第三章 反魔術教団

第11話 大豆ソースの秘密

 ――アラン・ゲイルと戦ってから1週間ほど経過したある日。

 授業が終わった後、クローディアはタルコットに話しかけていた。


「タルコット先生、次の仕事はありませんの?」

「ありません」


 タルコットはキッパリと言い切った。


「そんなハズはありませんわ! 魔術師は引く手あまのハズです」

「それ認識は間違っていません。ただし、学生の本分は勉強です。というわけで、見習いの間は依頼を受けられる回数や内容などかなり制限されています。もちろん、実際の仕事を通じて学ぶことは多いですが、ここでの学びというのは基本は座学なのです。心配せずとも卒業すれば過労死しそうなほどの仕事が待っていますよ」

「そんな……ワタクシは今、どうやってお金を稼げはいいのでしょう?」


 クローディアは人差し指同士をツンツンさせる。

 タルコットは困惑する。


「妙なことを言いますね。ウィンフィールドさんのご実家の経済状況については詳しくは知りませんが、少なくとも寮暮らしでしたら生活費はほとんど掛かりません。生活に困っているなら今からでも寮に入りますか? もっとも、従者の方は入れませんが……」

「マリアとの別居なんて両親が認めませんわ! それに最低限生活できるくらいの仕送りはしてもらってますの」


 タルコットはますます困惑する。


「でしたら、一体なぜお金が必要なのですか?」

「ワタクシの剣を修理、もしくは新たに購入するためですわ!」

「授業で使う時は貸し出していますからね。私物としての剣はただの贅沢品ですとしか……」

「そんなぁ……」


 クローディアは肩を落としてマリアが待つ校門へ向かう。

 途中、他の生徒たちの話が耳に入った。


「『空飛ぶスパゲティモンスター亭』って店のスープスパゲティが美味いんだよ」


 クローディアは食品名や「美味うまい」もしくは「美味おいしい」といったキーワードに敏感である。


「変な名前の店だな……」

「美味けりゃいいんだよ!」

「それはそうだけどな。それで、どんなスープスパゲティなんだ?」

「例えるのは難しいな。独特の風味がするとしか言えない。大豆ソースなる謎の調味料を使っているらしい」


 話の中からおよその位置もわかった。

 クローディアは早速行ってみようと思った。


    *


 王都の街中には多くの飲食店がある。

 それらの中から新しい店を“発掘”することはクローディアの重要な楽しみだ。


「さぁ、マリア……夕食はこの店にしましてよッ!」


 クローディアは威勢よく店を指差す。

 このお嬢様は一々見得を切らないと気がすまないのだろうか?


「スープスパゲティ専門店『空飛ぶスパゲティモンスター亭』……ですか? 変な店名ですね……」


 マリアは看板に書かれている文字を読んで首を傾げる。


「まぁ、美味しければなんでもかまいせんわ♪」

「それはそうかもしれませんが……」


 クローディアは無駄に意気揚々として店の中に入っていった。

 マリアもしずしずと追って入る。


「らっしゃいッ!」


 頭に布を巻いたオヤジが不自然にいせいの良い挨拶で出迎えてくれた。

 テーブル席もあるが、クローディアたちはあえてカウンター席に座る。

 調理場の様子を見たいからだ。


 周囲を見渡すと、この店の“スープスパゲティ”は奇妙な陶磁器に入れて提供されているらしい。

 上部が広く下部が狭い、一見するとアンバランスな形状をしている。


 一方で調理場を見てみる。目立つのは2つの大釜だ。

 片方は熱湯が沸き立っておりスパゲティを茹でるために使われている。

 もう片方は“スープ”のようだ。


 とりあえず手元のメニューを確認する。

 看板メニューとして『大豆ソース・スープスパゲティ』が大きく書かれている。


「お嬢様、“大豆ソース”とはなんでしょうか?」

「知りませんわ」


 大豆自体はスープの具などでよく見かける。

 だがそれがソースとはどういうことなのか?


「知らないのに食べるのですか?」

「知らないから食べるのですわ」

「実にお嬢様らしいですね」

「店員さ~ん! この“大豆ソース”とはなんですの?」


 とりあえず大きな声を出してカウンター向こうのオヤジに質問してみる。


「詳しいことは企業秘密で言えねぇんだが……」


 オヤジは無駄に濃い顔を近づけながら意味深に言う。


「言えないんですの?」


 負けじとクローディアも美麗な顔を近づける。


「ああ、言えねぇんだが……言葉通り大豆から作ったソースだ!」

「そのままですわ」

「ああ……そのままだ! それでお嬢ちゃん、注文するかい?」

「では、その『大豆ソース・スープスパゲティ』を二つ」


 オヤジが無理やり話を打ち切ろうとしているかに思えたが、深く追求することはやめた。

 ――美味しければいいのだ!


