第12話 魔術師連続殺害事件
――クローディアが決闘伯爵ことアラン・ゲイルにボロ負けしてから一ヶ月ほど経過した。
その日の朝もクローディアは元気に学院に向かうが、街の様子がおかしいことに気が付く。
――殺人、死体、不穏なワードが聞こえてくる。
話を総合すると殺人事件があったらしい。
それも魔術師が殺されたというのだ。
教室に到着してすぐにサニーに話しかけられた。
「ねぇ、アンタ。街の方の様子はどうだったのよ?」
「ワタクシも事件現場を見たわけではありませんが……皆さんの話題は事件で持ち切りに思えましたわ」
「そう……」
結局、教室でも主な話題は例の殺人事件だった。
始業時刻を迎えるとタルコットが神妙な面持ちで入ってきた。
「えー、非常に恐ろしいニュースがあります」
教卓に着くなりタルコットはそう切り出した。
「殺人事件がありました。しかも今回の被害者は魔術師です。すぐ側に血文字で『神の理に背きし魔術師に死を!』と書かれていました。つまり、犯人は“反魔術教団”もしくはそのフリをした者ということになります」
反魔術教団――それは“魔術とは神に背く邪悪な行い”とする宗教団体である。
魔術師を厚遇するこの国では邪教認定されており、表立っては活動していないはず――だった。
「犯人が捕まっていない以上、次の犯行が行われる可能性があり、その場合は魔術師が狙われるということです。
ですが、基本的に魔術師は普通の人間より遥かに戦闘力が高いです。襲いかかっても返り討ちに合う可能性が高いでしょう。
つまり、相手は高レベルの魔術師、もしくは不意打ちで即死させる等の特殊な手段を持っている者ということになります。
皆さんは全員が魔術師ですので十分な注意をして、特に人気のないところは避けてください。
それでは授業を始めます――」
この事件は魔術学院の生徒はもちろん、王都に住むの魔術師たちを恐怖のどん底に叩き落した。
だが、本当の恐怖はこれからだったのである――!
*
「お嬢様……すでに魔術師が6人も殺されています。ここは休学してウィンフィールドに戻られてはいかがでしょうか?」
マリアは心配のあまり王都を離れることを提案したのだ。
クローディアはいつだって心配の種だったがそれはあくまでそれは社会的な立場についてであり、このように生命を心配したことはほとんどなかった。
それでもここまでの事態になればそうはいかない。
そう――あの後さらに5人の被害者が出たのである!
「嫌ですわッ! 卑劣な犯罪者相手に怯えて逃げるような真似はできません! 遭遇したら返り討ちにして差し上げますわ!」
クローディアは虚空にジャブを放ちながら強気に言った。
「これまで殺された方は皆、魔術師です」
マリアは冷静かつ簡潔に反論した。
「魔術師といいましてもピンキリですわ。亡くなった方々にあまりこういうことは言いたくありませんが、きっと弱かったのです」
「おそらく、単純に強いとか弱いとかいう問題ではないでしょう。現場付近には不自然なほど魔術を行使した痕跡がなかったと聞いております」
「それは気になっていましたわ……この謎……ワタクシが解かなくてはいけませんわね」
クローディアは妙な使命感に燃え始めていた。
「解かなくていいですから狙われないように大人しくしていてください。毎朝一人で外に出るのもおやめください」
「嫌ですわ」
「だったら私が付いて行きます」
「魔術師相手に何ができますの?」
「別に犯人が魔術師と決まってわけではありません」
「まさか普通の方に……?」
「何もわかりません」
「そもそも、ワタクシに付いて来れますの?」
「もちろん、付いていける行ける程度の速さに制限してもらいます」
「……仕方ありませんわね」
この時のクローディアは敵の本当の恐ろしさにまだ気が付いていないのであった。
*
ここまでの事態になっても、全く怯えない魔術師がいた。
紅いマントが似合うダンディな中年――決闘伯爵ことアラン・ゲイルである。
ゲイルは人気のない夜道を一人で歩き回っていた。
もちろん連続殺人事件の犯人を
「暗い夜道を一人寂しく歩いてるんだ。誰でもいいから相手してくれねぇかなぁ。それが俺の命をならず者でもな……」
ランタンではなく魔術による明かりで足元を照らしている。
これで自分が魔術師であることは一目瞭然だ。
現状、魔術師の多くは人気のない場所を避けているので自分を狙ってくる確率は高いと考えていた。
そしてその予想は正しかった。
突然、魔術による照明が消えてしまったのだ。
「――む?」
これはゲイルとって奇妙な現象だった。
さらに物陰から周囲で次々と明かりが灯り、それはぐるりとゲイルを取り囲んだ。
そして明かりには持ち主を照らす。
――帯剣した男たちだ。
(どうやって探知魔術に引っかからずに潜んでいたんだ?)
