第13話 反魔術
――次の日、クローディアはいつもに通りにに学院に向かう。
教室に入るとすぐにコリンが話しかけてきた。
「おはよう、クローディアさん」
「……おはようございます」
「放課後、ちょっと付き合ってもらえるかな?」
「デートのお誘いですの? 生憎、そういう気分では――」
言葉通り、今のクローディアには覇気が感じられない。
「そういうのではないのだけど……。どうしても嫌なら無理強いは……したいかなぁ……」
「まぁ、いいですわ……」
本来なら決闘の口実にしてしまうところだが、クローディアはコリンがそこまで強いとは思っていない。
そもそも今はそういう気分ではなかった。
あの元気の化身であったはずのクローディアが、である。
それでもただならぬ様子を感じたので誘いを承諾した。
*
放課後、門で待っていたマリアに事情を説明し先に帰らせる。
そして案内された場所は以前にゲイルと戦った場所だった。
「深い意味はないよ。単に丁度いい感じ場所だからね」
「わざわざここまで来るようなご用件とはなんですの?」
「……クローディアさん、自分を囮にするつもりでしょ?」
その言葉を聞いてクローディアは目を丸くする。
「え!? どうしてわかりましたの?」
「まさか本当にやるつもりだったんだ……」
コリンは呆れつつも納得した様子を見せる。
「……でまかせでしたの?」
「う~ん……。根拠はなかったけど不思議とそんな気がしたんだ」
「理由になってませんわ……」
クローディアは少し拗ねたような表情で腕組みをした。
「自分でこう言っておいてなんだけど、どうしてそんな危険を冒すの?」
いくらクローディアが好戦的な性格とはいえ、今回は事情が違いすぎる。
だからコリンはその
「……それはワタクシが貴族だからですわ」
それは極めて明瞭な言葉だった。
「貴族って何……?」
コリンは読書家なので貴族制度についてはよく知っている。
だから尋ねているいるのはそういう意味ではない。
「貴族とは戦士にこそその起源がありますわ。だからこの国の敵が現れたらワタクシは自ら率先して戦うのです。厳密は貴族――ウィンフィールド男爵なのはお父様でありワタクシに爵位はありません。その爵位もワタクシではなくお兄様が継ぐでしょう。それでも……いえ、だからこそワタクシは貴族になりたいのです」
貴族になる――クローディアにとってそれは単に爵位を得るという意味ではない。
真に勇敢な戦士になるということなのだ。
「勝算はあるの?」
「正直、ありませんわ。オジサマ――決闘卿が殺されてしまったのですもの。ましてやオジサマに負けたワタクシでは――」
勝算もなく、ただ危険を冒そうとする。
まったくもってマトモではない。
だが、これがクローディア・ウィンフィールドなのだ。
この国では魔術師は神の使いとされている。
ならば――クローディアほどの魔力を持った魔術師は一体どれほどの重い使命を背負わされているのか――?
少なくとも彼女自身はそう信じている。
「なるほど、よくわかったよ。そこまでの覚悟があるなら手伝ってもらおうかな」
「勘違いしてもらっては困りますわ」
「……え?」
「アナタがどのような
「そうだよね……貴族だものね。それじゃあ、説明に入るよ」
「ええ、お願いしますわ」
「まずは……クローディアさん、ちょっと離れた場所から魔術で遠距離攻撃してみてよ」
意外な言葉にクローディアは困惑した。
「アナタを……ですの?」
「そう、僕を、だよ。本気を出す必要もないけど、あえて手加減はしなくていい」
「本当に大丈夫でして?」
「大丈夫だよ。ほら、早く。10メートルぐらい」
「どうなっても知りませんわよ……」
そう言いながらもクローディアは言われた通りに移動する。
ちなみにクローディアの中ではコリンのイメージは貧弱なままだ。
悪夢の特訓を知らないからである。
また、コリンが実力を隠すのが上手いというのもある。
クローディアが歩いている間に、コリンは『愚者の書』をブックホルダーから抜いた。
「これでいいですの?」
「うん、いいよ」
「それでは遠慮なく……そりゃあああああああッ!」
クローディアはコリンに向けて火炎弾を投げつけた。
さて、これを防ぐのか避けるのか、はたまた跳ね返してくるのか……クローディアは見逃すまいと凝視する。
ところが結果は予想外だった。
火炎弾はクローディアの手を離れてから、コリンに近づくほど小さくなり、そのまま対象に命中することなく消えてしまったからだ。
さらに驚くべきことに、クローディアは自身から魔力が失われるのを感じた。
あまりに急激に魔力が失われたため、ふらつき、地面に膝と手を突いた。
「こ、これは……!? 魔力が……ワタクシの魔力が……!? まさか……!」
クローディアの頭の中で、点と点が繋がった。
これなら魔術師を倒せるのではないか――?
