第14話 囮大作戦!

 クローディアとマリアは日が暮れる前に壁外へ出た。

 サニーやコリンと合流する前に敵と接触してしまうのを避けるためだ。


 学院の近くで持参した弁当で夕食を取る

 外で食べるのに適したサンドイッチだ。


「やはり少ないですわ」

「お嬢様が満足される量を運ぶのは大変なことです」

「……仕方ありませんわね」


 完全に日が沈んだ後、サニーとコリンも合流した。

 もちろん学院の門は閉まっているが、魔術師がこっそり壁を跳び越えるのは簡単である。

 魔術師だとわかりやすくするため、マリアを除いた全員が学院の制服を着ている。


「それでは予定通りに三手に別れよう」


 コリンの指示に従い、それぞれが動き出した。

 当然、マリアはクローディアに同行する。

 夜道を進むにあたって、マリアはランタンを手にしているが、クローディアは魔術で光源を発生させている。


「お嬢様……本当に出るのでしょうか?」


 マリアが不安げに言う。


「マリアとしては出ない方がいいのではありませんの?」

「それはそうですが……」


 おそらくクローディアは犯人が釣れるまでこれを続けるだろう。

 出ても不安、出なくても不安なのである。


「お嬢様は人間を探知する魔術は使えたはずでは?」

「今のところ反応はありませんわね。敵は魔術の無効化が得意らしいのでどの程度アテにできるかはわかりませんわ」


 しかし、結果は思った以上にあっさりと出た。

 魔術による光源が消えたことによってそれを知る。 

 反魔術の影響下に入ったということだ。


「近くにいますわ」

「はい、お嬢様」


 茂みからの中から急に明かりが漏れ出したかと思うと、人影が飛び出してくる。

 彼らはクローディアたちをぐるりと取り囲む。


 彼らの持つランタンは彼ら自身の姿も照らし出す。

 おそらく全員男、そして全員が帯剣している。


「神の摂理に背く魔術師に死を!」

「「神の摂理に背く魔術師に死を!」」


 一人が発したスローガンを残りの全員が復唱する。

 そして次々に腰に差している剣を抜いていった。


「お嬢様、お気をつけください。この者たちは下に鎖帷子を着込んでいます」

「ええ、ですわ」


 そして目の前の男たちを睨む。


「アナタ方が噂の反魔術教団ですのね?」

「……そうだと言ったら?」

「魔術師とは神が人々のために使わした存在と聞いていますが、ワタクシたちが神の摂理に背いているという根拠エビデンスはどこにありますの?」


 クローディアの問い掛けに教団信徒たちは戸惑いを見せる。


「我らが導師様が神より託宣を賜った――」

「嘘ですわね」


 相手が言い終わる前にそう明言した。


「な、なんだと……!? なぜそんなことが言える?」


 それはお互い様である――。


「だって、神サマが託宣をなされるなら、まずこのワタクシに対してされるはずですもの」


 クローディアは圧倒的な自信を持って断言した。


「な、何を根拠に……?」

「それはワタクシが世界で最も高貴で清らかな精神を持つからですわ」


 やはり言い切るクローディア。


「お、おまえは何を言っているんだ……?」


 怪しい男たちはどよめく。

 確かにこの国では魔術師は神の使いという考えが定着しているが、さすがにここまで傲慢にはならない。


「何が高貴だ! 俺たちだって貴族なんだぞ!」

「おいッ! 余計なことを言うな!」

「すまねぇ。だが、こいつらを始末すれば問題ない!」


 クローディアは怪しい男たちをじっくりと舐めるように見る。


「ふ~ん……七人いればワタクシたちに勝てると思いまして?」

「相手が魔術師でなければ圧勝できると思っているのか? それは甘いぞ! あの七魔貴族ですら死んだのだからなァ!」

「そうですの……やはりアナタたちが……。動機は……没落の腹癒せといったところですわね?」

「なッ!! 俺たちは神の意思に従っているだけだ!」


 クローディアはゆっくりと護身用サーベルを抜いて、構えた。


 サニーが自分の両手剣ロングソードを貸そうかと提案してたが、クローディアは断っている。

 あまり本格的な装備をしていては、敵を警戒させてしまうと考えたからだ。


 さらに魔術師の剣というのは重いのである。

 魔術が使えない場面でアテにすることはできない。


 そしてマリアはどこからともなく2本の短剣を取り出した。

 片方は太く、もう片方は細い。


「さぁ、どうぞかかってきてくださいまし!

 悪党にふさわしい結末を贈呈してさしあげますわ! おーほっほっほ♪」


 高笑いするクローディアに対してマリアは静かに短剣を構える。


「うぉりゃあああ、死ねやああああああ!」


 目の前の男が斬りかかってきた。

 クローディアは一撃を受け流す。


 ――重い。


 受け流してもなお重かった。

 魔術を使わない自分はこの程度なのかと再認識させられる。


(目の前のこの男にすら勝てませんわね。ですが、負けるつもりもなくってよ!)


 クローディアは積極的には攻撃せずほとんど防御に徹している。

 倒せなくてもいい。敵を引き付けておくだけでいい。


 今回、彼女自身は囮に徹する。

 敵を倒すのはマリアの役割だ。


 ここで、別の男が後ろから攻撃しようとする。

 今のクローディアが同時に相手にできるのは目の前の一人だけである。

 次の瞬間には斬られてしまう!

