力魔術ですの……?」
「失礼な! 聖人である私が使うのは魔術ではなく聖術です。しかし常人ならすでに潰れて死んでいるところですが、さすが魔術師ですね」
「ぐぐぐぐぐ……」
歯を食いしばって抵抗するクローディア。
「この聖術は単に相手の動きを封じるだけはありません。こうやって石を投げれば――」
――ビュン。
「ぐはッ――!?」
アルビーナの投げた石がとてつもない速さでクローディアに衝突する。
高速で投げられた石が、重力魔術によってさらに加速したのだ。
「うふふふふふ……さらにいきますよ~♪ 石打ちなんて異教徒にはピッタリの罰ですね」
「そうは……いきませんわ……!」
アルビーナはもう一度石を投げつけるが、クローディアはそれをギリギリのところで躱したのだ。
「……あれれ~?」
「反重力魔術で相殺しましたわ」
「やりますね~」
「では今度はワタクシの攻撃ですわ! とりゃあああああっ!」
クローディアは火炎弾を次々と放つ。
アルビーナは大きな光の盾を作り出して防ぐが、クローディアは爆炎に隠れて素早く後ろに回り込む。
「うぉりゃああああっ!」
「速いッ……!?」
今まで余裕の薄ら笑いを浮かべていたアルビーナの顔に焦りの表情が浮かぶ。
アルビーナは指向性爆発で牽制しつつクローディアから距離を取るとすぐに剣を抜いて構えた。
クリスタリウムの剣が強く光り輝いている。
「ようやく剣を抜いてくださいましたわね♪」
ニヤリとするクローディアに対して、アルビーナの顔は引きつっている。
「……死んで――くださ~いッ!」
アルビーナが斬りかかってきた。
クローディアは左腕で受け流しつつ、右の拳でアルビーナの胴体を打つ。
「ぐっ……クリスタリウムの剣を腕で受けたのですか!?」
アルビーナは目を見開く。
「身体には自信がありますのよ。おーほっほっほ♪」
*
一方、サニーとアーテルは激しく剣身をぶつけ合っていった。
アーテルの剣の輝きをサニーの剣が反射している。
「……あなたのその剣……クリスタリウムではありませんね……」
「ウルサイ! アタシはそんなもんなくったって強いんだッ!」
サニーはアーテルの何気ない言葉に対してムキになる。
「やはり怯えていますね。そんな貧弱な剣では私は斬れませんよ~♪」
「アタシが……怯えているだって……!?」
「そうです。クリスタリウムの剣を相手にすれば鋼の剣なんてすぐに砕けますからね」
「アタシの剣はそう簡単には砕けないわよッ!」
「不思議ですねぇ……あなたは魔術師なのにどうして鋼鉄の剣を使っているのでしょう? まさかとは思いますが……貧乏なのですか?」
「……そうよッ! 悪いッ!?」
当然だがサニーの家は平民よりは裕福である。
鋼鉄の剣だってかなり高価なのだ。それでもクリスタリウムの剣は桁が違う。
「貧しいこと自体は罪ではありませんが、万全ではない装備で
サニーの反応が思いの外良かったことに気を良くしてさらに煽る。
「ウルサイウルサイ! アタシにはそんなものいらないんだ!」
怒りでサニーの剣筋が乱れる。
それを見てアーテルはさらに気分が良くなり、口端が吊り上がる。
サニーの言ったことはあながちただの強がりではない。
彼女は鋼鉄との相性が極めて良く、極めて優れた魔力効率で強化できる。
自信の特性を活かすべく、猛烈な剣術の修行を積んだ。
さらに自身の骨を鋼鉄に入れ替えている。
少ない魔力で十分に剣を強化し、できる限り身体能力向上に魔力を回す。
そして強化した身体と優れた剣術で敵を捻じ伏せる。
これがサニーの基本的な戦い方である。
だが、そんなサニーですらクリスタリウムの剣を握った方が強いのである。
「うふふふ……そ~れっ!」
「なっ……!?」
ついにサニーの剣が折られた。
剣身が地面に落ちる。
「さて、ご自慢の剣が折れてしまいましたね。降参しますか? しても死んでもらいますが」
「アタシは……アンタたちなんかに降参しないし、ましてや殺されたりなんかぜえええええったいするもんか!」
「まぁ、剣ならそこらに落ちていますからね。無駄な努力をしてみるのもいいのでしょう」
「う~ん、この剣はまだ使えるのよね」
「……何を言っているのかよくわかりません」
アーテルの困惑をよそに、サニーは折れた剣身を拾うと自分が持っている柄側にくっつけたのだ。
接する部分が赤熱する。そしてそれが収まった時、剣は元通りになっていたのだ。
「あれ……? あっさりと繋げてしまいましたね」
アーテルは呆気にとられている。
「お陰で頭が冷えたわ。今度はこっちからいくわよッ!」
「何度でもへし折って差し上げます!」
「うおりゃあああああッ!」
再び、サニーとアーテルの刃が交わる!