コリンはクローディアに近づく。
「これは魔力を消し去る魔術、“反魔術”だよ。反魔術を除くあらゆる魔術を無効化できる」
「コリンさん……まさか……アナタが……?」
コリンに対して警戒の眼差しを向けるクローディア。
立ち上がり、腰のサーベルを抜いて切っ先をコリンに向ける。
「まぁ、とりあえずはそういう態度を取るよね。だけど僕は犯人じゃないよ。むやみに誤解されるのが嫌だったからまずはクローディアさんだけに伝えることにしたんだ」
「……聞いたことがない魔術ですわ。ですが自分で体験してしまった以上、確かに存在しますわね。それよりもアナタはどうしてその“反魔術”が使えるのでしょう?」
コリンは『愚者の書』の表紙をクローディアに向ける。
「これは『愚者の書』という魔導書なんだ。知っての通り、魔導書を持った者はいろいろな魔術が使えるようになる。そしてこの『愚者の書』の場合は今見せた“反魔術”が使えるんだ」
「アナタが犯人でないというのでしたら、同じような魔導書が他にもあるということですの?」
「そうだね……それは『賢者の書』というらしい」
「『賢者の書』……? なるほど、愚者と賢者は紙一重という皮肉ですわね」
「……まぁ、ね」
「それで……疑われるリスクを冒してまでワタクシに教える理由はなんですの?」
クローディアはサーベルを収めた。
これまでの犯行には必ず剣のよう刃物が使われた痕跡があったことを思い出したからだ。
剣を携えていないコリンが狙ってくる可能性は低いと判断した。
「僕は貴族というほど大げさなものじゃないけど、魔術師が狙われるのは看過できないからね。具体的な方法としてはクローディアさんには囮になった上で、犯人を撃退してほしいんだ。この“反魔術”はかなり強力な魔術だけど、あくまで初見殺しというか、知っていればある程度対策が立てられる」
「へぇ……」
「実は“反魔術”を使っている間は自分自身も魔術が使えない。つまり、普通に剣術が得意かとか、そういう勝負になるんだよ。だから、“反魔術”を使って魔術師を暗殺する場合、普通に腕の立つ剣士を多数連れていけばいい。逆に阻止する場合も同じ考え方が通用するんだ」
「なるほど……。ところで、その『愚者の書』とかいう魔導書、ワタクシにも扱えますの?」
「魔導書は相性が大事だからね……ちょっと訊いてみる……」
「…………」
期待するような目で『愚者の書』を見つめるクローディア。
「……ははっ、『野蛮な人はお断り』だってさ……。まぁ、クローディアさんは魔導書がなくても強いから――」
コリンは苦笑いしながら結果を伝えた。
数秒間の沈黙があった――。
「――してやりますわ……」
「え?」
「バラバラにしてやりますわッ!」
「ひぃッ!?」
クローディアの鬼の形相にコリンは後ずさる。
「高貴で上品で優雅でファビュラスなワタクシに向かってえええええええッ!」
クローディアの魔力を込めた鉄拳が飛ぶ。
それをコリンは咄嗟に『愚者の書』を盾にして防いだ!