「こんなに大勢でなんの用件だい?」
ゲイルは怯むことなく余裕を持った態度で問う。
「我ら、神の
「「神の摂理に背く魔術師に死を――!」」
男たちは一斉に剣を抜いた。
「つまりおまえたちが噂のならず者どもか?」
「ならず者? 我らこそ真の神の使徒だぞ。おまえたち魔術師のような偽物と違ってな!」
「ほほう。夜討ちをさせる神というのも中々セコイじゃないか」
「なんだと! 神を侮辱する気か?」
「だって、なんか俺の知ってる神と違うみたいだし……」
「それは――」
「やめとけ! 我らは議論に来たのではない。すみやかに対象を抹殺し、神への忠義を示すのだ!」
「俺はな、決闘相手にはいつも敬意を払っているつもりだ。だが、暗殺しようという輩には話は別だぞ?」
鋭い眼光で睨みつけると人影はやや後ずさる。
「怯むな! この魔術師がどれほど強くても我々は勝てる!」
「ほぉ……多数でかかれば勝てるとでも……?」
「そうではない」
男は不敵な笑みを浮かべた。
「まぁいい……はあああああッ!」
ゲイルが魔力を解放するが、すぐに異変に気が付く。
「こ、これは、どういうことだ……!? 魔力が……抜ける……っ!」
敵はこの隙を見逃さなかった。
「今だッ! 一気に行くぞ!」
「「うぉおおおおおっ!」」
決闘伯爵の身体は三方から剣で貫かれてしまう。
「ぐはっ……この程度の傷……すぐに……」
――治せなかった。
そしてそのまま決闘伯爵は倒れて二度と動かなくなった。
つまりは死んだのである。
最強レベルの魔術師が、いとも簡単に――。
「くくく……七魔貴族といえども造作もない」
「それじゃ、メッセージを残して撤収しようぜ」
「そうだな、さっさとやっちまうか!」
「……ん? 雨が降り出したな……メッセージは雨で消えないように注意するぞ」
「おう! 壁のこの辺りとか雨に濡れにくそうだな……」
*
――そして夜が明けた。
運命か必然か――第一発見者はクローディアだった。
その日の早朝もクローディアはトレーニングとして城壁に周囲を走っていたのだ。
雨が降っているが関係ない、クローディアは毎朝必ずやるのだ。
マリアも同行しようとしたが、雨を理由にしてなんとか留守番をさせた。
ちなみにクローディアは魔術を使うことでほとんど濡れていない。
「あら……? 血の臭いですわ……? これは……!」
その臭いの方へ急ぐ。
そして衝撃的な光景を目撃してしまった。
決闘伯爵ことアラン・ゲイルが倒れていたのである。
「あ、あああああ、オジサマ……オジサマああああああっ!」
ゲイルの身体を調べるが、すでに物言わぬ死体だった。
紅いマントでややわかりにくいが、血溜まりができている。
クローディアは自らの足元が崩れ去るかのように感じた。
あの強かった決闘伯爵が死んでしまった。
遺体には剣による刺し傷があり、おそらく他殺だろう。
そして何より例のメッセージがある。
「そ、そんな……オジサマが……どうして……!?」
クローディアが雨に濡れ始めた。
最後の理性を振り絞って王都警備隊の詰め所に駆け込む。
警備隊はクローディアのただならぬ雰囲気を感じ取った。
クローディアは交代寸前の深夜組を連れて再び現場に戻る。
「まさかとは思ったが決闘卿だ。例のメッセージがあるぞ」
どこからともなく騒ぎを聞きつけて、雨だというのに人集りができた。
そしてクローディアの帰りが遅いことから異変を感じたマリアもやってきた。
「お嬢様……」
呆然と立ち尽くすクローディアに話しかける。
「マリア……オジサマ……死んでしまいましたわ……」
「……はい」
マリアにはそう答えることしかできなかった。
「これでオジサマにリベンジする機会は永久に失われましたわ」
「…………」
「ふふふ、ズルいですわ……勝ち逃げなんて……」
クローディアは自嘲的に笑う。
「……そうでございますね」
クローディアにとって決闘伯爵はたった一回戦っただけの相手。
だが、その一回にはとてつもない重みがあった。
彼ほどわかり合える者にはもう出会えないのでは――そう感じさせる人物だったのだ。
そこにサニーとコリンも現れる。
サニーはクローディアとは違い、用心のため学院の外には出ないようにしていた。
どこで知ったのかコリンに教えられてやって来たのだ。
「ちょっと、これどういうことよ? なんで決闘伯爵が殺されているのよ?」
「あら、アナタたち……どうしましたの?」
クローディアは平然とした様子を取り繕う。
だが、二人にはそれがわかってしまった。
「アンタ……」
「クローディアさん……」
「ワタクシ、実は第一発見者でして、事情徴収というものがあるらしいのです。ですから学院はお休みですわね」
「そう……」
サニーとコリンはクローディアを残して魔術学院に戻っていった。
*
――その日の夜、コリンの夢の中にて。
「イヒヒヒヒヒ、ボクなんとなく犯行手段がわかってきたヨ」
フールはニヤニヤしながらそんな事を言った。
「ほんと!?」
「まぁ、決闘伯爵を殺してしまったのが良くなかったネ」
「どうして? そりゃあ、人を殺すのは良くないけどさ……」
「キミも見ただろう? あの魔術師の異常な強さをネ」
「うん……」
「アレに勝てる方法なんて限られているんダ。そして現場の状況を考えると、およそ答えは出るんだヨ」
「決闘伯爵を倒せる方法!? 他の七魔貴族とか?」
「普通に魔術戦でやりやったなら、それ相応の痕跡が残るものだヨ」
「確かにそうだよね。それじゃあ……?」
「まぁ、一番カンタンなのは『愚者の書』を使うことだネ」
「は?」
あまりにも意外すぎる言葉にコリンは呆気にとられたまま固まった。
「イヒヒヒヒヒ、その顔が見たかったよ。まぁ、夢なんだけどネ!」
「ふ、ふざけないでよ!」
「ボクはいつだってふざけてるけど、今の話は本当サ!」
「それじゃあ、犯人は僕なの?」
「いーや、違うヨ。馬鹿と天才は紙一重、そして愚者と賢者も紙一重」
「まさか……」
「そう、犯人は『賢者の書』を使っているネ」
「『賢者の書』だって!? やっぱり存在するのか!」
「イヒヒヒヒヒ、あるよ、あるある! 実に『賢者の書』らしい、小賢しい魔術だヨ!」
フールは二冊の魔導書に秘められた恐るべき魔術について語り始めた。
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