何度ぶつかってもサニーの剣は折れない。
アーテルの口端が下がる。
「おかしいですね……どうしてただの鋼鉄の剣が折れないのでしょう?」
「特に難しい話じゃないわ。ちょっと剣の強化に回す魔力を増やしただけよ」
「それでしたら身体能力が低下するはずですッ!」
「だからちょっとよ。アンタたち……アタシの能力についてリサーチ不足だったんじゃない?」
「ぐっ……」
図星である。
確かにサニー・フェアハートが鋼鉄の扱いに長けていることはわかっていた。
だが、その程度については正確には知らなかったのである。
サニーはクローディアと違ってほとんど戦っているところを見せなかったためだ。
もちろん全ての魔術師の詳細な情報など得られるわけがない。
そもそも反魔術を利用するので相手は魔術を使えず、さらに自分たちが直接手を下すことはないハズだったのだ。
「うおりゃあああああッ!」
ついにサニーの剣がアーテルの胴体を斬り裂いた!
傷そのものはすぐに修復されたが、精神のダメージはそうはいかない。
*
クローディアもサニーも優勢に立っていた。
敵はしばらく表情を強張らせていたが、再び不気味な薄ら笑いを浮かべ始めた。
「うふふふふ……アーテル」
「あはははは……ええ、アルビーナ」
「「私たち双子の本気を見せてあげましょう!」」
「本気ですって?」
「ハッタリだ! アタシらなら十分勝てる!」
ハッタリではなかった。
ここで敵は戦術を変えてきたのだ。
今まで1対1が2組だったのが2対2に――この違いは大きかった。
双子の絶妙なコンビネーションがクローディアとサニーを苦しめ始めたのだ。
クローディアとアルビーナが向き合って戦っていれば、後ろからアーテルが攻撃してくる。
サニーがアーテルを攻撃しようとすればアルビーナが邪魔をする。
「なかなか絶妙なタイミングでもう片方が邪魔してきますわ」
「コイツら、とんでもなく連携が上手いわ」
先程までの優劣が一気にひっくり返ったのである。
「困り……ましたわ……」
「まずいわね……」
こちらの攻撃は当たらないが相手の攻撃は当たる。
とりあえず回復はできるが、いずれは魔力が尽きて――死ぬ。
「あ……ああああ…………」
絶望が表情と喉から漏れ出す。
「ちょっと、アンタ……大丈夫!?」
大丈夫……ではないだろう。
「うふふふふ……そおれッ!」
背後から迫るアルビーナの攻撃に対して反応が遅れる。
「危ないッ!」
咄嗟にサニーが割って入ってクローディアを庇う。
――そして右腕を切断されてしまったのだ!
「サニーさんッ!!」
「とおりゃあああっ!」
サニーは指向性爆発でアルビーナをふっ飛ばし窮地を凌いだ。
「しっかりしなさいよッ!」
クローディアを叱咤しながら切られた右腕を溶接する。
何事もなかったかのように元に戻った。
だが、危機であることには変わりない。
サニーは落ちた剣を拾って構える。
「どうすれば……」
クローディアの口からそんな言葉が出た。
(お嬢ちゃんなら勝てる)
突然、頭の中にそんな声が響いた。
(誰ですの?)