今の一撃はかなりの威力があったはずであるが、コリンは一歩も動いていない!
そして魔導書にはキズひとつない!
「ずいぶん……頑丈ですのね……」
予想外の防御方法に驚くクローディア。
「『愚者の書』のページたちよ! 僕に仇なす者を包み封じ込めろッ!」
開かれた本のページが次々と空を舞う。
そのままクローディアの頭部にへばり付く。
「なんですのこれ!? ちょっと! 高貴なワタクシから離れないなさいッ!」
クローディアは意外な攻撃方法に慌てふためいた。
「んも~~~~! 燃やし尽くしてやりますわ!」
秒速でガマンの限界に到達したクローディアは自身を炎で包み込む。
制服が燃えるのを防ぐために耐火性能を強化してるのはさすがだ。
「無駄だよ。この本は耐火耐水に優れているんだ」
コリンの言う通り、ページは全く燃えなかった。
さすがに自分への負担も大きいのかすぐに消火した。
「こうなったら最初の宣言通りバラバラにしてやりますわ!」
次は魔力で腕力を高めてページを引き剥がそうとする。
だが、後頭部に重い衝撃が走ったッ!
「ぐへっ!」
コリンが『愚者の書』で殴ったのである。
「ページにばかり構ってちゃダメだよ」
「ぐぬぬぬ……こうなったら……」
クローディアの頭部の蔓が動き出して、ページを刺し貫いていった。
これにはコリンも驚く。
「戻って来いッ!」
ページたちを急いで呼び戻す。
無理に動かすから多少破れててしまったが仕方がない。
この程度ならばそのうち再生する。
「魔導書というのは鈍器でしたの?」
「『愚者の書』だからね……」
「なるほどぉ……」
……………………。
…………。
――しょーもない理由で二人が戦い始めてから一時間が経過した。
いや、珍しくクローディアが“名誉”のために戦いを挑んだともいえなくもない。
「ぜぇぜぇ……そろそろ諦めたらどうかな……」
「はぁはぁ……今日のところはこのぐらいで勘弁して差し上げますわ……」
そこにサニーが現れた。
魔力を察知して気になり来てみたのだ。
「……アンタたち……何やってるの?」
「あら、サニーさん。コリンさんがワタクシのことを“野蛮”とおっしゃるので……」
「僕は伝えただけだからね」
それぞれの言い分を述べつつも、中断のきっかけを得られた両者は戦闘態勢を解く。
クローディアもある程度激しく戦って怒りを発散してしまったのであった。
「ところでコリン……アンタ……そんなに強かった?」
サニーはコリンをじーっと見つめる。
「そんなに見つめられると照れるなぁ……」
「そもそもそんな性格でしたかしら?」
「“何かの正解”でこうなることもあるんだよ……」
「タルコット先生がよく使っている言葉よね」
「コリンさんってなんだかタルコット先生に似てきていますわね」
「そうかな……。将来は魔術学園の教師を目指そうかなぁ~。いや、実際は家業を継がないといけないんだけど……」
「それで結局、どうしてこうなっているの?」
サニーが両者を睨む。
「コリンさんがワタクシのことを“野蛮”とおっしゃるの――」
「もうちょっとなんかあったでしょ!?」
「実はね――」
コリンは同じ様に“反魔術”を実演してみせ、犯人への対策について話した。
「ということだけど、サニーさんも参加する? 死ぬかもしれないけど」
「当然やるわ。貴族だもの」
一瞬の躊躇もなかった。
「さすがサニーさんですわ」
「それでクローディアさんには従者がいるよね? さっきも門で会ったけど」
「ええ、マリアですわ」
「彼女、かなりの剣の達人だよね?」
「よく知っていますわね……」
「あ、うん……たまたま稽古しているところを見たんだ」
「……そうですの」
――嘘である。