「大豆ソース二つ入ったあああッ!」

「「アイヨーっ!」」


 妙に気合の入った掛け声が響く。


 待つこと数分、クローディアとマリアの前にそれぞれ『大豆ソース・スープスパゲティ』が置かれた。

 スープはパッと見たところではコンソメスープを濃くしたような感じ。

 そこに黄色い麺がたっぷり浸かっており、その上に刻んだネギや豚肉らしきものが乗せられている。

 さらに木製のフォークとスプーンが添えられている。


「まずは一口ですわ」


 クローディアとマリアは木製のフォークに麺を巻きつけて口に運ぶ。


「こ、これは……大変に美味しいですわ!」

「はい、大変に美味しゅうございます」

「それに……このスパゲティ、かなり歯ごたえが違いますわよね」

「なんといいますか、と表現すればいいのでしょうか……?」

「そして、このスープ……。鶏をダシにしているは間違いなさそうですが、その上に未知なる味が乗っていますわね」

「これが……“大豆ソース”の味なのですね」

「大豆の痕跡がありませんわね。ですが、美味しいのですからワタクシは一向に構わなくてよ!」


 クローディアたちは未知なる味に戸惑いながらもかなりの速さで平らげる。

 スープも容器から直接飲み干す。


「お嬢様、なんとはしたない……」

「マリアだってやってるではありませんの!?」

「せっかくだから……お嬢ちゃんたちに“大豆ソース”そのものの味を教えてやるよ」


 店員は小皿に少量の黒っぽい液体を入れ、クローディアの前に差し出した。

 クローディアはそれを指に取って舐めてみる。

 強い塩気の奥に隠された独特の芳醇な香りが広がる。


「これは……かなり可能性を感じる味ですわ! ほら、マリアも!」


 マリアも同じ様に舐めてみる。


「はい、ステーキにこれをそのまま少量垂らしても美味しいと思います」

「これはどうやって作っているんですの? 全く大豆らしさがありませんわ」

「だから企業秘密……と言いたいところだが、実は俺らも知らないんだわ」

「どういうことですの?」

「実はこれ、買っているだけなんだわ。

 俺はそれをスープスパゲティに応用することを考えただけ」

「なんですって!?」

「どちらから買われているのでしょうか?」

「パーシング商会だよ」

「どこかで聞いた名前ですわね……」

「最近力を付けてきた商社だからなぁ」

「いえ、そういう意味ではありませんわ……」

「お嬢様、ご学友のコリン・パーシング様ではないでしょうか?」

「ああ、コリンさんですわ! 確かにご実家は商売をなさっていると……」


 こうして話題は極めて自然に学院に関するものに置き換わり、謎の調味料“大豆ソース”については有耶無耶になった。

 だが、彼女らは忘れていた……!

 通常のスパゲティとは異なる食感の謎を――!


 ちなみにだが、こういうケースの飲食代はすべてクローディア持ちである。

 マリアは生活費がほとんどかからないのだ!

 その上でウィンフィールド男爵から多額の給与が支払われているという――。


    *


 ――クローディアたちが平和にB級グルメを満喫して裏で、密かにハイレベルな戦いが始まろうとしていた。


 決闘伯爵ことアラン・ゲイルは人気のない道を歩いていたが突然立ち止まり、後ろを振り向く。


「そろそろ出てきてもいいんじゃないか? この辺りなら人もいないだろう」


 その言葉に応えるかのように、小柄な少女が姿を現した。


「き、気が付いていましたか……。さ、さすがですね……」


 少女は挙動不審である。


「お嬢ちゃんは……この前の決闘の時に観客の中にいたなぁ」

「は、はい……アタシは……王立魔術学院の生徒で……サニー・フェアハートといいますです!」

「それで、わざわざコソコソ付けてきて、一体なんの用だ?」

「ア、アタシと決闘……してくださいっ!」


 サニーは勢いよく頭を下げた。

 まるで愛の告白をする乙女が如く――。


「どうして人気がない場所まで待った?」

「そ、そのう、戦ってるところをあまり人に見られたくないので……」

「自分の情報を隠したがるタイプか。だが、逆に俺と戦うことで戦闘経験を積もうとしている」

「よ、よくおわかりで……」

「ところでお嬢ちゃん、見た目より体重が重くないか?」

「は、はい。アタシ、重いですっ! 詳しいことは戦ってからのお楽しみ……ということでお願いしますっ!」

「ふむ……。まぁいいぜ。それで何を賭ける?」


 そう問われて、サニーは懐から一枚の金貨を取り出した。


「10万クラウンでいかがでしょう?」

「よし、いいぜ。さっさと始めるか」

「よ、よろしくお願いしますっ!」


 サニーは剣を抜いて構え、魔力を解放した。

 そしてゲイルも魔力を解放する。


(さっきのオドオドした感じが消えているな……。そしてクローディアと違って剣士タイプだが、強さとしては近いレベルだ)


