第10話 魔力特盛り!
――次の日、ゲイルの案内でクローディアたちは決闘に適した場所に到着した。
決闘に適した場所とは、つまりは崖下であった。
崖の下側は開けていて戦いに適しており、上側にいれば観戦しやすい、天然の闘技場だ。
何やら、野次馬たちもゾロゾロと付いてきたようである。
当然だ、あの決闘伯爵の決闘が見られるのである。
誰も戦いたくないが、戦っているところは見たいのだ……。
「良い場所ですわね♡」
「ここなら存分に闘えるだろう?」
「はい♪」
「じゃあ、早速、おっぱじめるか!」
「はいっ!」
二人は10メートルほど離れると互いに正面を見据える。
今までのにこやかな雰囲気が一変、次の瞬間には戦いが始まってもおかしくない緊張感が漂い始めた。
だが――。
「ちょおおおっと、待ったあああああ!」
まさかの待ったを掛ける叫びが轟く。
明らかに魔術で声量を大きくしている。
「なんだ!?」
「なんですの!?」
崖上に現れたのは魔術学院の制服を着た小柄な少女だった。
「はーい、決闘と聞いてやってきました! 王立魔術学院決闘管理委員会のマルシア・ポーターですっ!」
「アナタ……学院はどうしましたの……?」
「それはウィンフィールドさんも同じでしょう? ですが、“特別課外授業”という扱いにしてもらいました! おかげでも我々はサボりではないのです! というわけで、この決闘、私が仕切らせてもらいますよ!」
人々が呆気にとられる。
「ギャラは出ないぞ、少なくとも俺からは……」
もちろん、ゲイルにはそれなりの財力がある。
自分から依頼したわけではないので支払う気がないだけだ。
「無償で奉仕させていただきますっ!」
「まぁ、スキにしな……」
周囲には何人か学院の生徒が私服で紛れている。
その中にはサニーやコリンの姿もあった。
「同意をいただけたので、まずは掛け金を私に預けてください」
「そういえば掛け金なんて話をしてたなぁ……」
「すっかり忘れていましたわ……」
二人にとって大事なのは強者との戦いであり掛け金のことなんて頭になかったのだ。
マリアとゲイルがそれぞれ1万クラウン銀貨をマルシアに預けた。
この国における正式な
市場では
もっとも、わざわざ決闘を行うくらいだから多くの場合では掛け金が大きく、金貨どころか
ちなみに現在アリスター王国で流通している
クローディアやサニーがクリスタリウムの剣を買えないわけである。
「さぁ~~て、密かに行われる注目の一戦です!
決闘伯爵ことアラン・ゲイルに挑むは王立魔術学院の超大型新入生――クローディア・ウィンフィールド。
両者共に決闘大好きな異常者ですッ! ならばこの二人が闘うのは必然ッ!
そこに一切の恨みも利害もな~し! 賭けられたものはわずかに1万クラウン!
ただひたすらに純粋な力比べッ! 決闘としては最も不純な動機ですが――」
「おいっ、長いぞッ!」
「長すぎですわッ!」
「怒られてしまいました~。大事なことだけ説明しておきます。
基本は学院のルールと同じとします。ただの訓練ですので絶対に相手を殺してはいけません。
――よろしいでしょうか?」
王国内において決闘にはしかるべき届け出が必要であり、それをしていない私闘は犯罪である。
そのために“訓練”という扱いにして脱法しているのだ!
もちろん、単に現金1万クラウンを賭けた決闘など認められない。
「いいぜ」
「かまいませんわ!」
「だけどお嬢ちゃんは殺すつもりかかってきた方がいいぞぉ……」
「それでは……運命を決するときは来た! よ~い、始めッ!」
「いきなり魔力大盛りですわっ!」
両者が魔力を解放する。
その凄まじさは魔術師ではないマリアにすらビシビシと伝わるほどだった。
「ふむ……魔力大盛り……か。確かに素晴らしい魔力量だ」
魔術師ではないマリアにもわかる――今回のクローディアは出し惜しみしていない。
始めから全力でいくつもりなのだと。
「ウィンフィールド選手、前回の学内決闘よりもすごい魔力です。この前はまだ本気ではなかったというのでしょうか!?」
クローディアは重心を低く落とし、ゲイルは立ち上がった熊のように両手を大きく広げる。
その形は異なるが、両者共に獰猛な獣を思わせる構えだ。
「行きますわよおおッ!」
「行くぜえええええッ!」
勢いよく相手に突っ込むクローディアをゲイルは爆発魔術で制する。
ギリギリ回避したクローディアをさらに無数の爆発魔術で追撃。
砂埃が舞い上がったことで視界が封じられ、残留魔力で一時的ではあるが互いの魔力を感知するのが難しくなった。
それでもクローディアは背後の足音に反応して振り向く。
迫り来るゲイルに向かって拳を打ち込む。
だが、手応えがない!