 もちろん魔術を使えなければ一撃でも致命傷である。


 だが――突如として後ろの男の頭部に短剣が


「ご自慢の反魔術でも“慣性”は消せないわよね」


 反魔術の範囲外からサニーが超高速で短剣を投げつけたのだ。


「何ッ!」


 驚きの出来事に猛攻撃していた男も怯む。

 その隙をクローディアは見逃さなかった。


「やぁああああああッ!」


 渾身の一撃で敵の喉を刺し貫いたのだ。


「うごっ……」


 着込んだ鎖帷子も虚しく男は倒れた。


「愛してますわ、サニーさん♡」


 一方のマリアは太い方の短剣で敵の攻撃を受け流しつつ懐に飛び込むと、細い方の短剣を突き刺す。


「――ぐぎゃあああああッ!」


 細い剣身は鎖帷子の隙間を通って、敵の身体に到達する!

 さらに怯んだ敵の両手剣ロングソードを奪う。


「ハッ!」


 マリアの強烈な一撃が敵を斬り裂いた。

 鎖帷子ではマリアの強烈な攻撃は防げないッ!


「こいつ……!?」


 単なる従者だと思っていた女の正体に気が付いたときには遅かった。

 マリアはあっという間に敵四人を斬殺してしまったのだ。


「さすがマリアですわね」 

「お怪我はございませんか……?」

「マリアとサニーさんのおかげでありませんわ♪」


 七人の内六人が倒された。

 最後に残った男は狼狽える。


「な、なぜだ……?」


 それもそのはずである。彼らは皆、剣の腕に覚えがあった。

 相手が魔術さえ使えないければ、勝てるはずだったからである。

 現にクローディアも一対一では押されていた。


「この“裁きの宝珠”があれは魔術は使えないはずではなかったのか?」


 男はそう言って直径五センチ程度の球体を取り出す。

 微かに輝いており、暗闇の中で強い存在感を持っている。


「なるほどぉ、それが魔術を封じる効果がある道具ですのね」

「そっちの魔術学院の制服を着ていない女……。な、なぜ魔術が使えるんだ……!?」


 どうやら男はマリアの強さは魔術によるものと勘違いしているらしい。


「先程お見せしたのはただの剣術にございます。私に魔術は一切使えませんのであしからず……」

「ひ、ひぃ~~~」


 男は脱兎の如く逃げ出した。

 自分たちは魔術は使えないがそこそこ腕は立ち、頭数もある。

 だから相手が魔術さえ使えなければ必ず勝てる――そう考えていた。


 だが、二つの誤算があった。

 一つは長距離からの投擲は有効であること。

 もう一つは異常なまでに卓越した剣術を持った人間がいることである。


「逃げましたわね。それでは予定通り追いますわよ!」

「はい、お嬢様」


 ところが、走っていた男はすぐに倒れた。

 夜道で石に躓いたのだろうか――?

 そうではない。


「気をつけてくださいまし! 今、一瞬魔力を感じましたわ!」


 クローディアが警告を発した。

 恐る恐る男の身体を確認する。


「頭に短剣が刺さって死んでいますわね……」

「まさかサニー様が?」


 ちょうどそこにサニーがやってきた。


「サニーさん、どうしてこの男を殺してしまいましたの?」


 クローディアは文句を口にした。

 この男から情報を引き出すつもりだったからだ。


「アタシじゃないわ……」


 サニーは明確に否定した。

 クローディアは困惑する。


「それでは、一体どなたの仕業ですの……?」

「危ないッ!」


 そう叫んだサニーの手には短剣が握られていた。

 何者かがマリアに狙って高速で飛ばしたのだ。


「また一瞬魔力を感じましたわ!」

「何者!? 出てきなさいッ!」


 サニーの叫びに応えるかのように、闇の向こう側から人影が染み出してくる。

 人影は二人組で、やはりフード付きの黒いマントを身に着けている。

 そして周囲には光球が浮遊し彼女たちを照らししている。つまりは魔術師だ。


「うふふふ……」

「あははは……」


 闇の中に響く、異常なほど同質で可憐な笑い声。

 そして、二人は同時にフードを外した。


 一人は闇の中でもなお白い輝く髪。

 一人は闇の中でもなお黒い艷やかな髪。

 両者とも不気味に薄ら笑いを浮かべている。


「髪の色は違いますが、おそらく双子ですわね……」

「アンタたち――誰?」

「うふふふふ……さすが神の道に背きし魔術師、礼儀がなっていませんね~」

「あはははは……人に尋ねる前にまず自分が名乗るものですよ~」

「いきなり短剣投げるヤツらに礼儀どうこう言われたくないわよッ!」

「ワタクシはウィンフィールド男爵の娘、クローディアですわ!」

「コラッ! うかつに敵に情報を与えるな!」

「うふふふふ……気にすることはありません」

「あはははは……知っていますよ、サニー・フェアハート」

「なっ!?」


 敵は自分たちを知っていて出てきた。

 このまま気配を消して去ることもできたのに。

 つまり、勝てる自信があるということだ。


「私は白のアルビーナ」


 白髪の少女が名乗った。


「私は黒のアーテル」


 続けて黒髪の少女も名乗った。


「私たちは聖人」

「神に遣わされた者」

「聖人――? やはりベリア帝国が裏で関わっていますの!?」

「うふふふふ!」

「あはははは!」


 二人はただ不気味に笑う。

 はっきりと答えたわけではなかったが、クローディアは確信した。


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