 ゲイルはその優れた洞察眼でサニーを的確に分析した。


「よし、かかって来な!」

「はいっ!」


 そして、サニーはゲイルに凄まじい速度で斬りかかる。

 ゲイルは剣を腕で受け流しつつ、打撃を繰り出すが、サニーは素早く後ろに下がって躱す。


(今の攻撃を腕で受け流したの!? 基本的な戦闘技術からしてとんでもないわね……)


(魔力の割に剣の強化度合いが高いのが気になるな……。もしかしたら特異な才能かもしれん。戦闘技術もそこそこあるが、これは通常の剣術で得たものだろう。クローディアと真逆で技術テクニカルタイプだ)


 ゲイルが地面に手をつくと次々と尖った岩が生えてサニーに襲いかかった。

 サニーはさらに後ろに飛び退く。


「剣士にしては離れ過ぎだぜ」


 ゲイルはそう言って爆発魔術を次々と放つ。

 サニーは遠距離戦は得意ではない。

 このままではサニーは一方的に攻撃されるだけだ。

 しかし、サニーはあえて爆発魔術で応戦する。

 そして、爆発の中をサニーは突っ切って決闘伯爵へ接近する。


(自分から突っ込むことで爆発の直撃を避けたのか)


 サニーの斬撃をゲイルは手刀で迎え撃つ。

 結果、サニーの剣はあっさりと折れてしまった。

 だが、サニーはあまり動揺する様子を見せず、すぐに素手により戦いに切り替える。


(この切り替えの早さ、あれほど強化していた剣が折れることを想定してようだ。そして、やはり魔力に対して腕の強化度合いが高い。重い身体……鋼鉄の剣……なるほど、そういう能力か……!)


「なるほど、鋼鉄を操る魔術を得意としているのだな?」

「その通りです。さすがですね」


 サニーとゲイルは激しい打撃戦を繰り広げるが、ゲイルの方がかなり優勢だ。


「……どうする? 降参するか?」

「は、はい! すみません! 勝てません! 降参サレンダーします!」


 そう言って、サニーは魔力を収めた。

 それを確認したゲイルも魔力を収める。


「自分で訊いておいてなんだが、おまえさん、ずいぶん見切りが早いな……」

「いえ、十分に実力差はわかりました。それに……限界までやって倒れたりしたらご迷惑がかかりますので……」

「やれやれ……。まぁ、降参サレンダーした相手に無理に続けさせる趣味はない。せっかくだから魔術師の先輩として言わせてもらえば、自分の能力が知られることを恐れるのは早いとこ卒業した方がいい。訓練や実戦の機会が失われることは大きな損失だ」

「それでは七魔貴族の皆様はお互いの能力をよく知っているのですか?」

「いや、よくわからないやつもいる」

「え……?」

「だが、わかっている能力だけでも十分に強い。お嬢ちゃんは十分に強いが、それでも秘密を持つには早い。そもそも能力を十分にアピールできないとレベルの高い仕事にはありつけねぇ」

「た、確かにそうですね……」

「お嬢ちゃんには魔術戦闘の才能がある。これは間違いない。強くなったらまた来いや」

「は、はい! それではありがとうございました!」


 サニーは決闘伯爵に金貨を渡すとすごい速さで去って行った。


「ふむ、今年の新入生は二人も美味いのがいたのか。

 どんなに美味い料理も食ってしまえばそれでお終いだが、有望な魔術師は殺しさえしなければもっと美味くなってまた喰える。

 これだから決闘はやめられない」


 決闘伯爵はニヤリと笑った。


    *


 ――ここは王都周辺のどこかの建物。

 昼間だというのに窓は閉め切られ、蝋燭の灯のみが闇を照らす。

 緊張感が満ちた空間。


「いよいよ、今夜決行だな」

「本当に大丈夫かよ。相手は魔術師なんだぜ」

「おまえは導師様を疑うというのか?」

「そういうわけじゃないが……どうしても心配なんだよ」

「俺たちが新たなステージに行くためには必要なことなんだよ!」

「心配することはない。初めは私も一緒に行こう……」

「ほら、導師様も来てくださるというのに何を恐れることがある?」

「そ、そうだよな! 偶然得た能力ででかい顔をしているやつらに思い知らせてやるんだ!」


 そして彼らは叫ぶ――。


「「神の摂理に背く魔術師に死を――!」」


 王都を揺るがす大事件の始まりだった――。


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