ゲイルの姿が煙のように消える。
「幻影魔術ですのッ!?」
足音まで精巧に再現した高度な幻影魔術である。
じっくり観察すれば簡単にバレるが、こういう込み入った状況で一瞬騙すだけなら十分すぎるクオリティだった。
死角から迫っていたゲイルの拳を左腕で強引に受け止める。
「うぐっ……!」
十分な防御準備ができていなかっため骨が折れて腕がありえない方向に曲がる。
素早く距離を取りつつ、折れた腕を修復する。
「もう治したか……! やはり身体操作には相当長けているらしい」
「おほほほほ……♪」
ゲイルは驚きの表情を見て、クローディアは少し嬉しくなった。
すぐに気合を入れ直し、再び姿勢を低くして猛獣の構えを取る。
ここから接近戦になるかと思いきや、ゲイルの背後から急速に飛来する物体があった!
ゲイルは間一髪で躱し、地面に刺さった“それ”を確認する。
「これは……木の葉……!? いつの間にか樹木が増えているッ!!」
クローディアは爆発魔術に紛れて樹木を生やしていたのだ。
樹木に成っている大きな実をもぎ取るとゲイルに向けて凄まじい速度で投げつけた。
ゲイルは難なくそれを躱すが、地面に衝突した木の実は大爆発を起こす。
「それそれ~~~♪」
どんどん樹上から実を投げつけるクローディア、どんどん爆発する木の実。
一方的な攻撃に思えたが、高速に飛来した何かがクローディアの足元を通り抜けていった。
ゲイルが放った魔力の刃である。
「あら?」
ゆっくりと倒れ始める樹木。
クローディアが地面に降りると、ゲイルがすぐ近くに迫っていた。
次の瞬間から激しく拳を打ち合う。
「やあああああああッ!」
「うおおおおおおおッ!」
だが、徐々に基本的な能力の差が出てくる。
クローディアは初めて自分より魔力が大きい相手と戦っているのだ。
「おーっと、ウィンフィールド選手、決闘卿に押されだしています!」
単純なパワーの差では押し負けると考え、死角から“木の葉”による攻撃を試みるが、全て回避される。
魔力の大きさだけでなく、技術においてもクローディアは負けている。
クローディアは天才ではあったが、経験を積んだ天才であるゲイルには及ばない。
ゲイルは魔力の使い方も上手い。
攻撃する瞬間、防御する瞬間に必要な部分に集めて効率的に使っている。
「ふはははは! 同じ手は食わんよ。まぁ、最初のも避けてしまったがな」
「ぐぬぬぬぬぬ~~~」
クローディアは次に指向性爆発による不意打ちを試みる。
掌に魔力が集めるが、ゲイルはそれを素早く察知して同じことをする。
両者、ほぼ同時にほぼ同威力の指向性爆発魔術を放ち、互いに吹っ飛ぶ。
クローディアはすぐに起き上がったが、直後に複数の鋭い
自分の身体にぶっ刺さっている
一方、ゲイルは棘のある蔦に絡め取られていた。
もちろん、クローディアの魔術によるものだ。
すぐに引きちぎるが、クローディアにとってはわずかでも時間が稼げた。
そうしていなければ追撃を喰らってさらに大ダメージを負っていただろう。
「ふむ……なかなかやるな……」
「えへへへへへ……」
クローディアは強がりで笑ってみせるが、追い詰められていることは隠しきれない。
「一応、様式美として訊いておくが、降参するか?」
「もちろんしませんわ♪」
「それは嬉しいぞ♪」
お互いにっこりと微笑む。
上っ面ではなく心からの笑顔だ。
「ですがこのままではダメですわね……。ワタクシは自分の限界を超えますわ!