(俺はアラン・ゲイル、決闘伯爵と呼ばれた男の――右腕だ)
(オジサマの――右腕……?)
(お嬢ちゃんに食われちまった右腕だ)
(ごめんなさい、オジサマ……ワタクシ仇を討つことができそうにありませんわ)
(俺を殺した奴らはすでに死んだぞ)
(確かに実行犯は……ですが……)
(俺の死に対してお嬢ちゃんが責任が……まぁいい、ちょっと身体を借りるぞ)
(え……?)
突然、クローディアの魔力が膨れ上がる――。
アルビーナとアーテルは警戒して距離を取った。
「ちょっと、アンタ! それはやめなさいッ!」
サニーは叫んだ。
決闘伯爵の戦いのことを思い出したからだ。
だが、クローディアの変化は止まらない。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――ッ!!」
瞳孔は猫のように縦長になり、上顎の犬歯は牙になり、爪も長く鋭くなる。
そして頭部の薔薇は原種へと変化した。
「ふむ……さしずめ、“
その呟きを聞いてサニーは目を見開いた。
「アンタ……その状態で理性があるの?」
「あるから心配するな」
「……わかったわ」
明らかに様子がおかしい気がするのだが、そう答えるしかなかった
「うふふふふ……多少魔力が上がったようですけど――」
「あはははは……私たち双子の連携の前には無力ですよ~」
敵が同時に斬りかかってくる。
クローディアはアルビーナに火炎弾を放つと同時に、一気にアーテルに接近する。
一対一ではアーテルが圧倒的に不利であり、すぐにダメージを負ってしまう。
一方で火炎弾で遅れたアルビーナにサニーが斬りかかる。
やはりこちらも不利であり、防御と回避で手一杯になる。
「私たちの連携が……」
「おかしいですね……」
アルビーナとアーテルは困惑する。
自分たちの連携は無敵の強さを誇っていたはずだ。
現につい先程まで自分たちが優勢だった。
これがいとも簡単に覆ってしまった。
きっかけはクローディア・ウィンフィールドの変化だ。
魔力が上がっただけではない、圧倒的に戦い方が上手くなっているのだ。
「パワーもスピードも経験も圧倒的に俺の方が上だからな。どうする? 降参するか? しても死んでもらうが。なにせ俺はおまえたちに殺されたんでな」
「アンタ……まさか……」
そう、まるで自分自身が決闘伯爵であるかのような言動だ。
言動だけではない、この圧倒的戦闘センス。
サニーには決闘伯爵がクローディアに乗り移ったとしか思えなかった。
アルビーナとアーテルも同じことを考えた。
信じられないことだが、強くなっているのは圧倒的な現実なのだ。
「どういうことなのかよくわかりませんが、確かに私たちが不利ですね」
「仕方ありません、逃げます」
アルビーナがそう言いながら何かを地面に放り投げた。
「逃がすと思うか?」
「アイツらの魔力が高まっている……何かするつもりね」
「「破滅の大樹よ、この地の全てを奪い尽くすせッ!!」」
アルビーナとアーテルが叫ぶと突然、地面からものすごい勢いで樹が生えてきたのだ。
「この破滅の大樹は周囲の生命力を吸収して成長します」
「放置すればどんどん大きくなりますよ~」
「なんだと……」
「周囲の植物がどんどん朽ちているッ! 魔術で防御できない普通の人間も危ないわ!」
「うふふふふ……それでは――」
「あはははは……ごきげんよう」
アルビーナとアーテルは闇の中に消えていった。
「すぐに破壊してやるッ!」
クローディアは太い樹の幹に激しく打撃を浴びせる。
確かに傷は付くが、すぐに修復されてしまう。
サニーも斬りつけるが同じだ。
「どうすんのよ、コレ!?」
「とにかく攻撃しろッ! その分だけ成長を遅らせられるッ!」
クローディアとサニーはひたすら樹に攻撃する。
それでも少しずつ樹は大きくなる――!
人々が寝静まっている中、王都はとてつもない脅威に襲われていたのだ。
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