コリンは他の有力な生徒たちの訓練の調査に余念がない。
これも『愚者の書』の教えであり機能だ。
「あれほどの強い剣士はそうはいないと思う。並の剣士が束でかかっても返り討ちにできるよ。クローディアさんが囮になる時は必ず彼女を連れてほしい」
「へぇ、そんな強い剣士なんだ」
強い剣士であるという情報にサニーは興味を示す。
「はい、魔術は使えませんが、剣術の腕は確かです。問題はマリアが納得するか、ですわね」
「いざとなったら無理やりでも決行して付いてきてくれるのを期待するしかない……よね」
「ええ、そうですわね……」
沈黙が訪れる。
貴族でも魔術師でもない者を戦いに巻き込むからだ。
「それで今から言うことはあくまで僕の推測だけど――犯人はベリア帝国の工作員かもしれない」
「どういうことですの?」
「犯人が残すメッセージが反魔術教団を思わせるものだけど、そもそも反魔術思想の源流はあの国にあるんだ」
「確か……“魔術師狩り”とかアホなことをやってるって聞いたわね」
「あの国には魔術師はいませんの? 戦争を仕掛けたら楽勝ではありません?」
「ベリア帝国には魔術師の代わりに“聖人”が台頭しているんだけど、実際は魔術師だよ。違いはベリア教会が認めたかどうかだね」
「何それ……?」
サニーが困惑するが無理はない。
思想や制度が大きく違うからだ。
「この国だって魔術師が要職に就くためには王立魔術学院を卒業していなきゃいけない。認定制度があるという意味ではいっしょだよ。ただ、向こうはかなり過激みたいだけどね」
「つまり、その魔術師じゃないって認定された魔術師が“聖人”ってこと?」
「そうみたいだね」
「どうしてそういう差ができるますの?」
「解釈の違いだよ。“魔”っていうのは自然の法則――つまりは神の摂理を捻じ曲げることなんだ。それを神に対する反逆者と捉えるか、神に特権を与えられたと捉えるか……そういう違いだよね」
「特権を与えられたに決まっていますのに」
「あ、うん、そうだよね……」
「それで、その聖人がわざわざこの国まで魔術師狩りに出向いて来たってわけ?」
「あくまで可能性だけどね。もちろん、そう見せかけようとしている別の勢力の可能性も否定できないよ」
「とりあえず犯人に訊いてみないと始まりませんわ」
こうして、クローディアたちは危険な囮作戦を計画したのだった。
「ちなみに『愚者の書』はどうやって手に入れましたの?」
「内緒だけど、クローディアさんはもうすぐわかるんじゃないかな~」
「どういうことですの?」
「だから秘密なんだって」
「コリンさんのクセに何勿体つけてやがりますの?」
「あ、やっぱり僕のこと馬鹿にしていたんだ!?」
「……気のせいですわ」
*
――そして帰宅後。
マリアに対して計画について極めて明確に説明したところ、掴みあいの大喧嘩となった。
「お嬢様……ッ! 今度という今度は許しませんよ! そういう危険なことは警備隊や魔術師ギルドの正会員の方々に任せておけばいいのです」
「いやですわ! 戦うことは貴族の務めです。それにオジサマの仇を討つのはワタクシでしてよ!」
「お嬢様は貴族の娘であって貴族ではありません! 決闘伯爵の仇はそれこそ、七魔貴族の方々に任せておけばいいのです!」
「マリアが協力してくれなのでしたら、ワタクシだけでも戦地に
「ダメです」
「行きます」
「ダメです!」
「行きます!」
「ダメです!!」
「行きます!!」
とにかく揉めに揉めた! 結果、クローディアが勝った!
クローディアが行くことは止められないからだ。
結局、マリアは付いて行くしかなかったのである。
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