まああありょおおおくうううとおおおくうううもおおおりいいいッ!!」
「魔力が膨れ上がっていく……。“魔力特盛”ねぇ……」
クローディアの姿に変化が訪れる。
瞳孔は猫のように縦長になり、上顎の犬歯は牙になり、爪も長く鋭くなった。
さらに剣弁高芯咲きだった頭部の薔薇は花弁の少ない“原種”へと変化した。
そして周囲には植生を無視して様々な植物が生え出す。
「お、お嬢様……っ!」
マリアは見たことがない変化に動揺した。
クローディアは始めから出し惜しみをしていなかった。
その上で、さらに戦闘力を絞り出すということは――。
「お、お、お~~~っと!? ウィンフィールド選手の魔力が決闘卿を超えてしまったあああああッ! さすが期待の超大型新入生です! 決闘卿はこれに対応することができるのでしょうかあああ!?」
マルシアの煽りをものとせず、ゲイルはただ静かに構え直す。
「――キシャアアアアアッ!!」
クローディアは獣のような叫びと共に飛びかかる。
「何っ!?」
その圧倒的なパワーとスピードで一瞬にしてゲイルの右腕を奪ったのだ。
そしてクローディアは驚愕の行動に出た。
奪った腕をボリボリと食べ始めてしまったのである。
この行動には一同ドン引きである。
マリアは視界がグワングワンと激しく揺れた。
まるで無意識が見ることを拒否しているかのように……。
「こ、これはどうしたことでしょう!? ウィンフィールド選手、決闘卿の腕をムシャムシャと食べています!?」
この時間を無駄にする決闘伯爵ではなかった。
自分のすぐ前面に氷の壁を作り出す。
クローディアは再びゲイルに突撃する。
直線的に向かったの以上、必ず氷の壁にぶち当たる。
今のクローディアはこれで怯んだりしない。
その野獣のごとき眼光は氷で屈折した獲物の像を捉えている。
もはやクローディアは闘争本能に突き動かされる
「ガウッ! ガウッ!」
「ウィンフィールド選手、氷の壁に激しい攻撃を続けるっ! なんという力技!! だが、決闘卿はこの短時間で腕を再生したあああああ! これが七魔貴族の実力だあああああ!」
ゲイルの腕を再生した直後、クローディアは攻撃を阻む壁を破壊してしまった。
再び激しい格闘戦が繰り広げられる。
そして今度はゲイルも完全に対応しきっている。
「確かに素晴らしいパワーとスピードだ。この俺を十分に超えている。だが、これでは俺には勝てん!」
「ガウッ! ガウッ!」
「理性を捨てて本能だけで戦っているが故に、とにかく手近な急所を狙おうとする。攻撃が極めて読みやすい」
「ガルルルルル――ッ!」
「そして何より――」
突然、クローディアの動きが急に鈍化した。
「うぐぐぐぐ……ガウ……」
ゲイルの魔術によるものだと思った観客は多かったが、そうではない。
急速に小さくなるクローディアの魔力から魔術師たちは状況を把握する。
「ふむ……やはり魔力切れか……」
ゲイルはポツリと呟いた。
その言葉が正しいことを証明するかのように、クローディアはその場に倒れ込んで動かなくなった。
頭部の花畑は一気に枯れ果て、歯や爪といった獣化した部位は元に戻った。
「ウィンフィールド選手、変異が元に戻って起き上がってこないっ! 何よりあの
マルシアが決闘の終了を告げる。
「お嬢様っ!」
マリアがクローディアの元に駆け寄って抱き寄せた。
意識を失ってはいるが呼吸と脈拍はあるらしく、胸を撫で下ろす。
「ふむ……一応助けてやるか……」
ゲイルの掌に光の玉が生み出され、クローディアの身体に吸い込まれていった。
「これは……?」
マリアは困惑する。
「俺の魔力を少し分けてやった。お嬢ちゃんならすぐに動けるようになるはずだ。目を覚ましたらまた遊ぼうと伝えておいてくれ。まだまだ腕を磨く余地はあるはずだ」
ゲイルはその場を立ち去ろうとしたが――。
「あ~待ってください、決闘卿!」
マルシアが呼び止める。
「どうしたんだ?」
「賭け金をお支払いします」
そう言って、1万クラウン銀貨2枚をゲイルに手渡した。
「……すっかり忘れてたぜ」
そう言いながらゲイルは去っていった。
マリアはクローディアを背負って歩き出す。
数分ほど経過してクローディアは目を覚ました。
「ワタクシ……負けてしまいましたのね……」
「はい……」
「いけませんわね……自分自身を見失ってしまうなんて……」
「必要もないのに戦うからいけないのです」
「オジサマには満足していただけましたでしょうか?」
「本意はわかりませんが、『また遊ぼう』とおっしゃっていました。『まだまだ腕を磨く余地はある』とも」
「負けたのは久しぶりですわね」
「はて……? お嬢様はいつだって自分自身の欲望に負け続けていますが……」
「自分の欲望に負ける? 自分の欲望を抑えることこそ敗北ですわ」
「お嬢様らしい意見です」
マリアは呆れつつも微かな笑顔を浮かべていた。
「……もう自分で動けますわ」
クローディアはそう言ってマリアの背から降りた。
「エネルギーを使い果たしてしまいましたわ。どこか飲食店に行きたいですわ」
「……わかりました。ですが、先に帰宅してお着替えをしませんと」
マリアにそう言われてクローディアは自分の衣服を確認する。
かなりボロボロだった。
「……仕方ありませんわね」
その後の5つの飲食店をハシゴして、合計10万クラウン以上の出費があった。
決して高い店ではなかった。ただひたすらに食べた量が多かったのだ。
気がつけばクローディアの頭の薔薇はすっかり元通り咲き誇っているのだった。
「あああ……賭け金を抑えても出費は抑えることができませんでした……」
マリアはがっくりと肩を落とす。
「力を使い果たすほどの全力の決闘――プライスレスですわ! ワタクシ、負けたのにとても清々しい気分でしてよ♪」
「ええ、そうでしょうとも! あれだけ暴れたのですからさぞかし大満足でしょうね!」
「ともかくっ! ワタクシには素晴らしい目標ができましたわ! ワタクシ、オジサマに勝てるようになりますっ!」
「変な目標を立てるのはやめてください!」
やはりマリアは頭を抱えるのだった。
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